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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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244手間

 名付けの儀式、それは産まれた日から数えて丁度一巡りした日に、言葉の意味通り初めて名前をその子に与える為の儀式。

 是を持って初めて人として認められる。もちろんだからと言って人として認められていないからと、何が起きても仕方ない等というのは詭弁でしか無い。

 当然ながら名前がないからと言って何かした場合は罰せられ、更には既に名を持っている人に同じことをした場合よりも厳しく罰せられる。

 なので人として認められるというのは人権的にという意味ではなく、宗教的に(・・・・)認められると言った方が正しいか。


 しかしと言うか、それでもその考え方を厭う人は出て来る…特に人々の生活が安定し余裕が出てくれば、良くも悪くも情緒的な問題にも目を向け始めるのが民衆だ。

 それで多少揉め事はあったものの刃傷沙汰にはならず、比較的すんなりと名付けの自由というのが保証された。

 そのすんなりといった理由が、多くの民が求めたのもあるが当時は人々の生活に余裕が出始めた頃で、子供が増えた為に名付けの儀式が忙しすぎたせいだ。なんて神官の間で笑い話になったという話が歴史書に書かれていたのには思わず苦笑いするしかなかったが。

 まぁ、そんなこんなで現在は信心深い神官の子供や、宗教的に箔付けを行いたいお偉いさん専用となっている塩梅だ。


 という訳で今現在、宗教的にも体面的にもやらねばならぬ身分の人の子供が儀式の真っ最中。

 有り体にいえば長い、長過ぎる。カカルニアでは石版状の物に触って、はい終了だった。

 それが此方では名付けを滞りなく行ったと見届ける為の証人、名付けを行う司教と子供の親の宣誓と、更に宣誓がしっかりと行われたと記す人の宣誓と記した内容の読み上げ。

 そして宣誓した全員が女神さまに同様の内容をもう一度宣誓して、それを記した巻物の奉納。そこから畳み掛けるように司祭の子供への寿ぎと女神さまへのお伺いの祝詞。


 このお伺いの祝詞、名付けられる子供の家や連なる人の歴史 ―所謂家系図― を言うのだが大抵の人は祖父母辺りまで…しかしお偉いさんともなるとしっかりと系譜が残ってたりするからもう大変。

 王家は尚更…いやむしろ一番ひどい、なにせ建国時からの系譜が残っているのだから…意外と言えばいいか、この王家、港街から都市国家を興した時から簒奪もされず残っているそうだ。

 そしてそれを保証しているのが…港街の冒険者ギルドの受付嬢エレーナだったりする、書物でも自称でもなく第三者のしかも生き証人の保証。

 そりゃ宝珠云々関係なく誰もが下にも置かない扱いをするというもの、但し冒険者を除く。


 言ってる内容そのものは何代前の何々と故人か否かだけなのだが、迂遠と言うか言い回しが古語なのか、無理やり例えるならばクラシックの楽譜を雅楽の楽譜に直して、それを直接読み上げてる様なと言えばいいだろうか。

 一言で表せば「何言ってるか分からん」つまり何代前とカウントダウンしていっているのだが、そのカウントダウンが分からずあとどれ位耐えれば良いのかがさっぱりなのだ。

 当の名付けをされる本人は独特の抑揚のある祝詞を子守唄に、まだ椅子には固定しないと座れないのでその代わりと充てがわれた籠の中で羨ましい事にぐっすりだ。


 ワシも倣ってぐっすりいきたいところだが、流石にそうもいかない…祝詞の前に椅子に座っても良いと言われたのだけは救いだろうか。

 いま思うのは歴史書の中では笑い話と書かれていたが、きっとそれは解放からの安堵の笑みだったに違いないという事。

 こう言っては悪いが、暇すぎる時間のせいでこういう考察するのは楽しいがそれでも早く終わらないだろうか。


 そう心のなかでぼやき、軽く鼻で溜め息して軽く顎を上げる程度に天井を仰ぎ見る。

 ここの部屋は、人が四十人程度入る位の大きさの割に天井が高い。その為かそれとも構造がそうなっているのか音が響くこと無く吸い込まれている。

 お蔭で証人の人達は顔を見合わせる事こそしてはいないが、小声で何事やら雑談しているようだ。

 全く羨ましい事である。ワシは主賓では無いもののそれのお世話役という立ち位置の為に部屋の真ん中にいる。

 司祭は部屋の中の祭壇に向かって祝詞を唱えているので、丁度こちらには背を向けている形だが本来は祝詞を唱える間は皆口を噤んでいないとダメなのだが、この長い時間黙っているのは大変だろうと証人の人達はお目こぼしをされているに過ぎない。


 だからワシらは黙っている他無いのだ、ちらりと横目で国王を見れば流石というべきか身じろぎ一つしていない。

 若干ワシの方が斜め後ろにいるので横顔は見れないが、多分威風堂々としていることだろう。

 部屋の中央、台の上にある籠に入れられた名付けをされる子供を挟み、左右に夫婦が居るのが本来であれば正しいのだが。

 ワシは乳母…母親の代役として子供が儀式の最中ぐずり始めた時の対処をするために居る、手を軽く伸ばせば籠の中の赤子に手が届く程度に斜め後ろの立ち位置だ。


 しかし、しかしだ。本来この代役というのは、母親が既に故人だったり床から起きれないほど衰弱していたり片親だったりする場合だけ。

 だが、今回は神殿からも代役の許可が出て何故かワシが出席することになったのだ。

 なんでだろうと思ったところでスッっと司祭がこちらに向いた。考え事をしている内にいつの間にやら祝詞が終了したようだ。


 既に言い終えているのか元々何もないのか、司祭が左手を自分の額に当て右手を赤子に無言で向ける。

 その姿勢のまま司祭が目を閉じて集中しはじめると、右手からふわりと赤子を包み込むようにしてマナが溢れ出し、そのまま部屋中へと拡散し天井へと消えていった。

 それを肌で感じ、かなり微量のマナではあるのだがこれであればマナに耐性がかなり弱い人ならば、体調を崩すかもしれないとこの子の母親が来れなかった理由をなるほどと悟る。


「女神様より賜った、汝の名は『カルン』」


「は……?」


 思わず口から出てきた言葉に誰も反応しない、もしかしたら口にしたと思っているのはワシだけで、実際は口になぞしていないのかもしれない。

 その後も長々と何事かを行っていたらしいのだが、考えることすらできず気絶でもしたのか、それとも起きてはいたが記憶に無いのか。

 次に気が付いたのは儀式の翌日、北宮で充てがわれた自室のベッドの上だった……。

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