284手間
料理が用意されるまでの間、桶と手ぬぐいを用意してもらい軽く旅の汚れを落とす。
その時ワシは寝室で体を拭いたが、居間とは別室だからか既に布団が敷かれていたのだが、何とも要らん気を回されていたのでそっと離しておいた。
体も拭き終わり、またしばらく居間でお茶を飲みながら寛いでいると、料理が乗った膳を何故か二人の侍中の人が運んできた。
「こちらが根野菜を乾燥させたものを豆から作ったスープの中に入れたものと、今朝川で捕れた魚をタレに漬け焼いたものです。そしてこちらが三種のお野菜を豆から作ったソースで甘辛く炒めたものと麦を水で炊いたご飯となっております」
「どれも王国では見ないような食事だね」
「はい、旅籠ゆえ庶民向けの食事で御座いますが、何卒…」
「あぁ、いいよ。これも隣国のことを知るいい機会だよ」
「ありがとうございます」
座敷机に向かい合わせで座るワシとカルン、お互いの右側に膳を持った侍中が座り、料理の内容を説明しながら机の上へと料理を並べ、最後におひつのような桶から麦飯をよそいワシらの前へと置く。
ワシの目の前には、切り干し大根の味噌汁にうなぎの蒲焼、山菜の甘辛いため、そして麦飯…お米では無いのだけが実に残念だ。
ワシが少食であまり食べないということは伝わっているのだろう。侘しいとも思える量と城の料理に比べれば乏しい色彩だが、旅籠だと思えば上等な部類だろうし、何よりその料理の内容に記憶の底の底から砂金粒でも見つけたような喜びに浸る。
「我々はこれで下がりますが、先ほどと同じように外に待機しておりますので」
「うむ、ご苦労じゃったな」
「ありがたきお言葉、ではご緩りと」
パタンと木戸を閉めて侍中が部屋を辞する。
「では食べるとしようかの」
「そうだね」
早速とばかりに箸を取り、ひょいと山菜を口に運ぶと山菜独特の苦味に加えて、何とも実に実に懐かしい醤油に似た香りに、歓声を上げそうになるのを必死に抑える。
「ねえや…よくそんな木の棒みたいなので食べれるね?」
「ん? おぉ、もしやカルンの膳にはスプーンやらはなかったのかえ?」
「いや、ちゃんと用意されてたよ、寧ろその木の棒みたいなものは置いてない」
「ふむ?」
特に何の疑念も抱かずに箸を使っていたが、確かに普通はこんなもの使えはしないし現にカルンの膳にも一応箸は用意されているが、明らかにこの国の者でないカルンを慮ってか、ちゃんとスプーンやフォークなどが用意されカルンはそれを使って食べているようだ。
「これはお箸という食器での、こうやって食べ物を挟んで使うものなのじゃ」
「へぇ…自分も使えたほうが良いのかな」
「しばらくこの国で過ごすのじゃ、その方が良いじゃろうが…追々でよいと思うのじゃ。扱いが結構難しいからのぉ…慣れぬと食べ方が汚うなってしまうからの、使えぬから恥というわけでもなし、無理して使う必要も無いのじゃよ」
「そうか…うん、止めておこう」
物を掴むどころか、うまく握れず箸を取り落としてしまうのに難しいということを感じたのか、すっぱりとカルンは箸を使うことを諦める。
何はともあれカルンにとっては目新しく、ワシにとっては実に懐かしい食事を食べ終え、再度まったりと過ごしていると、侍中が明日は早く出るのでそろそろと伝えに来たため、ワシらはそろって寝室へと移動する。
「ベッドはどこに?」
「そこじゃ、畳の上に布団が敷いてあるじゃろう」
「フトン?」
「うむ、これのことじゃな。これはこれでなかなか風情あるものじゃぞ」
ぽすぽすと、人が二人分ほど離れて敷かれている布団の片割れを叩いて示す。これも知らなければ寝具が床にほったらかしにされているようにも見えるだろう。
「へぇ…これがねぇ」
「ま、侍中も言っておったが明日は早いらしいしのさっさと寝てしまうのじゃ」
「そうだね…あっ」
「くふふ、ワシだけで良かったのぉ」
布団に入る前に靴を脱ごうとするカルンに思わず笑いが漏れる。
「そっそれじゃおやすみ!」
「うむ、おやすみじゃ」
靴は既に脱いで履いていないのに、そんなことをしてしまったのが余程恥ずかしいのか、カルンは布団の中に潜るように入りそっぽを向いてしまった。
それを微笑ましく眺め、ワシも布団へと入りふとカルンと同じ部屋で寝るのは久々だなぁと思い至る。こちらに背を向けて布団に潜っているカルンの方を見ながら、これなら離さずとも良かったななどと意外と疲れていたのか、早々にカルンが寝息を立て始めたのを確認し、ワシもすやすやと眠りにつくのだった…。




