251手間
無駄飯食らいがあらほましき軍の姿などと言うが、それは平時でと但し書きが付く上に国にも時代に拠っても違うだろう。
つまるところこの国では、たとえ平時であったとしても無駄飯食らいはあらほましき姿では無く、唾棄すべき姿である。
街の治安維持に街道の警備、冒険者では手に負えぬ魔物の姿があれば駆けつける。国境で不穏な動きがあればそれにも対応しなければならない。
と言っても新兵にはまずは訓練である。治安維持に警備などなどいくら手があっても足りないだろうとは言え、その手が役立たずであっては意味がない。
「ほれほれ、脇が甘いのじゃ!」
「いっった!!!」
「大きく振りかぶらず、コンパクトに最小限の動きでじゃ!」
やぁ! たぁ! と裂帛と言うには少々気合が足りない新兵たちの叫びの中、ワシとカルンが槍と剣で打ち合う。
新兵曰く地獄の様な基礎訓練を一先ず終えた後、ニコヤカな教官の笑顔と共に告げられたのはこれまた地獄の様な武術訓練である。
教官と打ち合えば強かに幾つもの青痣を作るのは必至、新兵同士でやろうとも少しでもへっぴり腰になれば横から文字通り横槍が飛んでくる。
擦り傷、切り傷、青痣だらけの新兵はこの時期の名物、兵舎の大浴場で新兵の時間は宛ら地獄の釜で煮られるが如くの呻き声とは教官の談。
「大きく動かせばそれだけ隙きも大きくなる、細かく堅実に! そのように動かすと、これこの通り内に入られるのじゃ!」
木剣と言えど、固く煮しめた革で補強した程度の小手では衝撃は吸収しきれなかったのだろう、打ち据えられた痛みでカルンが槍を取り落とす。
「ねえやは一体、何処でそんな動きを覚えてきたの」
「昔取ったなんとやらじゃ、槍相手なぞ初めてじゃが腕の長い魔物相手と思えば大して変わらぬじゃろ」
「そっちの方が、怖い気もするけどなぁ…僕も何時か魔物と戦う事になるのかな」
「さてのぉ、お主の姉は戦っておったようじゃが、戦えぬと判断されれば兄共と同様軍から追い出されるじゃろうし、使えると分かっても王の考え次第じゃろうな」
「そっかぁ…」
その場に座り込み、打ち据えられたところを侍女に冷やされるカルンと話す。
本来訓練中に座り込みでもしたら、矢の如く教官が飛んできて路傍の石の様に蹴飛ばされること請け合いだろう。
だがカルンに至ってはそれは無い。王子だからなどと言う甘い理由ではなく、教官の蹴りより先にワシの蹴りが飛ぶと分かっているからだ。
今は休憩が妥当であろうと言う判断の下で、座り込ませているに過ぎない。
未だ教官に激を飛ばされている新兵共も、休憩中のカルンを羨ましそうに見る……事は決して無い。
むしろその目には哀れみさえ含まれている、なにせ自分たちがやれば立ち上がることすら困難であろう訓練を、ワシに施されているのだから。
とは言えそれは一般の新兵であればであって、宝珠持ちであるカルンには該当しない。
なにせ宝珠持ちはそれだけで身体能力が常人を大幅に上回るのだから、無尽蔵を誇る体力も合わせれば普通の訓練ではお遊びにもならない。
話変わってカルンが槍を使っている理由だが、本人がこちらの方が扱いやすい気がすると言ってるのと、基本的に軍の士官は馬に乗って戦うからだ。
この国の武器の主流は大剣なのだが、それは歩兵や冒険者など地に立って戦う人の方が相対的に多いからである。
加えて武器を振り下ろすのは人相手よりその殆どが魔物である、であれば取り回しよりも威力重視という理由も大きい。
更に言えばここは軍の中でも士官を育成する場所、将来の近衛などエリートの登竜門。
一般の者は東宮ではなく神殿などがある、一番外周の軍施設にて一般的な訓練などを受けている。
だからこそ、此処では基本的に槍の取扱を訓練する。
「さて、そろそろ休憩も終いじゃ。槍を持って立つが良い」
「はーい」
「はい、は短く!」
「はい!」
「よろしい、ではまた打ち合いじゃ。好きに打ち込んでくるが良い」
カルンは飲み込みもよく中々教え甲斐があるので、こちらも自ずと身も入ろうというもの。
今度はギュッと槍を握り込み、こちらを懐に潜り込ませまいと細かく、しかし急所を的確に狙ってくる。
「うむ、良い良い。 じゃが甘いのじゃ!」
「えっ! うわっ、うわうわ!」
突き出された槍を小脇に抱え、まるで何もない棒を振るかのようにカルンが引っ付いたままの槍を宙へと放る。
べしゃりと地面に落ちたカルンは、腰でも打ったかそのまま大の字になって地面の上に寝転がる。
「細かく堅実にとは言っても同じ動きばかりでは、今のように簡単に対処されてしまうのじゃ。」
「いやいや! ねえやみたいに槍ごと人を放り投げるなんて普通はされないよ!」
「魔物であれば其のぐらいの膂力はあろう。人であっても投げられる事こそ無いじゃろうが、そのまま槍を奪われるなぞあるかもしれぬ」
「じゃあ、どうすれば?」
「簡単じゃ、相手に取らせなければ良い。ワシは槍術に関しては門外漢じゃから、詳しくは教官にでも教えてもらえばよかろう。ワシから言えることは単純に動くなという事くらいじゃな」
「ねえやは片手で扱えるような剣が主流?」
「ワシの場合それじゃと大剣もいける事になるのじゃが…剣も人に教えるために覚えた程度で付け焼き刃じゃがなの」
「じゃあ何を使うの?」
「ふむ……」
純粋に好奇心だけを宿したカルンの双眸に見据えられ、ここまで入れ込むはずじゃなかったからこそ隠していたのだと思い出す。
「そうじゃな…うむ…ここで見せるのは無理じゃから……そうじゃのぉ、出来れば王やら神殿の司祭やらの一部の者だけに見せたいのぉ」
「わかった、父上に聞いてみる」
途端くるりと身軽な動きで立ち上がると、侍女に言付けを頼みに行くカルンの動きはとても素早かった。
「ま、悪いようにはならんじゃろうの……」
宝珠の事に関して無知なものであるならば兎も角、ある程度理解があり宝珠に対し信仰すら感じさせる者達であれば大丈夫だろうと、最悪カルンにさえ嫌われなければ良いと自分を納得させるのだった…。




