262手間
最も効率的な訓練とは何か、無駄を極力省いたトレーニングメニューに基づいたものか、最高の師に習うか。
ワシはそれを両方兼ね揃えたものは実戦だと信じている、実戦とは最も効率化されたトレーニングメニューであり、幾万の教訓を教えてくれる師だと。
「囲め! 囲め!」 「止まるな! 止まるな!!」 「落ちた! だれか!」
そこかしこであがる怒号に悲鳴、断末魔…幸い断末魔をあげているのは敵だけだが。
槍の一撃を入れたやつがバランスを崩して落馬したが、仲間のフォローを受けてなんとか復帰したりしてる。
ざっと見る限り、こちらの被害は多少骨を折った者が最も重傷で、他は精々かすり傷や打撲程度の軽傷のみ。
「うむうむ、初陣でこれであればまぁギリギリ及第点かの」
「ねえやも手伝って!」
「い~や~じゃ~。 ワシが手伝ったらお主らの修練にならぬ」
「殿下! セルカ様のご期待に応える為にも!」
「期待じゃ無いと思うよ!!」
馬上からニヤニヤと、馬から降りて懸命に槍を振るう二人を眺める。
他の兵たちが四、五人の隊をつくって一撃離脱を繰り返しているのに対し、カルンとウィルは一対一で敵と相対して何とか優勢を保っている。
「ほれほれ、無駄口を叩いておらんで。特にカルンはその程度、一対一で圧勝できねば及第点はやれぬぞ!」
「くぅうううう!」
ワシらは今、友好国であるネル皇国との国境にある山脈の麓に広がる平原地帯へと来ている。
この二国を隔てる山脈が在ったからこそ、二国は友好国たりえたと言っても過言ではないだろう。
それは兎も角、何故ワシらがここに来ているかというと遡ること暫し。
その友好国であるネル皇国からこの山脈を越え、そちらに向かってる一団があるとの知らせが入った。
越境行為、例え友好国であろうともそれは二国間の友好に罅を入れる行為ではあるが…。
その蛮行をしてきた集団の名は…豚鬼、つまりは魔物がそっち行ったよと教えてくれたという訳で。
本来であれば、ここの領に居る王軍や冒険者が対応するのだが、たまたま野外演習の為にこの山脈までやってきていたワシらに白羽の矢が立ったと……。
とまれ、哀れオークの集団は実践演習の的となっている次第。
「それにしても、巣から出てきたにしては数が多いのぉ…」
ざっと見た限り、何時ぞや見た小角鬼の集団並みに数がいる。訓練兵とはいえ各々がエリートの王軍連中が一撃離脱戦法をしなければならない程の数。
囲まれたら如何にカルンやウィルが、一対一でオークに勝ててるとは言え危ないだろう。その時は助けに入らねば。
今のところ一撃離脱が余程、癪に障るのかそれとも数が多いから餌としての価値が高いとでも思っているのか。
殆どの豚鬼は、他の連中を主に狙っているので大丈夫そうだが。
「よしよし、良いぞ! カルンよ、力の使い方を理解してきたようじゃな!」
先程まで息を切らせていたカルンが、動いているにも限らず呼吸が安定してきた。
戦い始めた頃より安定してマナを吸収出来るようになった、やはりひよっこは腕立て伏せさせるより実戦に放り込んだほうが早い。
「ウィルはあまりカルンから離れんようにな、その方が呼吸が楽なはずじゃ」
既に口で返事する余裕は無いのか、槍を突き出し首肯するだけにウィルは留めた。
カルンが周囲のマナを集めているため、近くに居る方がマナを取り込むのが楽になる、ウィルのマナ耐性はなかなかのもので宝珠持ちに近しい程と言ってもいい。
だからこそカルンの側に相応しい…あぁ、だからこそ辺境伯の長男なのが口惜しい。
「ねえや!」
「わかっておる。『狐火』!」
何もしていないワシ目掛け、一対一で手一杯なカルンとウィルを無視して、一部の豚鬼たちがワシ目掛けて突進してきた。
カルンが悲痛な声をあげる、何をそんなに…と思ったが、そう言えばカルンはワシが実際に訓練以外で戦ってるを知らないのだなと思い返した。
「今助けます!」
「こんで良い! 寧ろ危ないからのぉ。そこで見ておるが良い」
今しがた対峙していた豚鬼を降し、ワシに迫る豚鬼に向かおうとするウィルを制して蒼い火の玉を撃ち込む。
そうすれば残るは穏やかの平原の景色のみ、豚鬼は文字通り跡形もなく消え去った。
「これが……」
「ねえや、これなら……」
ウィルは息を呑み、カルンは何か言いたげな目線を送ってくる。
大方これであればさっさと豚鬼を全滅させられるのではないかといった所であろう。
「なーにを言うておるのじゃ、それではお主らの訓練にならぬであろう?」
危なくなったらその限りではないが、カルンの目線での訴えをバッサリと切り捨ててもう一度ニヤリと笑うのであった。




