258手間
鋭い槍の一撃の後、模擬戦をしている相手がお返しとばかりに鋭さでは劣るものの、豪快な槍捌きで青年へと連撃を繰り出していく。
青年の方は年齢的に恐らくは辺境伯の長男であろう。流石に辺境伯軍一と呼ばれるだけ合って見事な槍術。
見た目もいぶし銀の様な渋い色味の短髪を後ろに撫で付け、横顔のため瞳の色までは分からないが顔立ちは十六と言うよりもどちらかと言えば、カルンよりひとつかふたつばかり上かと思うくらいに幼さを残している。
だがその体は運動用の動きやすい服装の上からでも分かるほどガッチリしており、鍛え上げたという言葉が相応しい。
幼さ残るが端麗な顔立ちと、鍛え上げたしなやかな体。此処に乙女の一人でもいたら黄色い声援が槍衾の如く突き出されていたであろう。
その青年に対する男は流麗な青年の容姿とは対象的に、全体的に巖の様な印象を受ける。
ガッチリと奥歯を噛み締めた様な四角い顔にきっちりと刈り込んだアッシュブロンドの髪、体は何時ぞやの獣人ほどではないが今にも服がはち切れそうな程な筋肉で覆われている。
そんな男の姿にピッタリな豪快な槍の一撃一撃を、青年はじわじわと後退しながらも風に揺れる木の枝の様に受け流している。
「これは相手しておる方も、なかなかやるもんじゃのぉ」
「すごいな…」
カルンから漏れたのは感嘆の声、パワーやスピードだけであるのなら圧倒的にカルンの方が優れているであろう。
だが技量という点に於いては明らかにかの青年より劣っている。それが十分わかっているのかカルンは青年の動きを食い入るように見つめていた。
その間にも二人は、攻防を激しく入れ替えながらも槍を打ち合い続けている。
槍と言っても、長い木の棒の先に布を巻いた殺傷能力の無いモノではあるが、それでも当たれば痛い。
眼前で繰り広げられる一進一退の攻防、まるで殺陣の様に未だお互いの体に槍の一撃は届いていない。
示し合わせたかのように繰り出される一撃ではあるが、ふとした拍子でその均衡は崩れるだろう、例えばかすった際の痛みとか。
しかし実際はそんな下らない結末ではなかった、疲労か息が続かなくなったのか、一瞬巖の様な男の攻撃が緩む。
瞬き一つも無いような間断であったが、その隙間にねじ込まれた青年の…穂先が大蛇の様にうねる一撃で、男の槍がすくい上げられ宙へと舞う。
けれども大蛇はすくい上げただけでは満足せず、男の左側頭部を噛みつかんとばかりに迫るが間一髪、男の左手が槍と頭の間に挟まり本物であれば致命の一撃を何とか防ぐ。
だが防がれるのは想定内だったのか、青年は手早く槍を引くと男の喉元へと穂先を突き出す、その動きは最小限であり遂に男は防ぐ事ができず両手を上に持ち上げて降参の意を示す。
「流石、辺境伯軍一と呼ばれる事はあるのぉ、素晴らしい腕前じゃ」
服の袖で汗を拭う二人のもとに、パチパチと拍手をしながら近づくと、青年はワシを見て困ったとばかりに少し恥ずかしそうに頬をかいている。
巖の様な男は槍を防いだ左腕が痛むのか、少しさすりながらもワシを警戒する素振りを見せる。
「これは…と……お初にお目にかかります殿下、私めはリベルタ辺境伯が長子ウィルヘルムに御座います。この度は対顔する光栄に浴し―」
「ここは軍故にそこまで畏まらずともよい、面を上げよ。それに私も良いものを見させてもらった。まさに槍術を極めんとするならばここを目指せと言われたかのようだ」
「お褒めに預かり恐縮至極に御座います。お言葉ですが私めはまだまだ未熟者、殿下でありましたら私めなどよりもより高みを極められるかと」
青年 ―ウィルヘルム― はワシの横のカルンを認めると、先程まで見せていた槍術の様に無駄のない動きで跪き、頭を垂れ口上を述べる。
それに対してカルンは鷹揚に頷き、まだまだぎこちなさは残るものの、いつもの軽い感じではなく王子然とした言葉と態度でウィルヘルムの口上に応える。
それにしても辺境伯家は忠誠心が高いとは聞いていたが…まさかここまでとは思わなかった。
こうも見事に臣下の礼を取られては、友人になってくれなどなかなか言い出せない雰囲気だ。
けれども、信頼関係が築けるならそれでよし、ウィルヘルムは何とも気が早いことに既に将来の忠誠まで誓っている。
「さてウィルヘルムや、お主に会いに来たのは二人に仲ようなって欲しいのもあったのじゃが…カルンの槍の練習相手になって欲しくてのぉ」
「私がですか? セルカ様とお見受けしますが、私よりも遥かにお強いのですし…」
「力だけであればの、槍の技量となればワシなどお主の足元にも及ばぬよ」
「過分なお言葉を…」
「それにじゃ…ワシは身分も何もないから畏まる必要は無いのじゃよ?」
「ご謙遜を、殿下を無事に育て上げた方と聞き及んでおります。お言葉ですが、その様な御方を敬うのは当然のことかと」
「ほう…」
カルンが昔、自らの能力で危うくな事になったのは極一部の者を除き秘匿されている。
わざわざ無事…などと言ったことから、どこまでかは知らないが少なくとも危なかった事は知っているらしい。
辺境伯の情報収集能力が優れてるのか、それを知るだけ辺境伯が王から信頼されているのか。
「ま、あまり仰々しくされるのも好かんからの。ワシに対してはもう少し砕けた感じで頼むの」
「かしこまりました」
その物言いに肩を竦めつつ、こやつが…引いては辺境伯が味方になってくれるのであれば心強いと、ウィルヘルムが頭を下げているのをいい事に一人ほくそ笑むのだった。
登場人物の名前が有名なお話の人とかぶっていたので変更しました。




