256手間
軍とは男所帯である、医療技術が低く平均寿命が短く死亡率も高いとなれば、男が狩りに女は家事をという意識は必然と高くなる。
その点が改善されない限り、特殊な事例を除き肉体労働系には必然と男性の比率が高くなる、いやほぼ男性しか居ないと断言していいだろう。
ラ・ヴィエールの冒険者ギルドを見ればそれはよく分かる、女性も居るにはいたがそれは受付嬢か筋骨隆々な如何にもと言った冒険者だけだった。
逆に宝珠のお蔭で寿命も長く病気にも罹りにくく、魔物等に殺されるなどしなければ死亡率が低いカカルニアのハンターギルドを知っていれば違いは一目瞭然。
男女比はほぼ半々でその大半は確かに前に出て剣を振るう人はそれなりの体型だが、それでも女性的な線を残した人ばかりだった。
要するにだ…そんな女日照りな集団の中にワシの様な美少女がいればどうなるか…。
花束でも贈ってくれれば良いだろう、装飾品の類も元とはいえ公爵夫人…贅は見飽きたしセンスに関しては、ワシの好みを把握してるあの人には遠く及ばないだろうが。
あと孔雀の尾羽根も霞むワシの見事な尻尾を思えば、質の良いブラッシング用のブラシも選択肢に入るだろう。
だが…だが…だ。物心ついて暫く恋心を理解できる頃には軍に入り、規則を友に筋トレを恋人にしてきた輩に、そのような機微が理解できるかと言えば否定せざるを得ない。
軍人をバカにしているわけでなく、ただ単に経験しなければ何事も理解できないし、覚えることも無いだろうということだ。
だからこそ直球で攻めてくればまだ男らしいと褒められたのだが、悲しいかな彼らはエリート…しかも自称ではなく紛うことなきエリートなのだ、無駄にプライドがある。
どう言う思考の道筋を突っ走ってその帰結に至ったのか、実に…実に訳がわからない。しかもだ先人が初めたからそれがルールだとでも思ったのか、そこまで規則重視じゃなくていい。
「私と一つ勝負をして頂きたい!」
「はぁ…で、勝ったら何が望みじゃ」
「貴方とお付き合いさせて頂きたく」
「分かった…お主が負けたら潔く諦める事じゃ」
「勝負は受けていただけると…」
「でなければ、お主らしつこいであろう…」
何処で見初めて何処で聞き及んだのか、顔も覚えておらん輩が決闘で勝ったら自分と付き合えと、そんな感じではじめた勝負が毎度人を変えコレで何戦目か。
新入生はそこまで多くない、私軍の奴らがまだ来てないとは言え今いるのは精々ニ、三十人くらいな筈だ、それなのに連日人が途切れる気配はない。
これはあれか…前の巡りやその前の巡りの人達まで来ているのか…何とも…面倒くさい、誰も彼も一合もまともに打ち合えてないのだから諦めればいいのに。
「はぁ…これではカルンと打ち合っておる方が余程修練になるのじゃ」
ワシから見れば、まだまだ芽吹いてすらいない新米共に負ける要素など微塵も無いし、折角わざわざ知らぬ人と打ち合う機会だからと軽い気持ちでやり始めたが、今は後悔の溜め息しかでない。
確かに将が必ず武に優れていなければならないという事はない。優れた兵が優れた将になるかと言えば否と言わざるを得ないが、それでも多少は持ち得てなければならないのは当たり前だろう。
ワシは有り余る膂力を持ってして打ち払ってる故、技量は持ち合わせているかもしれないがワシからすれば及第点以下と言うしか無い。
そんな輩が連日訪れるのだ…全く嫌になる。勝ったらきっぱりと諦める潔さを持ち得ているのは良いのだが、断ったら断ったで軍人の面目躍如とばかりの諦めの悪さと粘り強さも発揮してしまう。
「どうせ負けるのじゃから、断られた時点で脈無しと潔さを発揮して欲しいのじゃ…」
「セルカ様は美人ですから…」
「それを否定してしもうては、毎日手入れしてくれるお主らに悪いの。ところでワシは自分で虫は追い払えるのじゃが、お主らは大丈夫なのかえ?」
ワシとカルンに充てがわれた王族用の区画の一室、侍女たちに髪や尻尾の手入れをされながら、今日は何人返り討ちにしてやった等を話しつつふとそんな事を思う。
侍女と言っても彼女らもエリートである、無論その選考基準には見目も多分に含まれる、むしろワシより大人の色香に溢れてると言ってもいい。
そんな彼女らを飢えた獣共が放っておくであろうか…。
「ご安心を、私共は陛下の御前で貞操を誓っております故」
「ふむ…こんな所に来るのじゃから、当たり前と言えば当たり前じゃったの」
侍女と言えども王族に仕えるからには眉目秀麗、才色兼備だけでなく家柄もそれなりに要求される彼女たちは、皆貴族の令嬢である。
そんな娘が男共の中に放り込まれるとなれば、口さがない人達に取っては格好の的となるだろう。
だからこそ彼女たち北宮付きの侍女は王に貞操を誓い、王はそれを保証するのだ。
もし彼女たちに対し下世話な噂を立てようものなら、貴様は王の保証をなんと心得るのだとなるわけだ、勿論当の本人の身が潔白でなければならないが。
「流石に王の言葉を前に手を出してくる奴はおらんじゃろうしのぉ…」
「……何処のとは申し上げれませんが、私軍の中にはそうは思わぬ輩も居るそうで…」
「何とも…そういった輩がおったわけじゃな…?」
「えぇ、幸い王が婚約者を用意してくださっていると言ったら、引き下がりましたが」
「どういう事じゃ?」
「ここでセルカ様にお仕えするにあたり、万が一が遭った場合は責任を持って、王が結婚相手を用意してくださると仰って下さいましたので」
「なるほど勝手に勘違いしてくれたと言うわけかの…」
此処には当然私軍の兵士たちも居る、と言っても前の巡り以前に来ている者達だが。
それが何故ワシの所に来ていないかと言えば答えは単純、家柄が無いからである。
ワシが元公爵夫人であることを知っているのは、王族と一部の近衛と北宮付きの侍女たちだけ。
だから、北宮付きという家柄も含め保証されている侍女たちの所には行っている。
彼らもお貴族様枠と揶揄されていることから分かるように私軍で来ているものたちは間違いなく貴族の子弟、だが家を継げない予備にもなれない三男以降の者達。
だからこそ自称エリートの自分たちに釣り合う、けれど本当のエリートでなければ届かぬ高嶺の花ではないと思われる侍女たちを狙う…と。
何とも浅ましいことではあるが、彼らも必死なのだ…それが自らの背景を傘に着てでなければ擁護できるのだが。
「しかし、王の言葉を蔑ろにする事すら厭わぬ輩が居るとはのぉ…」
「次…を狙っていると言う噂もあるそうですよ」
「ふむ……成れぬなら成ってしまおうホトトギスということかのぉ…」
「ほととぎす? ですか…?」
「いや何、言葉の遊びのようなもんじゃ」
「そうですか…さて終わりましたよセルカ様」
「うむ、ありがとうなのじゃ。やはり自分でやってはこうはいかぬからのぉ…」
見事なまでに整えられた尻尾の毛並みを一撫でして破顔する。
立派すぎる故にどうしても手の届かぬところも出てくるので、彼女たち侍女が整えてくれるのは本当にありがたい。
「カルンがここで立派な将と成るのを願うが、その初陣の矛先が内に向かねば良いがのぉ」
「そうですね…」
何ともはやきな臭い事この上ない話に、侍女と二人して最近増えた気がする溜め息を吐き出すのだった…。




