238手間
皆が一様に何とも言えぬ表情で押し黙る中、いの一番に再起動したのは姫騎士ことシャクアだった。
「それはどう言う…?」
「ん? うむ。少なくとも…ではないの、確実にこの国でエレーナ以外では、ワシより齢を重ねて居る者は居らぬと断言できるのじゃ」
「えーっと…獣人の女性は見た目だけは若い人多いから、精々いってて三十くらいだと思うのだけど?」
「ワシはそんなに若くは無いのじゃ…そうじゃのぉ……少なくともお主らの四、五倍はいっておると思うのじゃ」
ババンとでも効果音が付きそうな程の勢いで胸を張ればエドワルドは難しい顔を、シャクアは何とか口を開かないよう口唇をヒクヒクとさせ、護衛二人は何をバカなと震えていた。
「宝珠とは不老の効果でもあるのか!」
「いやそれは無いのじゃ、寿命がない者よりも伸びてニ、三倍程じゃ。ワシやエレーナは特別じゃの」
「そ…そうか、いや…うむ息子が即位すれば長く統めることが出来るか」
やはりと言うか権力者等のは不老不死という言葉に弱いというか、だがエドワルドはダメだと分かるとすぐ別の方向に考え始めた。
うむうむ、アホみたいに血をくれ肉をくれ等と言う輩が居たが、彼は現実的なのだろうとワシの心の中で少し株が上がった。
いや、エレーナというワシ以前にいる者に無体を働いていないのだから、その考えは当たり前といえば当たり前か。
そして彼女が居たからこそ、ワシの言葉もすんなりと信じているのか…。
「ねぇ…セルカちゃ…いや…さん?」
「ん? 別にちゃんでも良いのじゃよ」
「そう…じゃあセルカちゃん…弟…あの子も貴方みたいに成長が遅かったりするの?」
「いや、ワシは特別じゃ。宝珠持ちは…ふむ、青年くらいまでは普通の子と同じくらいじゃの、そこからが遅いだけじゃ」
「つまり余が生きている間には、継ぐに相応しい見た目になるという事だな?」
「相応しい見た目になるかどうかは分からぬし、幾つで継がせるかは知らぬが、まぁ見目が幼くてという事はないじゃろうな」
ほうと安堵の息をエドワルドが吐いた時、その渦中の子がえぐえぐとぐずりはじめた。
「おぉ、うるさかったのぉ」
ひょいと抱き上げ、本格的に泣く前に体を揺すって赤子をあやす。
「随分と手慣れているな」
「こう見えて子が二人おるし、直系の玄孫あたりも小さい頃は面倒を見ておったからのぉ」
「そうか…いや、そうではなく息子が慣れているな…と」
「さてのぉ…どうもワシは子供に好かれやすい質のようでの」
「あ…あの、私が抱いても?」
国王と言えども人の親か僅かにだが赤子の姿に眉がさがる。そんな様子を微笑ましく見ていると横からおずおずと物欲しそうな顔のシャクアが出てきた。
「うむ、もちろんじゃ。ほらお姉ちゃんじゃぞー」
「わっ…わー赤ちゃんって結構重いのね」
「うむうむ、これからもどんどん重くなるのじゃよ」
凛々しいと言っても女の子。赤子の魅力には抗えないのか破顔してぷにぷにほっぺを堪能している。
赤子も頬を突く指を両手で追いかけて楽しそうだ、これならばきっと良い姉弟関係を築けるだろう。
「おい貴様」
「はっはひぃ」
エドワルドに突然声をかけられ素っ頓狂な叫びと共に飛び上がるカーミラ、まさか今の今まで平伏してたんじゃあるまいな?
そんな彼女は今度はビシッと両手を太ももに着け、直立不動の構えへと移行した。
「余の息子は彼女によく懐いているのか」
「はひ、それはもう良くお懐きになっておりますです、はい」
緊張のあまりか変な口調になっているカーミラの言葉にエドワルドは一つ頷く。
「うむ、ではセルカよ。正式に余の息子の乳母となることを命じる」
「命じると言われてものぉ…ワシはお主の臣下では無いのじゃが、まぁこの子もかわいいし見捨てるのも寝覚めが悪いし良かろう。ああしかしギルドマスターに許可は取らなくてもよいのかえ? 一応ワシは冒険者ギルドの依頼で世話をしておるのじゃが」
「何ぞ気にする事一つも無い、余がギルドマスターだ」
「あぁ…そうじゃったのかえ…」
なるほどそれで色々知っていたわけか…それにしても国王陛下がまさかのトップとは、意外と暇なのだろうか。
よくギルド等と聞くと国家権力とは無縁とのイメージもあるが、この手のモノに国の手が入ってはいけないという道理も無し、詰まるところ国がしている仕事の斡旋所といった所なのだろう。
とまれ、それは今考えるほど重要な事ではない。
「それに乳母としての役目が終わっても息子の家庭教師として付いていて貰いたい。我々には女神様の恩寵たる宝珠の扱い方なぞ知らないからな」
「ふむ…それは確かに。力の使い方を誤ればそこらなぞ簡単に吹き飛ぶからのぉ」
「それは怖い、もちろん給金も出すが女神様の使いとも言われる者を召し抱えるのだ。更に王城の書庫も開放する事を約束しよう」
「ほう!」
どうやらワシが、色々と伝承やらを調べているのも耳に入っているらしい、何とも耳の良い事で。
調べ物も行き詰まっていたし、王城の書庫とやらであれば望みのものがあるかもしれない。
それに何よりわずか数日ばかりとは言え、赤子に情も湧いているこちらの成人が幾つからか分からないが、十や二十の巡りくらいであればすぐだろうし悪くない提案だ。
「うむうむ、その話受けるのじゃ! それにしても、王自ら頼むとは何事じゃ?」
「なにエレーナ殿の紹介な上に本人も宝珠の持ち主、なればこそと言うやつだ。では、数日中に王都へ帰る用意しておけ」
そう言うとエドワルドは、踵を返し護衛と共に部屋から出ていってしまった。
「ふーむ、宝珠持ちとはそこまで重視される者なのかのぉ…」
「えぇ、それはもちろん、当たり前です。宝珠は女神様が与えたもうた御使いたる証です、それは決して悪しき者には宿らぬとも」
「それに我が国ではエレーナ殿が居ますから。この国は元々この街が王都でここが王城だったのですが、三代前の王の時に遷都して今の王都に替わりました。ですがそれ以前いまだ国ならず小さな港町だった頃から、エレーナ殿はここで今と変わらず見守り助言してくださったそうで」
カーミラの言葉に続いてシャクアが居ますからと端的に言うが、それだけではさっぱりだったので続きを促せばなるほどと思うことを教えてくれた。
こちらでは宝珠とは宗教上のステータスに加え、恩ある人も持っているということで王すらも敬意を払うに値すると…。
それにしても悪しき者には宿らないとは、宝珠持ちの盗賊もそこまで珍しくなかった場所に居た身としては苦笑いするしか無い。
「それじゃセルカちゃん準備よろしくね」
「うん? 準備とは何じゃ?」
「ち…陛下が言ってたでしょ。王都に行く準備よ、元々名付け前の子供はここには入れないのだし。いつまでもこんな所に閉じ込めておくのは可哀想だからね」
それじゃと言ってシャクアから赤子を返されると彼女も部屋から出ていく。以前会ったときと雰囲気が随分違う気がするがこちらの方が素なのだろうか。
「王都ですか、羨ましいですねぇ」
カーミラがウットリとした声音で呟くのを聞き流し、「存外大事になったのぉ」と赤子に言ってもキャッキャと楽しそうにするだけで、まぁこの子が無事に育てば良いかと深く考えるのを止めるのだった。




