252手間
北宮の敷地の一角にある王個人の修練スペース。個人の…と言っても小隊程度の人数であれば十分動き回れる広さはある。
それでいて周囲から完全に隠され、北宮からも死角になり此処に居る人しか此処の様子を窺い知れない。
ここは先代の王が増築させた場所らしく、北宮の主だった場所に比べて幾分か新しく感じる。
その時に死角になるよう造られたのか、そもそもそんな場所しか開いてなかったのかは知らないが今は丁度よい。
「余に見せたいものとは何だ?」
「積極的に見せたい類のモノでは無いんじゃがの、その子に…カルンにここまで入れ込む予定では無かったんじゃが……まぁ、こうなってしまったものは致し方なし、隠しておいた方が後々問題になりそうじゃったからの」
「何時ぞやの名の様にか?」
カルンの名に関しては奇跡でも起きない限り起こり得ない問題であったが、今回は違う…ワシそのものに関する事だから。
ちなみにカルンには名付けの時にあった事は黙っている。自分を世話してる一人の死んだ旦那の名前が自分と同じだなんて微妙な気分になるだろう。
何より、だからこそ自分に愛情を注いでいるのだと勘違いしてほしくはないからだ。なのでもう少し感情では無く理性で考えれる歳になったら伝えるつもりだ。
「うむ、あの時は万が一ではあったから良かったのじゃが、今回はワシ自身に関する問題じゃからのぉ…宝珠に関係することじゃから、出来ればその護衛は外してもらえるとありがたいのじゃが」
「宝珠…か……その点に関しては貴様が気にする事ではない。この北宮に務める近衛は、司祭の位すらも有する精鋭しか居らぬからな」
「ふーむ…うむ、まぁ信仰が揺らがねば良いが…」
宝珠の事は女神教でもかなり上の人しか知らないと王と王妃、そしてカルンの周りを囲むように立つ幾人かの護衛を外して貰うよう言ってみたのだが…。
そういう事であるならば問題ないであろう、近衛は口が固くないと文字通り生きてはいけぬらしいし、その点でも大丈夫だろう。
「いや、待て。宝珠の事ならば王城付きの司祭を呼んだほうが良いだろう」
「ふむ、それもそうじゃの」
王が近衛の一人に目線で訴えると、即座に駆け出し王城付きの司祭とやらを呼び出しに行ったのだろう。
「さてと暫し暇じゃの、なればちと聞くのじゃが宝珠の事についてお主らはどの程度知っておるのじゃ? 学術的にでも宗教的にでも構わぬ」
「女神様の御使いたる証…くらいでしょうかね。研究しようだなんて畏れ多い事をする人も、私の知る限り居ませんでしたし」
王の側に立っていた王妃がワシの問いに口を開く、それに合わせて司祭の位を持つという近衛達も頷いているので、それが宝珠を知る人達の大半の知識なのだろう。
こちらの人達に取って宝珠とは信仰的な意味合いの方が強いだろうし、その程度の認識で問題は無かったのだろう。
尊敬する人の生家に行った、同じ場所に怪我ある…それで十分、ワシらの様に力持つ者の証という意味では無いのだから。
「ワシもそこまで詳しく語れるほどでは無いのじゃがな――」
「いや待て。それも司祭が来てからが良いだろう、宝珠の事であれば知りたがるに違いない」
「それもそうじゃな…」
王に話を遮られしばらく無聊を満喫していたら、漸く呼ばれたであろう簡素なローブ姿の男が息を切らせてやってきた。
「おまたせして申し訳ありませぬ、王よ」
「よい許そう。それよりもセルカ殿が宝珠の事に関して話があるというのでな、貴様を呼んだのだ」
「なるほど、そうでありましたか」
「ふむ、では話すかの。宝珠とは…そうじゃの、持つだけでその者の身体能力を大幅に上げ宙に漂うマナに働きかける力を持った器官じゃ」
「なるほどなるほど! 宝珠を持った御方は寿命が長いのはそのせいですか」
「そして宝珠を持ったものには二種類おるのじゃ、宙に漂うマナに働きかける事が得意なものと体の中のマナを扱う事が得意なもの」
「ほう…それはどう判断するのですか?」
「魔法…うむ、お主らの言う魔法…あれは体内のマナを扱うものじゃが、それを宙に漂うマナで行うと言えばよいかの? それが出来るか出来ないかで判断できるのじゃ」
「ほほう! セルカ様もそれを御使いになられるのですか?」
先程から興味津々と言った感情を隠しもしない司祭が興奮気味に聞いてくるが、生憎とワシは魔法は使えない。
「ワシは後者じゃの、似たような事はできるのじゃが体内のマナを使っておるだけじゃからの、ワシの場合は体内のマナが桁外れじゃから出来る芸当と思うが良い」
「み、見せてもらうことは…」
ちらりと王の方を向けば本人も実はみたいのか、しっかりと頷いているので『狐火』と呟き、一つだけ尻尾の先に蒼く光る小さめの火の玉を出現させる。
「お…おぉ…」
「この程度であれば少し強い魔法程度…じゃが」
誰も居ないスペースを指し示すとそこへ向けて火の玉が飛んでいき、周りに影響が出ない程度の小さな爆発と火柱が上がる。
「なんと…いやしかし話に聞いていたものよりかなり規模が小さいな? ゴブリンの集団を焼いたのだろう?」
「流石にそれほどとなると外から目立つからのう…王の居所で突如火柱があがったとなれば一大事じゃろうて」
「ふむ、それもそうだな」
声にならない司祭の変わりに、少し興奮してる王が心底残念そうに言ってくるが、同じ規模となるとみんなを巻き込んでしまう。
「んむ、では話を戻すとするかの。宝珠の中には特殊な能力を持っておる者がおる、カルンの宝珠がそうじゃの。周囲のマナをひきつけて吸収する能力じゃ、宝珠本来の能力でもあるのじゃが更に特化されておる感じじゃな」
「なるほど…つまりセルカ殿の宝珠の能力とやらが問題になりうると…」
「うむ……ワシの故郷でも驚く者は多かったからの……覚悟して見るがよいのじゃ!」
久々に右腕を魔手とする、宝珠を中心にまるで基板の回路の様に紅く明点する線が、そこだけ闇を切り取ったかの様な漆黒の腕とか体の方へと走る。
三角錐を重ねたかの様な指は触れるもの全てを切り裂くほど鋭く、腕全体からは陽炎の様に紅と漆黒のオーラが立ち上りすぐに宙へと消えている。
正直これを一言で表すなら禍々しい…間違っても神聖な等という感想を抱くものは居ないだろう。
「かっ…かっこいい!!! なにそれ、ねえやかっこいい! それ僕にも使える!?」
「い…いや、これはワシの宝珠の力じゃからカルンは使えぬの」
「そうなのかぁ…」
最悪魔物の様だとか悍ましいとか言われると覚悟していただけに、カルンの弾むような…それこそヒーローの必殺技を目の前にしたかの様な反応に……。
あぁ…そうか…そうだった…久しく本当に久しく忘れていたが、前世ではこの位の歳頃の男の子はこういうのが好きだったなぁ…と今更ながら思い出した。
逆に王は口元こそキュっと引き結び無表情を貫いているが、目はしっかりと見開かれ驚きを隠しきれていない。
「おぉぉおおおお」
そしてもう一人興奮を隠しきれてない…いや心配になるほど天に手を掲げ、目を爛々と輝かせている司祭。
こんなのを王城付の司祭にしてて大丈夫なのだろうかと心配になる反面、思わずだろうが剣に手をかけている近衛に逆に安心感を覚え、ほっと息を吐き出すのだった…。




