272手間
知っていたからこそ気づけた、この世界の生き物がどう言う道筋を辿ってきたかは知らないが、神秘なき世界で過去に存在していたものだ。
気取った言い方をしたが、要は恐竜っての居たし別にこの世界にでっかい生き物居ても不思議じゃないよね。
「ふむ…大きさ的には肉食もギリギリ考えれるかのぉ…」
「これほど巨大な獣が存在するのか?」
「うむ、忌まわしき獣や魔物でなくても巨大な獣は存在しうる、その巨体を支える強靭さと食料さえあればのぉ」
恐竜の中には歩けば地面が揺れるとまで言われるほど巨大なものも居たが、それらはみな草食性の恐竜だった覚えがある。
現在を生きていた陸上生物も巨大なものは草食性で、肉食のものはそれらに比べるとコンパクトだ。
古生物学者だった覚えも無いので確証は無いが、この足跡の大きさから鑑みる大きさなら恐竜であれば肉食のものもいた様な気がする。
とはいえ異世界の常識にこの世界にも当てはまるかと聞かれれば、「さぁ?」と首を傾げる他無いが。
「くそ、獣なら番が必ず居るはずだ。至急戻って討伐軍の編成を…」
「それは杞憂というものじゃろう、この足跡からは穢れたマナの気配がするからの。これを残したモノは確実に魔物…いや、忌まわしき獣じゃろうて」
「それはそれで心配の種なのだが…」
「忌まわしき獣であればワシがさくりと引導を渡してやろうて、トドメはカルンに譲るがのぉ。あぁそれと、これほどの足跡を残せる獣は基本的におったとしても草食じゃろうから、徒に刺激せんほうがよいじゃろうな」
「いんどーが何かは知らんが、確かにこれだけの足跡を残せるほどの巨体ならば…勘気をこうむっただけで村一つ無くなりそうだ、留意しておこう」
恐竜かと一瞬考え口にして、足跡から陽炎のように立ち上るマナを見て内心すぐその考えを否定し、またも新たな要素の登場に慌てる辺境伯にもそれを伝える。
足跡の残り方からして四足歩行、指の形は爬虫類の様だが魔物は食った生き物や同じ魔獣、魔物の姿を取り込む様に成長するキメラ、さして参考にはならないだろう。
山をも越す巨体なら兎も角この程度の、常識的な大きさであれば特に心配する必要は無いだろう。問題はどうやってカルンにトドメを刺させるか。
魔物はその体から魔石を失うか塵も残さぬ程体を消滅させない限りは真に倒されたとは言えない、だがこの足跡の主の魔石を砕くか抜き出すのは骨が折れそうだ、その体を消滅させるのは言わずもがな。
昔アレックスに聞いた魔物の討伐方法は確か…四肢、出来れば頭を潰して動きを止めてから魔石部分を抜き出して残滓を魔法で消し飛ばすだったか…。
「ふむ…頭を潰させてそれをトドメと言い張らせるかの」
「貴様は何を言っているんだ? 頭を潰されて生きているものが居るわけ無いだろう?」
「うむ、確かにその通りじゃな。では忌まわしき獣に会えばその四肢の尽くを潰し、翼があるのならば引きちぎり、その頭をカルンの前に垂らさせてくれよう」
「何であろうな…貴様がそう口にすると忌まわしき獣の方が哀れに思えてくる……」
「なに、死してなお囚われし哀れな獣じゃ。徒花なればカルンの花道を飾る一輪と…散って御許に還るが慰めとなろう」
「花で飾られた道とは何とも乙女な表現だな。しかし…ふむ、忌まわしき獣の首級があれば殿下の前途はまさに晴れやか……悪くない」
「ワシとしてもそうなれば嬉しいが、随分とカルンのことを買っておるのじゃな?」
「あぁ、何と言って良いものか臣下として尽くすに相応しいと獣の勘がな…貴様も分かるだろう? 今はまだ幼い故に王に必要な威厳は成長に従いついてくるだろう。だが忌まわしき獣の首級があれば、その威厳すら膝をつき殿下の威光を知らしめてくれる」
「なるほどのぉ…しかし残念じゃが、忌まわしき獣は魔石を失うとその体を維持できんくなるから、首級はとれぬぞ」
「なん…だと…」
辺境伯が我がことの様に興奮し天に手を突き出している所に冷水をひっかぶせてやれば、何とも言えぬ表情でリアクションを取ってくれたので苦笑いを返してやる。
「見たであろうドロドロに溶けた下位のモノの最期を。それでも何故か繋がっておらんでも魔石が体のどこかにくっついてる内は、ちぎれた体も残っておるのじゃがな? 魔石を体から完全に砕くなどして切り離すと上位のモノは塵の様に消えてしまうのじゃ」
「で…では、わずかほんのわずか魔石に体を残してやれば首級が取れるのでは…」
「何をアホなことを言うておる、時間はかかるが魔石のマナを利用して再び動き始めるのがオチじゃ、それにしても何故そこまで首級にこだわるのじゃ? カルンが忌まわしき獣の頭蓋に剣を突き刺したのをワシらが謳い、証拠として魔石を持ち帰れば十分であろう?」
「何を言う、首級とは男のロマン! 我が父祖も首級をあげこの地位を築き上げたのだ! 人の頭蓋で作られた椅子などと揶揄する者も居るが、戦を知らぬ者の侮蔑なぞ我が父祖らの礎に唾かける愚行よ」
「えぇ、その通りですセルカ様。戦にて首級をあげることこそ男児の誉、戦を求むのは間違っているとは思いますが…いざその時になれば民を守り首級をあげるが辺境伯の家に産まれた者の勤めですから」
まるで子供の様に息巻いて握りこぶし片手に力説する辺境伯の口車に、まさかのウィルが乗っかってきた。
確かに兵事で辺境伯が弱腰なのは言語道断ではあろうが…首級にそこまでの魅力があるのだろうか? 言うなればただの生首ではないか。
「わ…わかったからこの足跡の先を追おうではないかえ。あとロマンや憧れるのは勝手じゃが、カルンに首級の魅力を必要以上に語るのではないぞ? いざとなれば踏み切る覚悟は必要じゃが、戦は厭うて欲しいからの」
しかしここで下手に反論しようものなら、彼らはムキになって力説を始め徒に時間が取られるのは確実だ。
ならば先にワシが折れるのも吝かではない、しかし一応の釘は刺しておく…首が首がと言い募る王など恐怖でしかない。
「それは無論…うむ…心得ている…多分…」
「え…えぇ、もちろんですとも…」
釘を刺され眼が泳ぐ二人をじとりと半目で睨みつけてやれば、更に眼が冷や汗の海を泳ぎ始めたので自分から先に進もうと言った手前、その程度で勘弁してやる。
「とりあえず出発じゃ。どうもこの跡以外から豚鬼の巣に出入りした様子はなさそうじゃからな。この先にいる確率は高いじゃろう」
ワシの言葉に興味深そうに足跡を眺めていたカルンも慌てて合流し、ほんの僅かではあるが先を急ぐ。
豚鬼を追いかけ回していたのか、大河のようにうねる木々を薙ぎ払われた道を進むにつれ、狼の魔獣と遭遇した直後以外、休憩らしい休憩をしてなかったからか辺境伯とウィルの足取りが、まるで上から押さえつけられているかのように重くなっていく。
「ふむ、ここらでちと休憩するかえ?」
「いや、大丈夫だ。疲れというよりも、情けないがこの先に居るモノに気圧されているだけだ…」
「自分もです…まるで見えざる手で押さえ込まれているかのような感じです、この中でも平気とは流石殿下とセルカ様ですね」
その後も足取りがどんどんと重くなる二人を見て、ワシやカルンが休憩を提案それを固辞を幾度か続け、漸くワシらは此度の騒動の元凶の居場所までたどり着くのだった…。




