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何故かカルンと共に軍の将校過程、通称軍学校へと通学することになってしまった。
通称で分かる通り此方にも学校制度があるようだが、どうも本を見る限りでは金持ちと貴族専用の様ではある。地方に行けば私塾程度はあるかもしれないが。
それにしても、まさかこの歳で学生になるとは思いもしなかった。だがよくよく考えてみれば当たり前のことである。
カルンも力の加減がそれなりに分かってきたとは言え、ワシの様に制御できているわけではない。
幸いにしてここは軍であり、マナの耐性に優れた者ばかりが集まっている。
お蔭でまだまだ制御の甘いカルンが引き寄せるマナにも耐えているだけであり、未だに街中に出ることも出来ない。
話は変わりこの軍学校であるが、通称と言うだけで正しくは学校でも何でもない、軍の訓練施設の一つである。
なので入学式などもなく、書類一式を提出し受理されればそれで入学手続きは終了である。
なぜ通称でも学校と言われるかというと、軍事的な内容ではあるのだが各専門家の講義を受け合間合間に訓練と称した運動をする。
つまり内容が少々物騒なだけであって、この国の標準的な学校とやっていることは大差無い。故に軍学校と通称されるのだ。
そして学校と通称されるもう一つの理由、それは新入生の足並みを揃えるため多少前後するとは言え一巡りの一時期に入学が集中するからである。
ピカピカの軍服を身にまとった者たちが一堂に会する、正に新入学と言った見た目なのもその理由だ。
制服代わりの軍服は深緑の生地に臙脂色の縁取りがなされ、金のボタンで合わせた前を留める形の、正にエリートの軍服と言った感じである。
きっちりとワシの体格と尻尾にも対応している辺り、かなり前からワシの入学は確定事項だったようだ。
そんなワシとカルンは今、東宮敷地内にある軍将校過程特別訓練施設 ―校舎― と呼ばれる場所の一室で本日最初の講義が始まる時間までの待機中。
なにせ今日は入学手続き開始日であり同時に最も新入生が集中する日でもある。なので無用の混乱を防ぐ為にもワシらは特別に一室が与えられカルンはお茶を楽しみ、ワシは窓から続々とやってくる新入生を眺めている。
当然の事ではあるが軍の訓練施設はこの王都だけにあるわけではない。規模の大小あれど各地に存在し公爵と各侯爵領の施設は大きさだけ見れば王都のもの以上である。
さらにはその各施設の成績優秀者だけでなく、既に配置済みの軍の中からも所謂叩き上げ等と言われる人達が特定以上の階級になる為にもやってくる。
故に眼下に見える人達の容姿も年齢も多種多様、なので見ているだけでとても楽しい。
「ねえやもお茶にしない?」
「うむ、そうしようかの」
とても楽しいとは言えやはり飽きは来るもの。カルンの誘いにこれ幸いと乗っかりカーテンを閉めてからカルンが座っている向かいへと座る。
すると手早く侍女が用意してくれたお茶を飲む。その温かさにほっと一息吐きそのまま口を開く。
「カルンや、分かっておろうが」
「何度も言われなくても分かってるって、ねえや。私軍出身の者たちに気をつけるのじゃ…でしょ」
「うむ」
軍と言うのは金食い虫である。いや…軍に限らず大きな組織とは維持するだけでお金を消費する。
軍が戦争の為だけに存在するのであれば、きな臭くない平時に限り削ることも容易であろうが治安機構も担っている場合はそうもいかない。
なので、各領の領主に軍の維持費の一部を払わせる代わりに、領主が払っている維持費の大きさに応じた規模の私的な軍隊を持つことが許されている。
これが国が保有する軍を王軍言いそれと区別して、私軍と呼ばれる者達である。
もちろん、この私軍の維持費はそれを保有している領主負担なので、大抵の領主は身辺警護程度しか私軍の枠を活用していない、むしろ最大まで持つ領主の方が少数派である。
そしてその最大まで持つ数少ない領主が公爵と側室を入れている三侯爵達、但し公爵の私軍は更に区別されて公軍と呼ばれ、王都の王軍に並ぶ規模と規律を持っている。
大抵の場合、私軍とはこの三侯爵の子飼いの軍を指し示す言葉と今は相成っている。
要するに私軍とは三侯爵のおつかい連中、カルンにちょっかいを出してくる可能性がある奴らなのだ。
とは言え三侯爵もお互い仲が悪いし、王軍と公軍の仲は良いが、私軍とはどっちも仲が悪い。
詰まるところ勝手に足を引っ張り合う上に嫌われ者と…なにせ私軍から将校過程に来る奴らはお貴族様枠と言われ、金や権力でねじ込まれた無能の席だと揶揄されているからだ。
少なくとも王軍や公軍から来た者達は純粋に実力で選ばれた者達、良くも悪くもエリートとしての自負を持った者からすれば、権力と金だけはある口だけ番長とは実に腹立たしい相手だろう。
ただ…王軍内でも士官訓練出と叩き上げ連中は、私軍相手ほどでないにせよそこまで仲はよくないのだが…。
「さてこの後の予定じゃが……」
「昼食の後は講義で、その後は自主訓練…でしょねえや」
「そうじゃな、講義の内容は周辺国との関係じゃな。初日故の内容ではあるが…」
地方から出てくる人の方が圧倒的多数なため、どうしても手続き初日に間に合わない人が出て来る。
その為にしばらくの講義は実に他愛のないものとなってしまう、その他愛ない内容でも普通の者達であれば、自主的に勉強でもしていない限り知り得ない無い内容なので有意義ではあるのだが…。
「これは既に教えた内容じゃな、講義で恥をかかぬ為にも復習しておくかえ?」
「我が国の周囲には十七の小国と二つの大国がある…ちゃんと覚えてるって」
「うむ、では大国の名は…」
「聖ヴェルギリウス神国とシン皇国」
「うむうむ、ちゃんと覚えておるようじゃの」
この小国群は未だに戦争…と言うか紛争を繰り返し、国境も国名もころころと変化し定かではない。
大国の一つシン皇国とはぺったりと国境がくっついているのだが、建国以来の友好国であり現在もその関係は良好なままである。
だが、問題なのは聖ヴェルギリウス神国…こちらとの仲は最悪だ、なにせラ・ヴィエール王国の国教である女神教を真っ向から否定している。
元は小国群をVの字に挟む一辺としてラ・ヴィエール王国の侯爵領として存在していた場所だったのだが。
ある日ヴェルギリウス侯爵が神託を受けたとして突如反旗を翻し、侯爵領を神国として独立させたのだ。
この歴史的事実も、王が侯爵を信用していない理由なのかもしれない。
ともあれ、彼の国が主張するに神から直接神の座を譲り受けたとして、このヴェルギリウスを神王として祭り上げた神王教、これが女神教に対し座を譲ったのだからさっさと消えろと言ってきているわけだ。
現在の王国と旧侯爵領である神国とはV字の根本で繋がっているだけ、小国群も挟んでいたこともあり広大な領地と権利を侯爵が有していた事が災いし、専横を許してしまったと時の王は編纂家に溢している。
こんな歴史で分かたれた国であるし、これで両国の仲が良ければびっくりである。
とまぁこんな感じの歴史のお話を中心に、暫く講義は続く事になる。
私軍は基本的にこの退屈な歴史講義が終わった頃合いに来るので、実際に気をつけるべきはその辺りからなのだが、王子だし気を付けておいて損はないだろう。
何にせよまともな学生生活はおくれそうにないと、深呼吸する振りをして深く溜息をつくのだった…。




