280手間
港で荷揚げされた物を保管するのであろう大きなレンガ製の倉庫が立ち並ぶ区画、元は鮮やかであったであろう赤いレンガは潮風で色褪せ独特の風合いを醸し出している。
その中を荷物を運ぶ人夫たちが、忙しそうに動き回る合間を縫ってこの倉庫街に似つかわしくない姿のワシらを興味深そうに眺めている。
「荷運びが主じゃろうに、女性が多いようじゃな」
「えぇ、この国では力仕事などは主に女性の仕事です。男性はみななよなよとしていて役に立たないので…あぁでも、そちらの…王国出身やその血統の男性は役に立っていますが…それなりに」
「なかなかに辛辣じゃのぉ」
ボソッと最後に吐き捨てた言葉は聞かなかったことにしておこう。王が溜め息混じりに女性上位の国と言っていたのも納得だ。
「全く見目だけは良いのですが、それ以外がとんとダメで…。それが良いという奴らの気がしれません、獣人であれば力あってでこそでしょう」
「なに食うも好き好きという事じゃろう」
「すみません話がそれましたね、我が国では女性の方が多く産まれ力も男性より恵まれている者が多いので、必然的に女性の方が仕事となっているのです」
「なるほどのぉ…」
侍中の話を聞いて、そういえば獣人はそんな種族だったなぁ…と思い出した。
カカルニアではそもそもそこまで獣人には会わなかったし、王国では男性の獣人の印象の方が強かった。
「そう言えばなのじゃが、乗っておった船の者にここは魚が美味いと聞いておったのじゃが…」
「えぇ、この近くの海で捕れる魚は生で食べれるほどなんですよ。他国の人は気味悪がって食べませんが…私としてはあれが一番美味しく食べる方法だと思うのです」
「生物は腹を下しやすいからのぉ…ワシは興味というかぜひとも食べたいのじゃが」
「おぉ! そうですか、それは早速要望として伝えておきましょう。やはりお強い方は分かっていらっしゃる」
「流石にここでは無理かの」
「えぇ、申し訳ありませんセルカ様。ここは漁師やら水夫向けの食事処しか無く、貴方のような貴人をお招きするような場所ではとても……」
「いやぁ…ワシも出は貴人などではなー…あーうむ…カルンもおるしのぉ…」
「ですがご安心ください、皇都は海に面しておりますので女皇へ献上もされるほどの新鮮で極上のものを、必ずや! 必ずやご用意させていただきます」
「う…うむ…楽しみにしておくのじゃ」
鼻息荒くブワッと尻尾を膨らませ、興奮しながら確約しますと宣言するその姿に少し引きながらも、それ程までに力説する刺し身とやらを想像し思わずゴクリと喉が鳴る。
そう言えば彼女はなぜワシにしか話そうとしないのだろうか、確かにワシが話しかけたから当たり前ではあるのだが、まるでカルンなど居ませんよとばかりの態度に内心首を傾げる。
単純に目上の人に勝手に話しかけるのは、などという話かもしれないと勝手に納得し、相変わらず囲まれたまま倉庫街を抜けたところで広がる光景に息を呑む。
「おぉ…これは…」
「珍しいでしょう? 我が国は元々森林地帯にまばらに住んでいた里が集まってできた国で、その為に今でも豊富な木材を利用した木造の家が多いのです。倉庫がレンガなのは木造でも十分な強度が出るのですが、やはり王国の方はどうも信用してくれないので」
「ほほぅ、やはり釘なども使わず組木のように建てておるのかえ?」
「えぇ、よくご存知ですね。一本もというのは流石に無いですが、鎹や釘などは強度を確保するために追加しているといった感じですね」
木組みの家に焼き物の屋根、はるか昔のことと言えども忘れようが無い風景…懐かしさに涙が出ないのは自分の居た時代よりも随分と前の風景だからだろうか…。
それでも懐かしいと感じるのだから、懐郷の念とは何とも不思議なものだ。あぁあぁ、よくよく考えれば着物の時点で気づくべきだった、こうなればお刺身にお醤油、味噌汁など否が応でも期待が高まるというもの。
「ふふん、これはみなが絶賛しておった食事も、ますます期待できそうじゃのぉ」
「はて? 家を見てとは不思議な方ですね。ですが…えぇ、そのご期待には必ず応えれるかと」
「これほど言い切るとは実に楽しみじゃなカルン」
「え? あぁうん、そうだね」
「ちゃんと王太子様の分は火を通しておきますのでご安心を。一番だとは思いますが食べれないのでは意味がありませんから」
「あー、それは助かる…かなぁ…」
この人は一体カルンの何が気に入らないのだろうか…気位の高い人だと無礼討ちにでもされそうなのだが。
ともあれ今は会ってすぐなのだし、何か問題があればワシが間に入るかと様子を見ることにする。
「それではご足労頂きありがとうございました。あちらが本日御使いいただく馬車で御座います。私共は馬にて周りを護衛しつつ同道させていただきますので、中ではどうぞお二人でご緩りとお過ごしください。何か御座いましたら御者の居ります側に小窓がありますのでそちらから御者に声をおかけください」
「うむ、分かったのじゃ。では道中たのむの」
「おまかせを」
馬車と言っていたのだから引くのは馬だろうが、見た目は牛車か籠かとちょっと期待していたが、普通の箱型の馬車でちょっとガッカリしたのは内心に留め。
生魚かぁ…などと呟くカルンの代わりに挨拶をし、やはりと言うかすでにお約束とでも言うのだろうか、窓の無い馬車にカルンと共に乗り込むのだった…。




