277手間
王都へと帰り着いた翌々日、何とも性急なことであるが謁見の間にて立太子の礼が行われることとなった。
今回は通例通りの成人によるものではないので、権威ある人がこれこれこう言う功績があるので立太子させてはどうでしょうかと王にお伺いを立てる。
それを王が聞き届け、立太子するに相応しいかどうかを判断して、相応しいと思えばその場で立太子となる。
とはいえ立太子の礼が行われる時点で立太子は確実なので、茶番といえば茶番なのだが王族や貴族には儀礼というものが必要なのだ。
この立太子の礼は、複数の伯爵家以上の当主もしくは当主の正式な代理人が証人となり行われ、それ以外の人物は特例を除いて列席することは許されない。
なのにワシは今、カルンの斜め後ろに控えカルンと共に、玉座にいる王と王妃の前に跪いている。
この謁見の間は五十人以上は楽に入る広間で、玉座は入り口の向かい側、謁見の間のもっとも奥に五段ほど高くなった場所にある。
壇上の中央に豪華な椅子と王が、その隣にかなり控えめな椅子と王妃。壁面には何がモチーフかは知らないが豪華な絵が描かれている。
そして玉座から伸びる絨毯の一番玉座側、段の手前には台座に乗せられた巨大魔石と、花瓶を置くくらいしか使い道が無いであろう小さなテーブルの上に竜の牙が置かれている。
それらを跪きながらも王へと説明し、唯一今声を上げているのは王妃の実家である公爵家の現当主、カルンの従兄に当たる人物がカルンの功績を称えている。
他の参列者は、部屋の中央を通る絨毯が正面になるように置かれた、大量の椅子の玉座側に十人ちょっと座っている程度で殆どが空席だ。
伯爵家以上でという制限もあるが、昨日の今日なので人が来れなかったというのもあるだろう。
ちなみに殆どは当主自身だが、三侯爵は三人とも代理人だ…大抵の高位貴族の当主は王都で働き、領地は代理人にまかせているのだが、この三侯爵は逆で王都は代理人に任せ、領地を当主自ら治めている。
それにしても暇で暇で仕方ない、巨大魔石と公爵そしてカルンの斜め後ろに跪いて控え、ひたすら公爵の話を聞くだけ。
この場では、王族以外は許可を得ないと喋れないので、カルンとひそひそ話すわけにもいかない。
そう言う儀式だと事前に知ってはいたので、高位貴族以外は列席する必要が無いと知ってカルンには悪いが気楽に過ごしていたのだが…。
昨日の夕方になり急に神殿の代表として特例を貰い出席することになったのだ、当然正装する必要があるのだが神殿の代表ということで、ダルマティカの様なゆったりとした白い法衣を渡されそれを今着ている。
しかしこの法衣、サイズもピッタリで通常の尻尾穴ではないワシの尻尾に誂えたかのような仕立てで、明らかに以前から用意していないとなのだが…一体何の為なのだろうか。
「――以上の功をもって、カルン・フォン・ラ・ヴィエールの立太子を謹んで陛下にご献言申し上げます」
「よかろう。エドワルド・ウィル・ラ・ヴィエールの名に於いて、カルン・フォン・ラ・ヴィエールの立太子を認める」
顔は上げれないので声だけしか聞けないが、思考が服にまでいったところでようやく実に仰々しい言い回しでカルンの立太子が認められた。
王族や貴族の権威を誇る為に儀礼が必要なのは分かる。分かるがこの国ではその何方でもないワシを巻き込まない様にやってほしい、巻き込むなら説明をしっかりしてほしい。
そんな立太子の礼の終わりは実にあっさりしたもので、王と王妃が謁見の間から退出し、公爵からワシとカルンの退出を促されて静々とカルンの後ろを付いていき、謁見の間入り口からでてようやく堅苦しい場所から逃げれた安堵から思わずため息が出る。
「カルン殿下、この度は立太子誠におめでとう御座います。つきましてはその件に関して陛下がお話が有るとのことでしたので、執務室までお願い致します」
「わかった」
「では、カルンや。ワシは先に戻っておくからのぉ」
「セルカ様も同席をとのことでした」
「む?」
既に待機していたのか、文官風の男がワシらが出てきたのを見計らって声をかけてきた。
「ワシもとはどういうことじゃ?」
「申し訳ありません、殿下とセルカ様、お二人にお話があるとしか伺ってはおりませんので。では、御前失礼いたします」
本当に呼び出しだけだったようで、文官風の男は恭しくカルンに一礼するとそのまま去っていってしまった。
「とりあえず行けば分かるんじゃないかな?」
「それもそうじゃの」
カルンと共に王の執務室まで向かい、扉の脇に控えている近衛に声を掛けて中に入る。
「父上、お話があるということで伺ったのですが」
「あぁ、まずは立太子おめでとう」
「ありがとうございます、父上」
「うむ、お前はあの居るかどうか分からぬ兄どもに、比べるまでもなく優秀だから心配はしてなかったのだが…まさかこの様な戦功を上げるとはな」
「しかし、殆どねえやがやったようなもので…」
「なに…戦と同じよ。配下が道を拓き、首を獲るそれと…な、要は誰が首を取ったかだ」
部下の手柄をかっさらうのは不平不満に繋がるが、今回はその部下が望んでやってるのだ気にする必要はないと王の言葉にワシもうんうんと頷く。
「それで、話とは何なのじゃ? ワシにも用があるようじゃったが」
「それなのだがな、お前たちにはシン皇国へ行ってほしいのだ」
まだカルンの顔は納得していなさそうだったので、強引に話をすすめて見ると隣国に行って欲しい、そんな事を王が言い出した。
「父上、それはどうしてまた?」
「簡単に言えば見聞を広めて欲しいからだ。神国の内部がゴタゴタし始めてな、当分こちらに手出しをしてくることも無いだろうと言うのもあってな」
「手出しして来ぬ程のゴタゴタとは、穏やかではなさそうじゃな?」
「それも単純だ、前王が急死したと間諜から入ってな。それがまた次の王を指名する前だったせいで、見事後継者争いが勃発という訳だ」
「なるほどのぉ…しかし、それだと功績目当てにこちらに攻め込んで来ることもあるのではないのかえ?」
「あの国の王子どもは仲が凄まじく悪いことで有名でな、この後継者争いが起こる前にも三人死んでいる。要するにいつ後ろから刺されるか分からぬ状態だ、そしてこちらに攻めてくるには小国を幾つか越えるか大軍での進軍が難しい沼地を越えてこないとならない」
「戦で補給線を断たれるかもしれないから、とてもとても恐ろしくてこちらに来れないと言うことかえ」
「その通りだ」
向こうの国の罪のない住人には悪いが、ワシらとしては争えもっと争えというということだ。それだけこの国の国民が安全になる。
「それは良いのじゃが、何故ワシも一緒なのじゃ? 今回の一件でカルンは能力を十全に制御できるようになったのじゃが」
「その報告は聞いている、だが問題はそうではないのだ」
「どういうことじゃ? もったいぶらずに言うが良い」
「うむ、カルンと婚約してもらうからだ」
「なんじゃと!!」
何を言うかと思いきやこの王様とんでもないことを言い出した。
「とりあえず、竜だったか? それの討伐をカルンと共に行った功績でもって名誉士爵とする。それだけでは王子と婚約できる身分でないが神殿が女神の御使いが聖敵を排除した功績で、長らく空位だった枢機卿位を与えるということだったのでな、神殿から王家への婚約という形で……」
「いやいやいや、なぜその様なことになってるのじゃ?」
「安心するがよい、帰って来たら婚約は解消される予定だ」
「どういうことじゃ?」
王族の婚約なぞ、そうそうやめたなんて出来るようなものじゃない気がするが…。
「カルンの婚約者という席を埋めて欲しいのだよ、皇国は女児しか居なくてな…向こうへは公爵家から行ってもらうからな」
「あぁ…なるほどのぉ…しかし、側室やら妾やらで押し付けられることもあるんじゃないのかえ?」
「我が国で側室を持てるのは王だけだ、王太子には王太子妃一人だけ…だから婚約者として同行してもらうのじゃ」
「しかし、友好国なのじゃろう? そこから姫を娶るのも別に悪くはない気がするのじゃが」
神国なら兎も角、長年の友好国なのだから、別にそこから娶っても何の問題も無いように思える。
「あの国はな…代々女皇が治める女性上位の国なんだよ……」
急に老けたかのような、疲れきった声を出す王に、ワシとカルンは揃って首を傾げるのだった…。




