253手間
直立不動ながらも瞠目している王と王妃、興奮していた司祭は遂には跪き天を仰ぎ地に伏すを繰り返している。
護衛の近衛達はまだ警戒を解いてないのか、足こそ揃えて居るものの未だ柄に手が伸びている。
カルンは少し気落ちしているものの、もっと近くでみたいのか此方に来ようとしては近くの近衛に抑えられている。
「落ち着いたかえ?」
「あえて聞くが、それは悪い事をもたらすものではないのだな?」
「うむ、そうじゃな。じゃがまぁ…結局それは見るものの感じ方によるかのぉ…なにせ見た目がコレじゃからの」
「確かに…一言で表すならば、異形の腕……という他無いな」
「否定はせんのじゃ…」
「なにを言っているのですか父上、かっこいいではないですか!」
「うーむ、カルンは王子なのじゃから、もうちと神殿に置いてあっても違和感の無い物を気に入ってほしいのぉ…」
「ねえやまで…」
同じ方向性の嗜好ならば…こう、白っぽいイメージの物に傾いて欲しかったと思わなくもない。
カイルはワシと同じく転生していたので、既にそう言う時期は過ぎていし…孫達もその手のモノと触れ合う機会は無かったので発症しなかった。
普通の子であれば、行き過ぎない事だけ気をつけてあげれば良いのだが、カルンは一国の王子だ…それが悪そうなものに興味を示しているとなればどうなるか。
「ところで!! その腕には何か力が秘められているのですか!!」
「あーうむ…そうじゃな。まず身体能力の向上じゃろう、それにこの爪にはマナを切り裂き吸収する力があるのじゃ」
「なるほど! それとお言葉ですが…」
「うむ?」
カルンと違い既に手遅れな域まで踏み込んでしまっている司祭が、興奮して丁度よいタイミングで話題を変えてきたが。
ワシが答えた後に何故かおずおずと、突然しおらしくなってまるで王への謹言かの様に此方へ話しかけてきた。
「セルカ様のお姿は、白き神殿の中に在っても尚、栄える白さです!」
「う…うむ」
「その中に黒と赤が在っても、更にセルカ様の白が映えるだけでございます!」
「そ…そうかえ」
「そうでございます!」
これはダメな方向に何か入ってないだろうか…しおらしかったのは一瞬だけで、後はまるで自らの戦術に絶対の自信ある軍人の具申かの如くの力説である。
その剣幕たるや、近衛が動けずワシに司祭がにじり寄るのを止めれないほど、対するワシも思わず一歩後ずさる。
漸くハッと我に返った近衛に引き摺られ、司祭がこの場から退場させられてゆく。恐らくこれ以上居ても王を混乱させるだけとでも判断されたのだろう。
「のう…あんなのが王城付の司祭で良いのかえ?」
「若く信仰に熱心で、金や権力に動かされぬ司祭は得難いのだ」
「そうかえ…」
王の声からは諦観を感じる。あれ程酷くはないにせよ普段からあんな感じなのだろう。
それにしても、やはりと言うか何処にでも、そう言う輩は居るのだなと王の言葉に含まれる意味に深く溜め息をつく。
「それは兎も角だ。先程マナを切り裂くと言っていたが、それに何か大きな意味があるのか?」
「マナがあらゆるものに含まれておるのは知っておるかの?」
「無論だ」
「じゃから…まぁ、簡単に言えばものすごく切れ味が良いと思っておけば良いのじゃ」
「なんと言えばよいか、見た目はともかく勿体ぶって余を呼んだわりには、こう言っては何だが大した事ない力だな」
「そうじゃな、せいぜい屋敷をスパッと一撃で真っ二つにする程度じゃ」
「……屋敷を…?」
そもそもこの辺りにはマナで体が構成された魔物や人に危害を及ぼすほどの魔法を使うモノが居らず、結界を張る道具なども無いので確かに精々その程度なのだが…。
それでも矜持とでも言えばよいか、バカにされたままでは何なので一つ釘を刺しておく。むしろ本当の事であるし今なら屋敷どころかお城だってスパッといけるかもしれない。
「うむうむ、現に昔スパッとやったからのぉ…別のものを狙った余波ではあったのじゃが」
「確かに大人でも握りつぶせそうなほどの大きな手ではあるが、どうやって屋敷を切るのだ?」
「簡単じゃ、こうスパッとな」
指先にほんの少しだけ力を篭めて、『狐火』を使った時同様だれもいない方に向けて軽く手首を振る感じで斬撃を飛ばす。
すると不可視の爪が地面を抉り、まるで巨大な獣の爪痕かのような痕跡を地面へと残す。
「これこの通りじゃ」
「もちろんそれは…」
「うむ、かるーくやったに過ぎぬ」
「大した事ないとの言葉は取り消そう」
「うむ」
さすが王様、ワシが何故こんな事をし始めたのか理解してくれたらしい。
「その力、我らが国のために…いや、カルンの為だけでも良い揮ってくれるか?」
「ふむ…国の為と言うのは確約出来ぬが、カルンの為には惜しまぬわ」
「そうか…であればせめて、兵士だけにも後で余と神殿からの言葉としてその腕の事を伝えておこう。民へは兵士から徐々に伝わるであろうしな」
言葉の信として王からであれば最上であるし、神殿であればそれは信仰において最も信あるものの言葉である。
両者の言葉で保証されれば、ワシの腕を見て敵対しよう等と考える者は出てこないであろう。
あぁ、勿論これは側室達の耳にも入るだろう。そうなったらますます彼奴らは手は出せなくなるなと一人ほくそ笑む。
望外の結果に喜ぶとともに、何よりカルンに嫌われる様な事にならなくて良かったと少し肩の荷が降りたような気分になる。
それにしても、嫌われなかったのは良いが、変わりにカルンが罹ってしまったと思われる病。
後々の本人に多大な痛みと共に時間が解決してくれるであろう病ではあるのだが、下手をすれば不治の病ともなりかねない…どうやって被害を最小限にしようかと深く溜め息をつくのだった…。




