283手間
侍中の人が予約かなにかの確認の為だろうか宿に先に入り、ワシらは宿の休憩スペースかカフェスペースとでも言えば良いのだろうか。
往来に開かれた土間に置かれている長椅子に座り、お団子とお茶を頂いている。
宿の内装は、外の雰囲気とは打って変わり、月日を重ねた木の風合いが何とも落ち着く装飾の少ない空間だった。
「ふぅ…何ともお茶とよく合う光景じゃのぉ…」
「ねえや、このコップ取手が無いんだけど」
「それは元々そういうものじゃ、熱いのであれば口の方を持つとよいぞ」
湯呑みに入れられたお茶も緑茶によく似た…いやそのものと言っていい味で、甘さ控えめの焼き団子によく合い思わず眦が下がる。
「あちち、このお茶もいつも飲むものより渋みが強いというか…」
「それがこの国のお茶じゃろう。ほれ…お団子を食べてから飲むと丁度よいぞ」
一口サイズの団子を口に運び、もむもむと味わってから口の中に残る甘みを、お茶の渋みで洗い流す。
ふぅと一息ついて周りを見渡すが、それなりに広い間口で取られたこのスペースには、ワシらと宿の者以外は誰もいない。
本来であれば宿泊客だけでなく、往来を行く人がお茶を楽しんだりして賑わっているのだろうが…。
今は往来を行く人たちは、ちらちらと何事かと歩きながらこちらを伺う程度、確かに…侍中たち立派な着物を着込んだ人が間口ずらりと立っていては入れないだろう。
「お待たせしましたセルカ様、お部屋の準備ができましたのでこちらへ。お履物は上り口でお預かりしますので、どうぞお脱ぎください。お履物は履物部屋に保管しておりますので、軽いお出かけ等でしたら下駄をお貸ししますのでお声がけを」
「うむ」
上がり口に腰掛けて、グリーヴを脱ぎ戸惑うカルンを尻目に土間から上がるが、カルンが戸惑うのも仕方ないだろう王国では基本的にベッド以外では靴を履きっぱなしなのだから。
カカルニアでもそうだったのだが、これはもう魂にまで刻み込まれた習性とでもいうのか、ワシは何の違和感も無く過ごせている。
「それではお履物失礼しま…すっ?」
「あぁ、重かろう? それは鋼の板を付けておるからのぉ…無理に動かす必要は無いのじゃよ」
「いえ、そういう訳にも…よろしければ片方ずつでもよろしいでしょうか?」
「うむ」
動きを阻害しない程度とはいえ、脛と足の甲を保護するように鋼の小札が付けられているのだ、それなりの重量になってしまう。
それを知らず持ち上げようとした仲居が変な声を上げ、そう言えばとワシもその事実を思い出しそのままでも良いと言うのだが、確かに放置された靴というのも見栄えが悪い。
えっちらおっちらと片方ずつ持っていく姿にほっこりしながら、ようやく靴を脱ぎ終わったカルンと一緒に侍中と仲居の案内で宿の奥へと進んでいく。
「この度は当宿をお選び頂きありがとうございます。この宿場町で一番の宿と自負させておりますが、なにぶん商人向けのお宿ですので立派なものではございませんが、どうぞご寛容いただければ」
「いやいや、風情があって良いではないか。こう…なんと言ったかのぉ……おぉそうじゃ、侘び寂びというやつかの」
「そう言っていただければ幸いです、こちらが本日のお部屋でございます。どうぞご緩りとお寛ぎください」
「ほほう、これはこれは…」
すっと開けられた木戸の奥にある部屋は畳張りの座敷で、中央には磨き上げられた座敷机と向い合せの座布団。
もしこれで更に奥の方が、板張りのスペースでテーブルと向い合せの椅子であれば、如何にもといった感じの部屋である。
「これで温泉でもあれば完璧じゃのぉ…」
「申し訳ございませんお客様、当宿…と申しますよりこの宿場町に温泉は湧き出ておりませんので、お体をお清めになるのでしたらお湯と桶、手ぬぐいをご用意します」
「ふむ、お湯は良いから、桶と手ぬぐいだけを頼むかの」
「かしこまりました、お食事はいつお持ち致しましょうか?」
「ふーむ、カルンや腹の具合はどうかの?」
「そうだね。船を出てから、あの丸いの以外食べてないし、お願いしようかな」
「かしこまりました」
「では、私共侍中はお部屋の前で待機しておりますので、何かございましたら…」
「うむ」
そう言って仲居と侍中は部屋から辞していき、ワシとカルンだけが残された。
「ふぅ…ようやく一息つけるのぉ」
本来であれば風炉で沸かした湯で淹れるためのものであろうお茶セットに、法術で湯を入れて適当に座布団へと正座してお茶をすする。
「ねえや、これって地べたに座るの?」
「ん? あぁ、地べたとは違うの。こちらでは違う呼び方かもしれんが、これは畳と言うてな…草で編んだ絨毯のようなものじゃと思えばよかろう。こういう生活様式じゃから、靴は脱いですごすんじゃの」
「なるほど…」
部屋に入ってからも座る様子は無くどうしたのかと思っていたが、なるほど確かに座ると言えば椅子かベッドの縁程度な生活をしていては、直接床に座る様に見えるというのは抵抗があるのだろう。
しかし、すでにワシが座っていることと、そう言う風習なのだと説明すれば納得したのか足を投げ出してカルンも座布団に座り込む。
すこし行儀が悪いが、正座や胡座をしらなければ当然といえば当然の座り方か…。
「ねえやって物知りだねぇ、友好国だと言うのに自分は何も知らないや…」
「じゃからこその滞在というものじゃろうて。知らんものは知らん、そんなの当たり前じゃ。向こうとしても色々聞かれた方が嬉しかろうて」
「それはどう言う?」
「色々聞くということは興味があるという事じゃろう? それが自分の国のこととなれば、興味持たれて嬉しくない者なぞおらんじゃろうて」
「なるほど…」
カルンくらいの歳であれば色々聞いても微笑ましいだろう。それを思えばこの時期に来たのは正解だろうと、興味深そうに畳を撫でるカルンを見ながらお茶をすするのだった…。




