26手間
カツンカツンと今まで歩いてきた天然の洞窟で響く足音とは違う、白い石で構成された人工物の上を歩く足音だけが回廊に響く。
この回廊の入り口で再度、行くか戻るかの問答になったが今のところ、スライムなどの気配も無い。
ただ異常にマナが濃いという事以外は不審な点はなく、危険があればすぐさま引き返すと言う事に落ち着いた。
こんな洞窟の奥の奥、さらには滝の裏に入り口を隠すと言う点を除けばだが…。
「うーむ、この通路に入ってから幾分たったが、特に何もないのぉ…」
途中いくつも扉はあって、中は作業室や倉庫の跡などがあったのだが、机や本棚などはあるものの肝心の中身は引き払われたのか、それとも既に朽ち果ててしまったのか何もなかった。
「見たところ何か大量の物品を利用したのか、生み出したのかそれらに関連する研究施設跡のようじゃの」
「ん?ヘンテコな家具があっただけだが、なんでそんなことが判るんだ?」
何てことはない机の置き方や棚の配置が、何となくそうなんとなく大学の研究室の様な雰囲気だなと思っただけだ。
「むぅ、確たる証拠はないのじゃが…まぁなんとなくじゃな、何となく。メモの一つもあれば何かわかるのじゃが…ご丁寧に部屋の入口の看板もなくなっとるようじゃの」
そう言いつつ、今しがた見終えて出てきた部屋の扉の上を見る。
確かにそこに看板か何かを掲げる場所のようなものがあるが、今は何も掛かっていない。
他にも厨房を備え付けた食堂、ベッドが設えられた寝室、本棚やベッド、机がある個室など、明らかにそれなりの数の人数がここで生活していたであろう痕跡が残っている。
「魔具の一つでもあればと思ったけど、取り外されてるのか壊れてるのか、うんともすんとも言わないわねぇ…」
「見たことねぇ形の家具ばっかだし、明らかにここ等のモンのじゃねぇな。見たところかなり前に引き払われたか何かしたみたいだが、埃一つかぶってないな」
「埃が積もりにくくする魔具もあるし、それの強力な奴じゃないかしら。これだけマナが濃いのだもの、遺物なら十分稼働し続けれるわ」
「ダンジョンも元は大昔の人の研究施設や工房みたいなものだったって話もあるし、ここもそうじゃないのかしら」
「てことはあれかダンジョンに成る前の遺構ってわけか。ははっ、こりゃ大発見じゃないか!俺たち歴史の本にのるんじゃねぇか?」
ジョーンズとサンドラがまた別の部屋を探索しつつ、明らかに興奮した様子で話し合っている。
「なるほど、稼働してないダンジョンと言う事かのぉ…しかし、それじゃとちとまずいんじゃないかのぉ?」
どうして?どうしてだ?とサンドラとジョーンズが同時に聞いてくる。
「いや、ダンジョンは周辺の環境を異常なものにしてしまうんじゃろ?ここはまだ稼働してないが、もし稼働したら近くの街は確実に巻き込まれるんじゃないのかえ?」
そう言うやアレックスがさっと顔色を変え、赤いベルを取り出し鳴らし始める。
定期連絡用のベルを含む三つのベルは既に三又の道で別れた三つのパーティで分けて持ち、緊急時に鳴らすという事になっていた。
「ダンジョンの遺構と同じ人たちに作られたとして、千年以上未稼働だったものが今日明日にでも稼働しない、という保証は無い。それに魔物のスライムが発生した原因がここだとすれば、ここが活性化し始めている可能性がある」
話しつつアレックスは通路の奥を目指し、部屋を出ながら声をかける。
「今緊急用のベルを鳴らしたから応援は来るが、さすがに本部からのハンターを含め、悠長に待ってる余裕はない。出来れば停止させたいが、最悪でも情報だけは持ち帰る。途中の部屋がこのありさまだ、通路の最奥だけ目指していくぞ」
今すぐ駆け出したいところだが、さすがに最奥までの距離も、何が待ってるかも分からない。ジョーンズを先頭に全員無言で回廊を速足に進む。
皆じっとまだ見えぬ通路の奥を見据えてるが、何かここのヒントでもないかとワシだけは周りをきょろきょろと見ながら歩く。
残念ながら道中ヒントになりそうな物はなく、唯一あったのは、回廊の右側面が急に開けた先の公園のようなものだけだった。以前は綺麗であったろう花壇は荒れ何も無く、中央は枯れた噴水だけが残り不気味な雰囲気だけを漂わせていた。
「放棄されて尚未だ機構が生きてる研究施設、蔓延る謎の生物…大量のゾンビでも待ってるんじゃなかろうの?」
なんとなく前世の某ゲームを思い出すシチュエーションに、思わず誰にも聞こえない程度ではあったがそう呟く。
そしてついに、回廊の奥に到着する。そこには明らかに今までと違う扉が鎮座していた。
洞窟の赤茶けた岩とも、この回廊の白っぽい石とも違う、黒曜石を思わせる黒色の、通路を丸々ふさぐほどの大きさの両開きであろう扉。
「明らかにここに何かありますよって感じだな。しかし、なんか模様っぽいのはあるが取っ手がないな」
ジョーンズが言う通り、確かにその扉はそこから開くであろう縦の線を中心にして対称に、四角と直線を組み合わせた溝が幾重に彫られた意匠以外に手をひっかけるような場所もない。
「模様は手を差し込む程の深さもないな…どこかに稼働させる為の魔具か何かあればいいのだが」
アレックスに言われ周りを見回すと、なぜ今まで気づかなかったのか、その扉の右側すこし離れた壁面に黒曜石の様なものでできたプレートが見つかった。
「扉に気を取られすぎておったか。何々…"マナ集積施設コアユニット"関係者以外立ち入りを禁ず。ふむふむ、ここはマナを集めて何かする施設だったようじゃの」
プレートに書かれていたことを読み上げ後ろを振り返ると、アレックスを含め全員が目を丸くして此方を見ていた。何事かと問う前にジョーンズに両肩をつかまれ、
「お前、なんで!なんでこれが読めるんだよ!」
そう叫ばれながらがっくんがっくんと揺さぶられる。
「あばばばば、何でなんじゃと言われても、一般常識じゃからと教えられたからじゃ~」
尤も<女神さまに>と最初につくが、さすがにそれは言えず、そう答える。しかしその回答では満足できなかったのかさらに激しく揺すりつつ、
「この文字はな、女神さまが伝えた文字って言われててな、ダンジョンなんかでも刻まれてるがハイエルフや教会でさえ読める奴はいないんだ!それが何でお前は読めるんだ!」
あぁ…女神さまが伝えた文字ならそりゃぁ女神さまからしたら一般常識じゃなぁと変な感想を持ちつつ、頭をがくがくと揺さぶられる感覚に若干意識が遠のき始めると。
「落ち着けジョーンズ、セルカは獣人の里出身だ、世に出てない知識を持っていても不思議ではない」
そういいつつアレックスがジョーンズを後ろから羽交い絞めにする。ようやく解放され、若干ふらふらした体を大丈夫?とサンドラに抱き留められた。
体調不良を軽減する魔術をかけてもらうと、若干だがふらふらとする意識がはっきりした気がする。
「ううむ、まさかこの文字がこんなに大事になるとは思わんじゃった…」
まだ少しゆすられてる気がする頭を押さえつつ呟くと、すまなかったとジョーンズに言われ、
「遺物の中にも刻まれてる文字でな、これが分かれば遺物の研究も進む、と色んな奴が研究してるんだ…それを読めるやつが居るってわかってつい…な、すまん」
再度すまないと頭を下げ、それになとジョーンズが棒状のものを取り出す。それはまるで太い十手のような形状で、持ち手にはツマミと先ほどの文字が刻まれていた。
「これは親父の形見なんだがダンジョンで見つけたときは既に壊れててな、これが何なのか知りたくてハンターやってるようなもんだったからな、よければこれに何が書いてあるか読んでみてくれないか?」
そういって差し出される十手のようなもの、よく見るとそれは木製で二か所の先端は丸く滑らかになっていて、武器ではなさそうじゃなと持ち手の文字を読む。
「何々…えーっと…うむ…」
ツマミの上部に書かれていた文字は強と弱…人を傷つけないよう滑らかに加工された十手のようなものに強弱の文字…これは…うん、夢は壊さないでいてあげよう。
「すまぬの、これは読めぬ。おそらく誰かが真似て刻んだんじゃろう」
「そうか…これも誰かの憧れの末のものだったんだな…」
そう言い大切そうにジッテノヨウナモノを撫で仕舞うジョーンズの目は少年の様に澄んでいた。
「ワシハイイコトヲシタ」
思わずそう呟くと未だに少年化してる綺麗なジョーンズ以外のみんなは頭に疑問符を浮かべてるような顔をしていた。
「ま、まぁとりあえずいまはこの扉だ。セルカ、なにかわからないか?」
咳払いを一つ真面目な顔に戻りアレックスが言うので、扉に近づき手を触れると仄かに右肩の宝珠が熱を持ったように感じる。
すると波紋のように触れたところから扉の模様が青く光り広がってゆく。
今まで何の反応もなかった扉が、音もなく左右に開き、その先には巨大な空間が広がっていた…。
ジュッテノヨウナモノってナンダロウナー。




