239手間
ザザンザザンと波が打ち付ける神殿の裏側、街から影になっている以前は港として此処も機能していただろう少し広い場所。
昇る陽の光を背にしているためこの場所は神殿の影になるのだが、光が海に反射しているのかそこまで暗くない。
そんな人目を憚るには丁度いい場所に、二台の馬車が前後に停まっている。
前の一台は十人程入っても、余裕ではないかと思うほどの大きさはある四頭引き六輪の巨大な馬車。
黒く漆塗りのように艷やかに磨かれた車体には、金銀で豪奢な彫刻が掘られている。
その後ろに停まっている、もう一台は先の馬車に比べると常識的な大きさの、二頭引き四輪のそれでも五、六人くらいは入れそうな馬車。
こちらは新雪の様に白い車体に金で、少し先の黒い馬車より抑えられた彫刻が。
二台とも海に反射した陽の光を、更に反射させてキラキラと光っている。
明らかに要人が乗っている、それを隠すことを諦めたかのような威容には、驚いたほうが良いのか呆れたほうが良いのか何とも判断に困る。
「流石に趣味は悪くないと思うのじゃが…うぅむ、これは何とも」
「既に陛下と姫様も馬車でお待ちですので、セルカ様もどうぞお早く」
「うむ、ほれカーミラも早うせい」
「あっ! ははい!」
後ろの白い馬車の扉の脇に待機していたブリムは無いが、メイドは斯くやと言った格好をした女性に促される。
と言っても一部の諸氏が喜びそうな格好ではなく、丈の長い黒のワンピースにシミひとつ無いエプロンドレス、それを纏うはベテランの風格漂う女性だ。
その声に頷いて、ワシの隣で呆けていたカーミラの肩を叩いて現実へと引き戻す。
何故彼女も居るのかと言うと答えは単純、カーミラもワシと一緒に王都へ行くこととなったのだ。
宝珠持ちは、女神様の御使いと言われるほどに女神教では宗教的にとても重要な存在。
ワシの身の回りの宗教的な方のお世話、という名目の神殿側の箔付けと言うやつだ。
ちなみに赤子には王都の神殿から一人、司祭が付くことになっている。
その為に彼女は位なしから司祭へと出世し、王城付き神殿の所属となる。
王城付きの神殿に所属することは、それはもう名誉な事らしくここ数日、彼女は狂喜乱舞していた。
彼女の夫やその家族も後日王都へ引っ越す事になり、しかもその費用は全て神殿負担と…なんとも宝珠持ちとやらの影響力は凄まじい。
しかし、その割に右肩という目立つ場所にある上に、ノースリーブのばかり着ているので隠されてもいないのに、街の人達が騒がれなかったのは何故だろう。
「あぁ、それはですね。宝珠の事は神官にならないと教えてもらえないんですよ」
「なるほどのぉ…と待たせてしもうたの」
「私達もさっき乗り込んだばかり、だから気にしないで」
馬車に乗り込みつつ、どうやら口から漏れていたらしい疑問を即座に拾われた。
外に控えていたメイドが最後に乗り込み、バタンと扉が閉められるとその振動で車内を照らしているカンテラが揺れる。
残念な事に馬車は要人保護の為か窓は無く、車窓からの風景を楽しむ事は出来無さそうだ。
車内にはワシの対面にメイド、その隣にカーミラ、ワシの隣にシャクアそして腕の中に赤子といった具合だ。
六人は優に入れそうな馬車は、赤子を除いても四人な上に全員小柄な女性ということもありかなり広々と感じられる。
そんな広々とした車内にあってカーミラは、まるで見えざる手に握りしめられているかのように、身を縮こまらせ耳もペタリと折り込まれている。
その横でメイドは行儀の見本の様に一分の隙きもなく、蝋人形かと勘違いしそうなほどピタッと止まって座っている。
どうやら動き出したのだろう、それでも流石に王族の乗る馬車か殆ど揺れを感じず、相変わらず対面の二人は方向性は違うもののピタリと固まったままだ。
それに比べてワシの腕を通じて馬車の揺れを感じているのか、赤子はワシの中で上機嫌で腕を振り回している。
そしてその腕を両手で摘んでさらに振り回しているのが、相貌をとりあえず崩せるだけ崩したシャクア…いいのかお姫様…。
「ふふふ、弟はカワイイなぁ…」
「ふむ? シャクアは兄弟が居らぬか末っ子なのかえ?」
何となくあやし方が慣れていない気がするので、軽い好奇心でそんな事を聞いてしまった。
「…うーん」
すると崩していた相貌は見る間に修復され、キリリとした表情へとなり少し考え込む様に首を傾げる。
「そう…だな、どうせ城に着いたら嫌でも知ることになるのだ。事前に知っておいたほうが良いだろう」
「なんぞ嫌な予感がするのぉ…」
シャクアは、やっぱり分かるかとばかりに苦笑いをしながら話してくれた。
「私にはこの子以外に少し歳の離れた兄が二人、弟が一人いる…こっちはひとつ下なの。で…この兄弟三人だが全員腹違いになるの」
「ふむ、異母兄弟というわけかえ」
「そうね。そこで問題になるのがその三人が全員側室の子だって事。しかも仲の悪い」
シャクアは隠すこと無く溜め息をついていることから、それがどれだけ深刻か物語っている。
「この国では王位継承権で一番強いのは正室、つまり王妃の一番上の王子。次に各側室の一番上の王子、これは側室の家の身分で上下するわね。そしてその次に来るのが正室の二番目の王子で女子はその下ね。側室に幾ら子供が居ようが継承権があるのは一番上の王子だけ、逆に正室の子は全員に継承権があるわ」
「闘ってくれと言わんばかりじゃのぉ…」
「そうね、昔はそれで内乱になった事もあるらしいわ…」
「それでじゃ…この子は…」
「そう、正室の子よ…けれど名付け前」
手で顔を覆いたいところだが、あいにく両手はその子に塞がれているのでカンテラが揺れる天井を仰ぎ見る。
名付け前の子供と言うのは、身も蓋もなく言ってしまえばまだ人として認められている前という事になる。
もちろんそれは一つの命としてというわけではなく、身分や戸籍としてと言う意味だが…。
けれどそこは物語としては定番、王道の継承権争い…しかも過去には内乱にまでなったというのならば語るまでもない。
産まれてないなら死ぬわけないよねという訳だ…火中に栗どころか油をぶちまけるようなものじゃないか。
「何故そのような危ない場所にこの子を…」
「私も出来るなら最低でも名付けの儀式が終わるまでは…そう思うのだけれど、側室の実家やそれを担いでる貴族たちがね…」
「あぁ…うむ、みなまで言わずとも良い……」
連れてこないと不義の子だと正室腹ではなく実は庶子だろうとか難癖つけて、とかそんな感じでだったのだろう…。
もしかしてワシは乳母とか家庭教師とか以外にも、護衛としても期待されてるのかなぁ…なんて思わず遠い目をしてしまうのだった……。
50万PV突破ありがとうございます!
これからも楽しいと思っていただけるようなお話を、毎日更新で頑張っていきたいと思います。
その励みになりますので、評価感想よろしくお願いいたします。




