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ラ・ヴィエール王国の現王都、王城は元々そこに在った山を利用した造りになっている。
頂上にはヴィエール城の象徴たる主城が、ここに謁見の間や一部の城勤めの者が働く職場がある。
そしてその北、主城から斜面を少し降った所に北宮が、ここは国王や王妃そしてその子供とそのお供が住む場所。
ぐるりと主城を回り込むようにして西には西宮、こちらは側室とその子供とその世話をする者達の為の場所。
更にそこからぐるりと回って南側には何も無く、主城へと続く大回廊がある。
そして最後に残る東には東宮、こちらは兵士達の宿舎や詰め所がある。
主城と各宮の間には壁があり、直接主城へとつながっているのは北宮と大回廊のみ。
西と東はかならず大回廊を経由しないと主城には行けない構造になっている。
この主城、北西東宮、大回廊を合わせた部分を王宮と呼び、その王宮をさらにぐるりと壁が囲んでいる。
その壁の外側には大部分の城勤めの者の職場と兵士の訓練場や各種倉庫などの施設、そして大回廊に繋がる形で神殿がある。
そしてそれをもう一度壁で囲んだ敷地、それら全てを引っ括めて王城と呼ぶ。分類的に言えば見事なまでの山城というやつだろう。
そして山の麓ぐるりと王城の周りを囲む形で文字通りの城下町があり、主城から眺める景色は喩え難きとはシャクアの弁。
上記の事は港街から王都へ向かう間は馬車に窓が無いという構造上、外の景色を眺めるということなぞ出来ないので山の様ににある無聊を慰める必要がある。
そこで今から行く王都の事をシャクアに聞けば、それはもう微に入り細に入り熱弁を振るってもらったわけだ…。
お蔭で行ってもいないのに、王城の構造が頭の中に浮かびそうなほどになっている。
幸いワシには慣れない馬車移動で、目まぐるしく機嫌が変わる赤子の世話があり、語りが止まらぬシャクアの矛先は見事カーミラを突き刺し続けていた。
王都までの数日間、野営地に着く度にぐったりしていたカーミラは、きっと馬車移動だけが原因ではあるまい…。
見てなかったと言うか、見られなかったから知らないのだが、王都と港街の間には幾つか宿場街があるらしいのだが一度もそこには寄らなかった。
なぜ王族の移動なのに宿に止まらなかったかと思うのだが、王族だからこそらしい…。
幾つかルートや野営地を先に設定しておき、ランダムでそれらを決定して道中の安全を確保しているだとか。
この野営と言うのも、さすが王族としか言いようが無いほど凄まじいもの。
テント…というより会議でもできそうなほど巨大な天幕の中にワシ、シャクアの二つのベッドと赤子用のベビーベッドが用意され。
夜は少し冷えるのでストーブまで備え付けられていた。そのストーブで温められた湯で煎れたお茶で堪能するのは下手なレストランのモノよりも豪華な食事。
何処にこんな物を隠し持ってたのかと思えば、どうやら輜重隊とでも呼ぶべき者達が合流してたらしい。
これはもう本格的に収納の腕輪の事は黙っておかなければ…バレたら色んな所に引っ張りまわされる未来が見える。
「シャクアや、後どれほどで着くのじゃ?」
「今回は急ぎじゃないし、あと二日くらいじゃないかしら?」
「ふーむ、意外と王都とやらは遠いのじゃのぉ」
「実際はそうでも無いのよ。前にも言ったけど色んな襲撃を極力さけるためにね」
「ふぅむ、なるほどのぉ…」
「私だけ…とかならもっと早いのだけれどね」
「確かに、あれほどでかい馬車があってはのぉ…」
それに幾ら移動ルートをランダムにしようとも、道なき道を行くわけではないのでどうしても人とすれ違う可能性はある。
そんな時、明らかに偉い人が乗っていそうな…いや、下手をすれば国王が乗っていると知られているかもしれない馬車。
それが明らかに急いでいたらどうか…見た人はすわ何事かと思うはずだろう。そして街で話を聞いたり広めたりするはずだ。
急いでいた理由がそこで分かればいいのだが、何も判らなければ不安に思うはずだ…急ぐほどの事がおきたのだと…。
「身一つなら四日位で着くはずなのに」
「うん?」
「あら、セルカちゃんとはそんな時に会ったでしょ?」
「あぁ…そういえばそうじゃったの」
シャクアと会ったのは街道からほど近い森の裾、初めは姫などと呼ばれていたからそれは兵隊内での渾名だろうと思っていたのだが…。
まさか本当に姫様とは思いもしなかったと、ちらりと当の本人を見て思う。
コートは羽織っていないが、パリッとした軍服風の黒の上下に身を包んではいるものの。
ふわふわとしたウェーブの掛かった、肩口までで切りそろえられた髪に包まれた利発そうな顔は、まだまだ可愛らしさを残した風貌を隠し通せてはいない。
それが軍馬を駆っているとは…。
「意外とシャクアはおてんばなのじゃの」
「む、確かにお転婆とは自分でも思うけど…軍に所属するのは王族の義務なのよ」
「ほほぅ…それはまた」
「ま、有事の時は指揮を取ることもあるからと言うけれど、実際は兵や民に向けたプロパガンダよね。私たちはちゃんと市井の暮らしをわかってますよーみたいな」
「ぶっちゃけるのぉ…」
「いいじゃない、軍に所属して確かに全部とは言わないものの生活が見えるもの。その話は追々ね。今話してしまってはつまらないでしょう?」
そう言ってウィンクする彼女の顔は恐ろしく整ってはいるものの、何処にでもいる年頃の娘そのものだった。
こんな彼女が育つような環境であれば、ドロドロとした展開になりそうに無いだろうと内心戦々恐々としていた気持ちを溜め息とともに吐き出すのだった。




