260手間
鋭く抜ける様な息の音と共に槍の穂先が鳩尾へと迫る。水平に突き出しただけでワシの鳩尾へと当たるほどに深く腰を落とし、左足を引き杭の様に地面に固定し全体重を乗せた一突き。
完全に足を止めた威力重視の構え。布を巻きつけているとはいえ、それなりに体格の良い青年の体重が乗った一撃、当たれば悶絶は必至。
剣にせよ槍にせよ、突きというのは威力もさる事ながら振りに比べ隙きも小さく迎撃もしにくい。
特に体の中心を狙った一撃なら尚更だ。横から打ち付けて弾こうにもキッチリと体の横幅から外に出さなければどこかしらに突き刺さる。
だが諸栓は点での攻撃、ギリギリまで引き付けてから右足を引いて、槍の射線上から体を退かす。
するとそれを狙っていたのか、急に槍がしなり穂先が軌道を斜め上に変え、ワシの顎めがけて飛んでくる。
けれども今度は下から槍目掛けて剣を打ち付け、カンッと小気味よい音と共に更に加速した穂先がワシの顎を捉えること無く上空へと打ち上がる。
だがしかし諦めぬとばかりに打ち上がった穂先との動きに合わせ、捻っていた体を戻す力を加え袈裟懸けに、槍が弓と見紛うばかりに曲がるほどの勢いで落ちてくる。
息もつかせぬ連撃であるが残念ながら相手はワシだ。襲いかかる槍を刀身と鍔の谷間で受け止めて、そのまま振り払うかのように地面へと渾身の一撃を捨てさる。
その後も何処で息を挟んでいるかと思うほどの連撃を、切り払い打払い時に避けて尻尾の先にすら触れさせない。
しかしそんな勝負とも言えぬ時間も唐突に終わりを告げる、槍の一撃を打ち払った瞬間、ワシの持っていた剣の刀身が鍔の辺りからポッキリと折れて宙を舞う。
これを好機と見たか、今までで一番の突きを放って来たが、穂先を避けてその根本を左手で掴むと槍を左の小脇に抱える形になるように思いっきり引っ張り込む。
すると引きずり込まれると考えたのか咄嗟の反射か、パッと槍を手放すが時既に遅し、ワシは地面を滑るように間合いを詰め相手の顎目掛け思いっきり振り上げる。
しかしてワシのアッパーは顎に華麗に吸い込まれる…事はなく、直前で止めてコツンと軽く当てるだけに留める。
「……参りました」
「うむうむ、なかなか鋭い連撃じゃったの」
「褒められているのでしょうが、あれ程見事に防ぎきられては褒められているのか慰められているのか、どちらか分からなくなってしまいますね」
「よいよい、褒めておるのじゃウィルヘルム。その歳でコレほどの動きが出来るのであれば誇っても誰も咎めはせぬ。流石辺境伯軍一の槍の使い手といったところじゃな」
「セルカ様、私の事はどうぞウィルとお呼び下さい、それに私などまだまだ…父上の武勇には及びませぬ」
「謙虚なのは良いことじゃが…そういう性格なんじゃろうな」
「ところでセルカ様」
「なんじゃ?」
「セルカ様の剣術は一体何処で習ったものなのでしょうか?」
「ふーむ、ワシのは冒険者みたいな事をやっておった者に、簡単なことを教えて貰っただけじゃしのぉ…それも子の練習に付き合う為のものじゃから、強いていうならば実戦で磨いたと言った方がいいかの。我流とも呼べぬ目と力に頼って剣を振っておるだけじゃ、そも剣と槍とでは勝手が違うじゃろうしの。じゃが槍の控えとして剣を使うのは悪くないとは思うのじゃ、先程の様に槍を取られたり使えぬようになった時の為にの」
「確かに…得物が無くなっても戦える様にするのは真理ですね…それで、もしよろしければ…」
「うむ、先程も言ったように簡単なことしか教えれぬが、何時でも剣の手ほどきをするのじゃ。もちろんカルンも一緒にの」
「だと思ってたけど…それよりもねえや、というか二人共…剣が折れたことには何もないの?」
後ろで見学していたカルンに振り返りながら声をかければ、諦めたかの様な声が返ってきた。
「何を言うておる、武器が使えんようになるのは実戦では当たり前のことじゃ。それでいちいち動揺しておっては命取りじゃぞ」
「えぇ、私もそれを先程実感しました。実戦であれば確実に命を落としていたでしょう。剣に関しては私も素人同然です、殿下も共に学びましょう」
「そういうことじゃ無いんだけど…」
「ま、木剣とはいえ飛んでいった刀身で、誰も怪我をせんじゃったのは僥倖じゃったの」
「そうそう、そういう事をね」
ウィルの前でもカルンの王子然とした化けの皮が剥がれているが、それだけウィルに心を許しているのだと思えば悪いことではないだろう。
そんな事を考えつつ、ポッキリと折れ飛んでいった木剣の刀身を拾いに行く。
「うん? これは…」
「ねえや、どうしたの?」
「ん? この折れた断面が不自然じゃなぁ…とな」
「どういうこと?」
「ほれ見てみい、半分だけ綺麗じゃろう?」
「本当だ」
刀身の半分までは無理やり木を折ったかのようにささくれているが、もう半分くらいは綺麗に断面が整っている。
「ふむ…他の木剣も、ちと見てきてくれんかの」
「かしこまりました」
側で控えていた侍女に、訓練用の武器が置いてある倉庫まで様子を見に行ってもらう、優秀な侍女のことだ…何を見てきて欲しいのかちゃんとと理解していることだろう。
「それにしてもよくこの状態であそこまで保ったものじゃの」
「重いですがその分、硬い木を利用してるらしいですよ」
「なるほどのぉ」
確かに普通の木では軽すぎてあまり訓練にはならない、その為だろう重く硬い木を使っていたからたまたま長く保っただけと。
この一本だけなら偶然と思ったが、そんな木なら偶然刀身の中ほどまで切れ目が入っているなんてことはありえないだろう。
「十中八九、私軍の嫌がらせじゃろうなぁ」
大剣や槍の訓練用武器より少ないとはいえ、それなりに数があるためまだ返ってこない侍女が居る倉庫の方を眺めながら、どうやって懲らしめようかなどとちょっと物騒な事を考えるのだった…。




