271手間
不自然に薙ぎ払われた木々、そこへ向かって豚鬼の巣跡の中を、目につく死骸を全て焼き払いながら一直線に突っ切っていく。
食い散らかされたと表現するのが相応しい惨状が、蒼い炎によって一掃される様は実に見ていて気持ちがいい。
蒼い炎が舐め取る度に臭いまで和らいでいくので、思わず調子に乗って辺り一面火の海にしてしまう。
「これは森に火の手が廻らないか…?」
「この炎はワシの意のままじゃからの、森に延焼することは無いのじゃ。ほれ見てみい地面も焼け焦げておらぬし、これほど近くとも熱くはなかろう? あぁ、熱くないからといって触れるでないぞ? 手を引っ込める間も無く灰になるじゃろうからな」
「うわっ」
辺境伯がもっともな質問をしてくるが、更に炎を追加しながら大丈夫だと太鼓判を押してやる。
熱くないの下りでカルンが炎に向けて手を伸ばしたので少し釘を刺しておいたら、両手を目一杯伸ばしても届かない距離にも関わらず、ものすごい勢いで両手を頭の横へと引っ込める。
「んふふふ、逆もまた然りじゃから気をつけるのじゃぞ」
言われた当人は意味がわからなくて首を傾げているが、言った当人も特に深い意味は無く言っているので気にしないで欲しい。
王にでもなった後に、あの時の言葉はこういう意味だったのかと、勝手に思ってくれればしたり程度。
そこで唐突にふと思いついたことを、辺境伯に言ってみる。
「のう辺境伯や」
「何だ?」
「これほどの空き地、惜しいとは思わぬかえ?」
「ふむ…確かに……森の中に村を拓く時に厄介な木の根や岩などは既に撤去されている様だしな、魔物も大規模なものは見ての通り全滅、付近のものも我らが掃討中とくれば十分柵などで囲う余裕はあるな。問題は忌まわしき獣どもであるが…」
「下位のモノであれば対処は野生の獣とさして変わらぬ、多少強い程度じゃからの。上位のモノはワシらが今回狩れば良いだけの話じゃからな、ワシの見立ではこの森に漂うマナで維持も発生も一匹がギリギリといったところじゃろうしな。下位のモノは頻繁に発生するやもしれぬが、手を抜かずに狩っておれば上位のモノにならぬはずじゃ」
「ちょっと待て、下位のモノが上位のモノになることがあるのか?」
「うん? それは当然であろう? 上位のモノ、下位のモノなどといっておるが要するに大人と子供の様なものじゃ、下位の…つまり子供がマナや穢れたマナを取り込み続けた末に大人…上位のモノになるじゃ」
「要するに下位のモノを狩り続ければ、上位のモノは発生しないという事だな?」
「絶対ではないがの、人以外であれば魔石を持つ魔物が一番のマナの供給源ではあるが、それも今や殆どおらんくなっておるようじゃし? 下位のモノ同士が共食いでというのも狩り続けておけばある程度防げるじゃろう」
「領主としては、その絶対ではないものの条件を教えて欲しい」
「なに簡単じゃ、マナが結晶化して尚溢れるほどの濃度があればよい」
「マナが結晶化すると…いやそれよりも、そんな場所がこの世界にあるのか?」
辺境伯だけでなく横で話を聞いていた、カルンとウィルまで驚いた顔をしてるが当然の事であろう、マナの薄いこちらの地域ではそもそもマナが結晶化すること自体知られていない。
さらにそれでも尚あふれるほどとなれば、御伽噺か神話の域にまでいかなければありえない話である。
「ま、この辺りでその様な場所を探すのであれば、海の底の一粒の砂を探したほうが早いであろうな。まぁ、意図的に集められていなければじゃが、それもありえぬ話じゃ」
「意図的にマナを集める事が出来るのか?」
「うむ、と言うかカルンが居るじゃろう?」
「あぁ…そうでした…殿下、失言をお許しください」
「よい許そう。気に病むことはない、レクタリス辺境伯」
「はっ、ありがとうございます」
最近はかなり自分の意思で抑えることも出来るようになった上に、ワシが側にいるせいで気づかなかったか失念していたのであろう。
辺境伯は一瞬苦い表情で頭をおさえると、くるりとカルンに向き直り恭しく跪きながら見事なまでの臣下の礼をとり謝罪し、カルンもそれに合わせて鷹揚に頷いて応える。
「話はそれたが機械的に…魔導器の様なものを利用して再現しなければ大丈夫じゃろう」
「そのマナを集める魔導器とやらを、貴様は見たことがあるのか?」
「うむ、見たこともあるし壊したこともあるのじゃ、忌まわしき獣を生み出す獣と成っておったからの」
「なん…と…その魔導器は誰かが作り出せるようなものなのか!!」
「それは難しい…いや、不可能であろうな。ワシが見たものとて伝える者がおらんくなり、伝える物がなくなり伝える話が消えるほど昔の者が造っておったものじゃからの」
「そうか…それならば安心してもいいだろうか」
「かき集めたとしても地脈の弱いこちらでは、早々問題になるほどでは無いじゃろうがな」
そんな話を暫く続け、大掃除をしながらということもありようやく、この惨状を引き起こしたモノが登場したであろう場所に到着した。
「ふーむ、これは…」
「ねえや…これ本当に大丈夫なの?」
しかしそこには考えていたよりも広い、馬車が四台通って尚まだ余りある程の道がそこにあった…。
木々が乱暴に薙ぎ払われたそれを道と呼ぶのはどうかと思うが、そう表現するのが適切なほど深い森を切り裂いてそこに存在していたのだ。
「大丈夫かどうかと聞かれたら大丈夫なんじゃないかなー? と答えるしかないのぉ、ワシももうちっと地面がズタボロになるが似たような事は出来るじゃろうし」
「出来るの?」
「面倒じゃからやらんがの」
男三人が頭を抱えているが、何か変なことでも言っただろうか…?
「…それは兎も角、これをやらかした奴の足跡が見当たらないのだが…」
「ふーむ、これ…ではないかの?」
ワシが指差した先、そこには大人が屈めばすっぽりと収まりそうなほどの巨大な足跡が残されていたのだった…。




