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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで学校へ?
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257手間

 軍学校の入学手続きが開始されてから半月、ようやく私軍の連中がやってきはじめた。

 遠いところから来たため遅れましたと言うのが彼らの言い分ではあるが、実際のところは侍女曰く「遅れてこそ貴族だ」と言う謎の矜持によるものだとか。

 侍女に聞かなくても言い分が嘘だというのはすぐに分かる。なにせ同じ地方から来た王軍の兵たちは遅れてもニ、三日程度だったからだ。

 そもそんな矜持自体を掲げてる事自体アホらしいとも思う。正真正銘の貴族令嬢である侍女たちは遅れない、むしろ先手先手を打ってくるくらいだ。


「全く、遅れるなぞだらしがない印象しか受けんがのぉ…」


「彼らは遅れる事で、陛下側の者よりも上位者であると思い込みたいのですよ」


「ド阿呆じゃの」


「仰る通りで」


 私軍とは本来、全ての貴族が持っている国王に許可された私兵の総称ではあるが、持っている規模や内実のため事実上、三侯爵の私兵のことを指す言葉になっている。

 詰まるところ三侯爵の息が掛かっている軍という訳だ、と言っても私軍内に指揮系統の一番上以外は侯爵家を正式に名乗れる者は居らず、三侯爵配下の貴族家の三男以降やそれらに逆らえぬ平民たちで構成されている。

 指揮系統の一番上以外に侯爵家の者が居ないのは、侯爵家の持つ領土は広く三男以降も家こそ継げないものの仕事は十分にある為らしい。


「それに来ている私軍の者は、今回は皆末席の末席もいいところの者達なので、特にそう言う傾向が強いのでしょう」


「なるほどのぉ…小物ほど膨れたがるのは何処も一緒かの」


「伯爵家はここ数巡り男児が産まれていませんので、残るは爵位の低い者たち五月蝿いだけで害はないとは思うのですが」


「確か辺境伯がおったじゃろ? あれらはどうして居るのじゃ?」


「辺境伯軍は性質上、私軍ではなく王軍扱いですので。確か辺境伯の長男が辺境伯領王軍の推奨枠で来ています」


「ほほう、王軍の推奨枠とは気骨がありそうじゃの」


「えぇ、セルカ様には及びませんが槍の腕は辺境伯軍一だとか、決闘を挑んではおりませんので彼我の実力を見極める目も確かかと」


「ワシは槍を学んでおらんから其奴の方が腕は上じゃろうて。しかしワシに挑んできておらんか…うむうむ、それだけで十分見どころがあるやつじゃの。ところで其奴の歳は分かるかの?」


「十六くらいだったかと」


「ほう…その歳で辺境伯軍一とは凄いのぉ。後は人格さえ良ければ、ぜひともカルンの友人になって欲しいくらいじゃ」


 カルンはその身の上から友人は一人もいない。親しいと言うだけであればワシや侍女たちが当たるかもしれないが、やはり年齢も近く同性の友人と言うのは重要だ。

 物語でも王子の傍らで時に諌め、時に悪乗りする友人や兄貴分と言うのは欠かせない。あわよくば将来の側近にと思うところだが辺境伯の長男ではそれは無理な話だろう。

 けれども辺境伯という国防において重要な位置に居る家に、気が置けない友人が居るというのはお互いに取って良いことのはず。


「そうですね。私も実際お目にかかったことはありませんが、噂では好人物だとか」


「それはよい。自主訓練のときにでも、ちと探して見るかのぉ」


「それがよろしいかと」


 といった会話をしたのが朝食時のことで、昼食後の自主訓練までの間はちゃんとした講義ではない退屈な座学の時間。

 そう思っていたのだが、今回はちょうど今朝にでも話していた辺境伯軍のことについてだった。


 まず最初に王軍と私軍の違いではあるが、第一に維持管理をしているのが王国か領主かの違いである。

 この点、辺境伯軍の維持管理をしているのは辺境伯なので私軍である。

 とはいえ全て領主が賄っている私軍と違い、辺境伯軍の維持管理費は王国も支援をしているが。


 第二の違いは平時の(・・・)指揮系統の違い。王と領主それぞれが指揮系統のトップとなっている。

 辺境伯軍の指揮系統のトップは王、なのでこの点については辺境伯軍は王軍扱いになる。

 ただし辺境伯軍が居るのは文字通り王都から遠い辺境、なので王の命令を待たず辺境伯独自の判断で動かす事を許されている。

 もちろんその場合は後に、王への辺境伯もしくは高位の名代による申開きが要るがあるが、それは大規模な戦闘行動でもない限りは必要ない。


 この指揮系統の違いなのだが、簡単に言えば王の要請を断ることが出来るか否かである。

 王が人手を寄越せと言えば王軍は必ず行かなければならないが、それに対し私軍は行く必要性は無い。

 もちろん、そういう必要性がないからこそ、行った方が王の覚えが良くなるのは当たり前だが。


 この断る権利であるが全て平時の事である、戦時(・・)緊急時(・・・)であれば全ての私軍は王の指揮下に入らなければならない。

 もし斯様(かよう)な時に指揮下に入らなかった場合は、その領主及び私軍は反逆者として即座に討伐の対象となる。


 反逆者として認定されれば貴族であれば特例を除き一番軽くてお家取り潰し、最悪一族郎党皆殺しとなる。

 平民は投降すれば助かるがその場合でも一定期間の死人が出るのが当たり前な非常に厳しい強制労働、しなければその後もしくは即座に処刑。


 私軍を使ってクーデターでも起こそうものなら、緊急時として即座にそいつらは反逆者認定、そして討伐軍が送られるというわけである。

 圧制者を打ち倒すとか言う大義名分でもない限り、非常に厳しい罰を厭って平民たちが戦おうとさせない事が狙いらしいが…。

 なんとも過激な法ではあるが、余程過去に私欲による内乱後の独立を許したことがトラウマだったのだろう。


 話はそれたが辺境伯軍とは、私軍ではあるが辺境伯や軍自体が我々は王に忠誠を誓った軍であると宣誓しており。

 普通は別々である王軍と私軍の兵舎なども一緒で実質、独自行動権を持った王軍として代々の王から認められているのである。

 そんな忠誠心の塊みたいな軍から来ている辺境伯の長男、実に楽しみな男だ。


 辺境伯軍の下り以外は実に退屈だった講義を終え、昼食をとってからカルンと共に演習場へと向かう。

 すでにそこには訓練を初めている熱心な人達が、打ち合いをするもの走り込みをするものがちらほらと見える中、一際鋭い槍捌きの若者が一人。


 確か彼の者は辺境伯軍一の槍の使い手と侍女に評されていたし、もしかして彼だろうかとカルンを伴って彼に近づくのだった…。

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