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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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250手間

 結論から言うと彼女らは何もしてこなかった。せいぜい何ぞ夜会があった時の主城や神殿、それと大回廊で多少嫌味を言われる程度。

 その影で、いやカルンの成長こそ日向で彼奴らの嫌味の方がその影で……と言うべきだろう。


 愛しのあの人との間にはカイルとライラ以外、望んでいたにも関わらず子宝には恵まれなかった。

 その反動かこれでもかとばかりにカルンに愛情を注いだ結果、姿を記録する道具が無いのが悔やまれる程に、きらきらと輝かんばかりにすくすくと成長してくれた。


 恙無く成長した結果ワシを呼ぶ時の「こーこー」の意味も判明した。

 よくよく考えればすぐに分かる事だった…カルンがワシの事を「こーこー」と呼び始めたのは絵本の読み聞かせを初めて暫く。

 当時カルンお気に入りの一冊は、動物がたくさん出てくる絵本…そして幼児とは動物を名前ではなく鳴き声で表すもの。

 犬であればワンワンだし、猫であればニャンニャン……ではキツネなら?


 呂律が上手くなり正しく発音出来るようになった時は、思わず顔を覆って天を仰いだものだ。

 そんなカルンも遂に十歳、いやはや月日とは早いもので一日千秋ではなく、千秋一日の思いだ。

 カルンに花咲く笑顔で「こんこん」と呼ばれた時は、思わず胸を押さえ崩れ落ちた程だが…今はもうそんな風に呼んでくれなくなって久しい。


「何でねえやも一緒に居るの?」


「んむ。そう頼まれておるからの」


 王子の世話役の名称と言えば、「ばあや」か「じいや」が定番だろうが。流石に見た目は近しい歳のワシに「ばあや」は無いと、今は「ねえや」と呼ばれている。

 幼児期の「こんこん」という呼び名も破壊力抜群ではあるが、出自故に兄弟姉妹の居ないワシを世話役とは言え姉のように呼ぶのも甲乙つけ難い。


 肝心の実姉であるシャクアは、ひとつ歳下の次期公爵へと ―いや先月に無事に跡を継いで、今は公爵に― 降嫁して一児を既にもうけている。

 政略結婚ではあるのだが、夫婦仲は良好の様で一安心。ワシもシャクアが結婚した際に、表立ってでは無いものの言祝いだら当のシャクアより婿殿に感激されたのには苦笑いを禁じ得なかった。

 公爵家の面々は敬虔な女神教の信徒だったらしく、ワシが居るなら王家は安泰だと万歳三唱しそうな勢いだったのは流石にどうかと思う。


 兎に角、今はカルンと一緒に東宮の敷地中にある、朝日をまだ拝まぬ兵の訓練所へとやってきている。

 この国では王族は正室、側室の子の区別なく必ず一度は軍に所属する決まりがある。

 ワシとシャクアが初めてあった時、彼女が街道で巡回兵をしていたのは、こういう理由があったからだ。


 そしてカルンとシャクア以外の…側室の子達は皆適正なしとして即軍から追い出されたらしい。

 侍女が言うには、箱入り娘ならず箱入り息子として、西宮から一歩も外に出さない生活をさせてたという。

 そう言う訳で、側室の子の中で一番の末っ子の親含め、側室三兄弟には一度もお目にかかったことがない。


 そんな生活をしている上に、いくら父親が国王より軍人と言った風体のモノでも母親があれ程まで不健康そうでは、体が弱かったとしても仕方のない事だろう。

 とまれ、そんな軍の洗礼を今日からカルンも受けることになり、ワシは未だ制御できないカルンの能力の抑えとして一緒にいる。


「……のはずじゃったんじゃが、何故ワシも……?」


 新兵に混じっての訓練、それをお付きの侍女よろしく片隅から見守るだけの簡単なお仕事…そう思っていた時期がワシにもあった。

 なのに実際は何故かそれに混じっての基礎訓練、ひたすら走り込み腕立て伏せ等の体力作り。

 とは言えワシとカルンは宝珠持ち、ワシに至っては体力は無尽蔵と言っても過言ではない。

 ワシに幾段も劣るとは言え、マナを引き寄せる能力も相まってカルンも体力自慢の大人よりも体力はある。

 ワシら宝珠持ちの場合、正確には体力があるというよりも使う端から急速に回復していると表現したほうが正しいが。


 精も根も尽き果てた新兵の傍らで、息が上がり玉の汗を地面に落としているとは言え、未だ立ちまだまだ動けそうなカルンを見ては教官は実に満足そうである。

 体力が有るとは言ってもそれだけ。まだまだ体が出来てないカルンではマナを上手く体内で扱うことが出来ず肉体にかなりの負担が行ってしまう。まぁ…その負担が体を造るのだが。

 その新兵たちと同じ事をしているはずなのに、開始前とさして変わりないワシから教官が目線を逸しているのは気のせいだろうか。


「なんで…ねえやは…平気…なの…」


「鍛えた月日が違うからのぉ、頑張ればカルンもワシ程ではないにせよ少々の事では疲れぬ様になるはずじゃ」


 言い終わるやカルンはその場にへたり込み、それを見て即座に侍女たちがタオルと水を持ってくる。

 訓練内容自体は王族だろうがなんだろうが一緒だが、こう言うケアと言うかフォローは流石に特権階級と言うべきか。

 下手に平兵士と同じにして、王族の権威は大したものじゃないと勘違いされるのも問題だし多少の贔屓は許されるだろう。


「さてカルン、お昼を食べたら勉強じゃからの」


「うへー」


 ワシの言葉でトドメを刺されたか、カルンはその場で大の字に寝転がってしまった。

 王子としてはしたないと思わないでもないが、そういうのに五月蝿い侍女が生暖かい目で見ているので、この場での無作法は今だけとしてもお目こぼしされるのだろう。

 現に他の新兵たちは一人も立ち上がるものすら居らず、地面に這いつくばって酷いものは吐いてすら居る。

 それを思えば、やはり爽やかにやりきった感じすら漂わせるカルンは大したものだろう。

 なにせ宝珠がなければ、確実に新兵のお仲間になっていたことは疑いようがない。


「さて、カルンはお昼の前にまず汗を流してくるのじゃ」


「はーい、ねえやは今日一緒に食べない?」


「ふーむ…では、王に許可を取ってもらってからじゃの」


 流石に離乳食を食べさせていたときとは違い今は一人で食べれる。だから既に食事は別々の部屋で取る事になっているのだが。

 ありがたいと言えば良いのか可愛らしいと言えば良いのか、たまにこうやってご飯を一緒に食べようと誘ってくる。

 普段であれば同じ部屋で食べると侍女に言い含めれば良いだけなのだが、今日は初日の訓練の感想を聞くため国王夫妻が昼食を一緒に取る手はずとなっていたはずだ。

 親子水入らずの食事を邪魔するのも悪いが、一応王の許可でもあれば大丈夫だろうとそう提案したのだが、聞くやいなや侍女の一人に王への言付けを頼んだようだ。


「うむうむ、そのまま王の所に飛んでいったら首根っこを引っ掴むとこじゃったわ」


「ねえやだけでなく侍女たちにも煩く言われるからね、流石に覚えるよ」


 流石に王子といえども、汗をたっぷりかいて土まみれで王の下へ行かせる訳にはいかない。

 普段から王子たるもの清潔にしておかねばと、本人が口にしたように侍女と一緒に口を酸っぱくして言っている。

 カルン自身もお風呂は好きなようで結構頻繁に入っている。お湯の準備も体を洗うのも侍女がやっているから苦にならないと言うのもあるだろうが…。


「さて、では部屋に帰るとするかの」


「はーい」


 既に息を整えたカルンを侍女とワシで囲むようにしながら北宮へと戻る、大回廊からは近衛も合流して大所帯での移動だ。


「ねぇ、今日くらいはリフト…」


「ダメじゃ、これも足腰を鍛えるため。怠ければすぐに鈍るのが体というものじゃからの」


 大回廊にて近衛と合流した時に、ダメで元々とカルンが聞いてきたが本人としては断られるのはわかりきっていたのだろう。

 ワシの言葉に一番顔を顰めていたのは、否応なしに巻き込まれる侍女と近衛たちだった…。

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