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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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254手間

 抜けるような青空の下、常ならば怒号、悲鳴、嘆き、呻きで満たされている東宮にある訓練場の一角。

 そこに組まれた簡易な壇上で、教官が今は熱弁を振るい新兵だった者達はピシッと姿勢を正し、一語一句漏らさぬとばかりに聞き入っている。


「つまり! 本日をもって貴様らは、役立たずのクズから――」


 鬼教官(オーガ)と皆に呼ばれていた者が、壇上で荒々しい言祝ぎを述べるている…要するに真鍮に覆われていそうなお話である。

 カルンを除いて皆成人済みとは言え、殴る蹴るは当たり前の様にして訓練していた教官が、素直に言祝いだところで怖気がするだけなのでこれはこれで良いだろう。


 二巡りにも及ぶ地獄の訓練過程を修了しカルンは十二となった。この士官訓練の成績優秀者はこのまま将校過程に進み、それ以外の者は新任少尉として各地へと散っていく。

 式典と言うにはあまりにも地味で只々鬼教官の激が飛ぶだけの場。それは良いだが何故…何故にワシがその新米少尉共の中に紛れているのか!


 確かに確かにワシも他から見ればカルンと共に訓練を受けていたようにも見えるし、一人蚊帳の外は寂しかろうという気遣いかもしれない。

 カルンが教官から正式に少尉となる旨を伝えられるのを横で見ていたら、何故かワシまで少尉の位を貰いあれよあれよと言う間に此処に並ばされてしまった。


 教官の訓示が終わる頃には、貰えるなら貰っておいていいかなどと少しばかり遠い目をしていたら、今度は王の執務室へ来いとのお達しである。

 次は何事かとこの後の打ち上げの話で盛り上がる新米共を尻目に、侍女たちのカルンを任せて主城へと向かう。


「呼ばれてきたのじゃが」


「セルカ様ですね、少々お待ち下さい」


 執務室の扉脇に待機する近衛に言えば、慣れた様子で中へと何事やら伝えられる。本来であれば誰何されるのだろうがワシの容姿を見紛うなぞ早々無いだろう。

 少しして豪華な装飾が施された両開きの扉が内側へと開くと、中から「入れ」との声が聞こえてきた。


「話というのは何てことはない、カルンの事だ」


「そうじゃろうな、それでワシに何をしろと言うのじゃ?」


 ワシが入るとボン…ボン…と書類に判を押していた手を止めて、王がこちらを見ながら早速と話を切り出してきた。


「話が早いのは良いことだが、今はとりあえず待て。そのカルンだが勉強の様子はどうだ?」


「ふむ…ワシの受け持っておる範囲ではあるのじゃが、覚えも良いし勉強を嫌ってる訳でも無し良い生徒だと思うのじゃ。時折、他の者に学んでおる事を聞いても来るが、そちらも何ぞ問題がある訳でも無さそうじゃな」


「そうか……」


 カルンに物心ついた頃からワシが読み書き計算を教え、士官訓練を受ける少し前辺りから複数の者が付いて様々なことを教えていた。

 その頃には読み書きは完璧、計算も四則演算は十分だったのだが、ワシが書庫に入り浸っていたこともありそのまま歴史も教える事になったのだ。

 歴史に関しては王族に限り ―正確には目をかけた王族に― 一般的な歴史ではなく、裏側まで含めた歴史を王か王妃自ら教えるのが普通だったそう。

 なのだが、ワシがそのあたりも含めキッチリ覚えていたので、見事にその教師役に抜擢されてしまったというわけだ。


「カルンは軍でも問題ないと保証された。更には将校過程への推奨までするとまで言ってきている。士官訓練の教官が手放しで…だ」


「ほう、それは一緒に訓練を見ておったワシも鼻が高いのぉ」


「元々王族は推奨されずとも、問題ないと判断されれば将校過程へは必ず進むことになっている。すると一つしか無い教官の推奨枠が余ってしまうのでな、どうするかと聞いたら貴様を入れると言ってきたのだ」


「は? ワシは軍に入った覚えは無いのじゃが…」


「気にするな。女性で士官過程に入るなぞ、王族以外であれば余程お転婆な貴族の令嬢くらいしか居らぬし。何より女性で教官の推奨を受けるのは…喜べ史上初だ」


「いや…いやいやいや。尉官くらいであれば貰えるならと思えるが、流石にそれはどうなのじゃ?」


 というよりも…教官の地位に着く者が王族が推奨なしでも将校過程に進むことくらい知っているはずだ。そこにわざわざカルンを入れたのはわざと枠を余らせる為の茶番というわけか!


「余からの貴様へのささやかな礼と思ってくれていい。これから多く表に出ることになるカルンの側に居るには、余や神殿の言葉だけでない…この国での確固たる地位が必要だからな。その点において軍での地位は十分だ、実力至上主義だからな貴様で有れば王族の隣にあっても問題ないところまで行けるであろう」


「侍女の一人とかでも別にいいんじゃよ?」


「なに簡単なことよ、侍女であれば控えておらねばならぬ。だが…貴様程の力があるのなら、そのような位置よりも隣で守るのが相応しかろう」


 確かに…侍女であれば、表舞台に立った時は遠くから見守るしか無いだろう。その点、王子に信のある軍の士官であれば近くで立って守ることも出来る…か?


「その顔、納得してくれたと取っていいな? 軍の制服も後ほど部屋へと届けさせよう。話は以上だ」


「う…うむ…」


 なんか勢い良く丸め込まれた気もしないでもないが…将校過程とかちょっと気になるしまぁいいかと執務室を辞するのだった…。

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[気になる点] 誤記:侍女たちに 侍女たちのカルンを任せて主城へと向かう。
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