248手間
先日、ワシが立派に育てるのだと意気込んだばかりではあるが、現在その子育ては非番である。
これは本当の親たる国王夫妻の意向というよりも気遣いに当たるだろう。ここ三日ほどお休みを頂いている。
お休みと言っても引き寄せられたマナの吸収という名目で、事ある毎に様子を見に行っている。
それに、どうしても侍女たちで手に負えない程にぐずった時は、困り顔で侍女が探しにくるので実質お休みなぞ無いのだが、子育てなのだから当たり前といえば当たり前だ。
そんな中、朝方多少ぐずったものの構い倒したお蔭でご機嫌に。後は我々がと言うので書庫へとまた足を伸ばしている。
話は変わるが書庫…正確には書庫は王城の一番外周にもあるので、ここは王家秘蔵の書物が収められた「主城の書庫」若しくは王家の書庫と呼ばれる。これは文字通り主城の中にある。
それは何を当たり前のと言った所の話だが、この主城、王の信無き者は自由に出入りできない。もちろん許可が有れば出入りできるがその場合は事前に申請が必要だ。
そして現在この主城に自由に出入りできるのは、ここ主城と北宮に勤めている者は当然として、主城関係者以外では神殿の一部司祭と兵の内では上位の士官クラスの者だけだ。
つまり側室とその子供が居ないのだ…その名の通り正室で無いにせよ王の妻、普通であれば信あって当然なのだが三代前。
つまりこの王城を建てた王の定めた法により、当代の王の許可ない限り側室とその子供は主城に自由に出入りできない。
態々一つの城としてみても立派だろう西宮を建て、法まで制定するほど側室嫌いとは三代前に一体何があったのか…。
その答えは歴史書にしっかり書かれていた。四代前の王の時代…側室の一人がよりにもよって、隣国の者と密通し、王を弑した上に戦争の嚆矢となったのだから当然だろう。
側室そのものを無くすことは王故に出来なかったみたいだが、それでも現状を見る限り相当不信感を持っていたのだろうなというのは分かる。
そして当代の王は側室をどう見ているのかと言えば、西宮の警護に近衛ではなく普通の兵を当て、主城に立ち入らせていないと言えばおわかりだろう。
何故今そんな事を考えているのかと言えば、目の前にその側室が居るからだ。
上の事もあり主城では出会わぬであろうと油断しきっていた。更に言えば書庫なぞに側室が来るわけがないと言う思いもあった故に。
なにせ目の前の側室は、身長はワシよりも明らかに高いであろうが横幅もワシの尻尾を含んだ横幅程も有る。
でっぷりとした体をキッチリとしたドレスに包んだ胴体は、真空パックに入ったハムを思わせる。
そのドレスは、あまり豪奢なものを好まない王妃に合わせ控えめではあるものの、スカートはこれでもかと広がりレースをふんだんに取り入れた袖口は手を隠している。
薄桃色のそれは正にお姫様のドレス、そうお姫様…しかもお姫様はお姫様でも、前世の女児が憧れるお姫様。
何が言いたいかというと…BBA無理すんな。それをワシが言うのもなんではあるが……ワシは見た目だけであればまだ女の子扱いされても問題はないから大丈夫だ、たぶん。
この書庫は暗いのが難点ではあるが掃除はしっかりと行き届いている。しかし、しかしだ…書庫と言えば埃っぽいそんなイメージは大凡誰でも持っているであろう。
臆面もなくこの様なドレスを着てしまえる側室であれば尚更こんな所に来ないであろうという油断、それが目の前の現状だ。
こんな事になったのは少し前、書庫の机は壁際にあるのだから前は壁。しかも集中して本を読んでいたので気づかなかった。
何故か若干距離をとって話しかけられたということもあり、ワシは椅子に座ったまま振り返り側室と相対している。
まずハムのパッケージ…じゃないドレスに目が行ってしまったため観察するのが遅れたが、机の上に置いてあるカンテラに照らされた側室の顔は不自然に青白い。
でっぷりとした体型に不釣合いな、その不健康そうな表情は意地悪な継母を絵に描いたよう、それを飾るは流石に側室と言うか艷やかな茶色い髪を夜会巻きにしている。
太ってさえ居なければどんな物語に出しても恥じない大役となれるだろう姿だ…もちろんその役とは悪役一択だが。
「貴方がセルカね」
暫しの沈黙の後、挨拶も何もなしにかけられた言葉は嘲りを多分に含んだもの。声の音こそカナリアの様に麗しいが…しかしその響きは腐った肉に手を突っ込んだかのようにニチャリとしている。
聞いていて怖気が走る声、その姿…全身全霊で悪役とはかくあるべしを体現するとは恐れ入る。それに今の一言だけでわかる心根までそうであると…伊達に長い間、人と接していた訳ではない。
そしてそこまで思考して、漸くなんでこいつがここに居るんだろうという考えに至る。
暫し考え込んだ後、そう言えば今日はカルンの名付けを祝う席があったっけと思いだした。
夜会でもあるので、祝われるはずの本人は不在なのだが…だからこそワシも今の今まで忘れていた。
「ふーん……」
何か言うかと思ったが、ニッチャリとそういうと踵を帰して書庫から出ていってしまった。
「何がしたかったんじゃ?」
思わず声に出し、ここからは本棚で直接は見えないが出ていった扉がある方向を見て首を傾げる。
シャクアや侍女から三人の側室の事は聞いていた。ふくよかだと言っていたのだが、まさかあそこまで見事なでっぷりだとは。
今まで彼女たち側室とは接触も無かったので、頭の片隅にあった記憶を慌てて掘り起こす。
今会った彼女がその三人の側室の筆頭、シャクアの一番上の兄 ―カルンに次いで高い王位継承権を持つ― の母だ。
この国の爵位はカカルニアと同じで一番上が公爵、次に侯爵となっているが彼女はその侯爵令嬢…と言うにはいささかアレすぎるが。
兎も角、今代は公爵家に娘が居らず三人の側室は皆同じ侯爵令嬢、彼女の実家はその中で最も上でしかも産んだのも一番先と…。
問題なのはその側室の実家全てが野心家であるという事。今まで平和だった分これからイザコザが我先にと飛び込んでくるのかと思うと気が重い。
「あーメンドウじゃー」
思わず天井を仰ぎ、だらりと椅子へと体をあずけるのだった…。




