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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで学校へ?
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カルンの回想

 人は赤子だった頃のことなんて覚えていない、自分はまだまだ幼い頃はなんて偉そうに言えた歳ではないが、赤子だった頃のことしっかりと覚えている。

 なんて言ってみたが、あれがああでこれがこうでなんて記憶ではなく、覚えているのはたった一つだけ冷たい中にいた自分を抱えてくれた温かいもの…それだけだ。


 自分には、この世のありとあらゆるものに含まれ、必要とされるマナを集める能力があるという。

 マナは人が生きるのに絶対に必要だが、集まりすぎると今度は逆に人を殺してしまうという。


 だからその能力が制御できなかった ―今でも完全には無理だけれども― 赤子の自分は神殿の地下にあるという礼拝室に押し込められていた。

 もちろんそれは自分を憎く思ってではなく、生かすためだけれども…。


 赤子が育つには母親の乳が必要だ、後で教えてもらったことだが食事という以外にも、病気にならない力もそこから貰うらしい。

 だけど運の悪いことに母上は体が弱かった。ただでさえ自分の近くでは体が丈夫さを誇る人でもわずかな間だけ居るのもやっと。


 そんな所に体が弱く出産で疲弊した母上が来れるわけがない。幸い乳が出てわずかでも側に居れる人がいたおかげで、すぐに餓死するということだけは無かった。

 けれども、十全に食事もその他の世話も出来ない自分は衰弱する一方だったという。


 それを救ってくれたのが、ねえやだ。


 マナを集める能力が宝珠という自分の胸元にある宝石の様なモノ由来だと、そのねえやが教えてくれた。

 だが宝珠を持つものは極めて濃いマナの中でも平気になるという、自分を殺しかけたモノのお蔭で生きながらえていたのだから何とも皮肉なものだ。


 ねえやは気軽に自分の近くに来れない母上に代わりに自分を育ててくれた。ねえやだけでなく侍女も一緒に育ててくれたのだが、やっぱり一番長く側に居てくれたのはねえやだと思う。

 自分にとって当時ねえやは紛れもなく母上で、そう呼ぼうとしたのだが当の本人を初め父上にも止めろと言われた。父上の不貞が疑われるとか王子としての自覚が無かった当時は疑問に思ったものだ。


 今となっては当時ねえやを母上と呼ばなくて、そう扱わなくて良かったと心底思う。

 母上や、公務で忙しい父上に代わり色々教えてくれた、やさしいやさしいねえや。


 そんなねえやは今、自分と一緒に軍に入っている。確かに宝珠の能力の制御は完璧でないから一緒に居てもらう為に、軍に一緒に入るのはある意味当然である。

 元冒険者なので戦えるのは知っていたのだが、ねえやは女性の中でもかなり小柄な部類に入るので心配していた、けれどもまさかここまで強いとは思いもしなかった。


 ねえやの何倍も、比喩でなく実際それくらい体格が違う男たちを片手一本で投げ捨てる様は当初、目を疑ったものだ。

 兵や冒険者が扱う様な槍や大剣をねえやは使わない、その代わり片手で扱える剣をねえやは得物にしているのだが、本人はゴリ押しだ…なんて言ってたけれど目で追うのもやっとの達人技だとは軍の教官も言っていたもっぱらの評価だ。


 そんなねえやはなんと言えば良いのだろうか、自分の容姿を理解しているのだろうか? たまに自画自賛しているので多分理解している。だけどやっぱり男性から見たらと言うのは理解してないんじゃないだろうか。

 具体的にどこがと言うのは品がないので言及しないが、ねえやは…そう…すごい…とても……母上や侍女たちが持ってないものをお持ちだ。


 そのせいで軍に入り唯一と言っていい友人となったウィルヘルム…ウィルも言っているが、ねえやとの模擬戦は一種の精神修行ではないかと思うほどだ。

 必死に平静を装う自分たちの気持ちを知ってか知らずか、ねえやは平気で飛び跳ねたり自信満々に胸を叩いたり…。


 あぁ…いろんな姿が脳裏を過ぎる…これが昔ねえやが言ってたそーまとうと言うやつだろうか、命の危機に陥った時に見ると言っていたけれど、そう思って眼を開けると目の前には夜の闇をそのまま持ってきたかのような顔に血を水晶にしたかのような眼の化け物。

 その眉間に剣を突き立てた自分を振り落とそうと、ねえやに押さえ込まれ首と胴と頭だけになっている体を必死に動かしている。


 四肢をなくし押さえ込まれているにも関わらず凄まじい力が自分に襲いかかり、しっかりと刺さった剣を化け物以上に必死に掴んでないと今にも吹き飛ばされそうだ。

 きっと吹き飛ばされてもねえやが地面に叩きつけられる前に自分を抱えてくれる。だけどそれは男として絶対に回避しなければならない。


 どれほどの間しがみついていただろうか、ようやくズズンと小さな地響きと共に化け物の動きが止まった。

 自分が必死にしがみつき、化け物が暴れても抜けなかった剣が驚くほどするりと抜けると、何とかへたりこむのを押さえ込み地面へと降り立った。


 肝心のねえやは必死に剣を握っていただけの自分と違い、あの化け物と戦い、暴れるこいつを押さえ込んでいたにも関わらず、まるで一切運動などしてませんよとばかりに汗一つかいていない。


「ねえやには一生敵わないんだろうなぁ…」


 ねえやに言われ、化け物から離れる途中は何とか無様な姿は見せずに済み、ようやくねえやの死角に入りバタリと倒れ込むと同時に呟いた一言がきっと全てだと思う。


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