269手間
流石に初の魔獣との戦闘は疲れたのだろう肩で息をしている辺境伯やウィルをおもんばかり、なるべく陽のあたる場所を探して皆でそこへ腰を下ろし休憩する。
普通こんな森の中などの視界の悪い場所で休憩する際は、誰か最低でも一人を周りの警戒に当たらせることを軍では規定している。
だがしかし、それはヒューマンが大多数を占める故の規定、歩けば落ち葉を踏みしめ進めば灌木に擦れる、そんな森の中で獣人の耳に捉えられず近づくなど不可能なので、今回は全員座ってのんびり休憩できる。
「先ほどの狼じゃが、今回の騒動あれが原因ではないじゃろうな」
「ほう? 何故そう言い切れるのだ?」
「うむ、簡単じゃあれらでは弱すぎる」
「あれでっ?」
「カルンや落ち着くがよい、言うたであろう下位のモノじゃと。剣で普通に倒せたのが良い証拠じゃ、それは豚鬼どもでも同様じゃ。確かに普通の狼とは比べものにならぬ程に強くはなっておるが、豚鬼とて囲んで叩けば十分トドメを刺せるからの」
「つまり……上位の忌まわしき獣が居ると……」
「それも確実にのぉ。森の奥の方がマナが溜まりやすい、なのにこんな森の表層付近に下位とは言え奴らがおったのが良い証拠じゃ。奥にもっと上位のモノが居るという何よりの証左」
「ふむ、そういうところは普通の獣と何ら変わらないのか」
「元が獣じゃからの、当然といえば当然じゃが。上位のモノは、既に獣とは言えぬ容姿と知恵を持っておるモノもおるから気をつけるのじゃぞ」
「さっきのより強くて更に知恵とか…ねえや、本当にそんなものに勝てるの?」
「うむ、簡単じゃ。知恵というても群れの長に毛が生えた程度じゃし問題でもなかろう、長く存在したモノは相応の知恵を持つなどとワシの故郷では言われておったが、それも御伽噺の中だけでワシもそんなの見たことも聞いたこともないしの」
昔お母様に聞いた幼児向けの寝物語の中にそんな魔物の話があったが…実際にそんなのが居たなどという話は寝物語以外、噂でも報告でも聞いたこと無いので、どうせお話向けのアレンジというやつだろう。
「しかしの、簡単じゃ簡単じゃと言うておるが、ワシではせいぜい弱らせる事までしか出来ぬ、トドメはカルンの剣でしか刺せぬのじゃ」
「そ、それはどういうこと? ねえやに倒せない奴が僕に倒せるわけが…」
「あぁ…なるほど、そういう事か。 確かに貴様がトドメを刺すことは出来んな」
「閣下、一体それはどういう事でしょうか? 確かに殿下はお強いですが、それでもセルカ様に倒せぬモノが倒せるほどとは…」
ワシの言葉に動揺しカルンは悲壮感を漂わせるが、何故そんな事をワシが言ったのか辺境伯は即座に理解しニヤリとする。
将来辺境伯となるであろうウィルは、教えられてないのかただ単に気付いてないだけか、カルン同様理解できていないようだった。
「ま、何故ワシが倒せぬかは、倒した後にネタばらしじゃ」
「あぁ、何故かは知りませんが、倒せる事は倒せるんですね?」
「当然じゃろう? じゃがまぁ倒せぬものは倒せぬのじゃ」
「倒せるのに倒さない…? ねえや、まさかここに来てまで訓練…とか…」
「確かに訓練と言えば訓練じゃがぁ…そこも何でかちと考えるがよい」
先ほどとは別種の悲壮感を漂わせ始めたカルンが、がっくりと肩を落とす。
「さて休憩は終いじゃ、さっさと奥に向かうとするかの」
ワシの言葉を合図に全員が立ち上がって森の奥へと向かう。
その折に辺境伯がワシに近寄り、カルンとウィルに聞こえぬ声でこそりと話を向けてきた。
「セルカよ、殿下は確かに私どもとは別格のマナをお持ちだが、本当に貴様は出来ると思うのか?」
「なーに、出来ねば出来ぬでお主とウィルが黙っておけば良いだけじゃ、さすれば継いだ時に良い思いが出来るだけじゃろう」
「残念だ、その時には私は愚息に跡を継がせている」
「んふふ、まぁトドメの一撃だけじゃ。そこまで追い込むのはワシにとっては易いこと」
「まるで出来の良い猟犬だな」
「なに、キツネは犬の仲間じゃからの然もあらん」
ぐふぐふとワシと辺境伯…二人で悪い笑みを浮かべながら、ちらりと後ろからついて来るカルンを見れば。
それ以上したら腕が落ちるのでは無いかと思うほど肩を落とし、まるでこれから絞首台に登る囚人の様な足取りで歩いていた。
そのさまを見て、また辺境伯と二人して含み笑いをするのだった…。




