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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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237手間

 尻尾を目の前でゆらゆらしてやれば、紅葉のような可愛らしい手を目一杯伸ばして掴もうとキャッキャと声を上げる。

 その横でカーミラはその体が石膏にでもなったかのようにガチガチに固まっている。落ち着くように言ってお茶を勧めてもカチャカチャと面白いように震え、ティーソーサーに飲んでる量より多いんじゃないかっていうくらい溢している。


「のう…一体何をそんなに緊張しておるのじゃ?」


「そっ…それはえっとその…その子の父親がそのぉ…」


「あぁ、そう言えば身分が高い者が親じゃと言っておったのぉ」


 それにしても緊張し過ぎではないだろうか。朝からそれはもう気合を入れて掃除をしていたし、確かに自分の子供が汚いところで育てられてると言うのは身分関係なく腹の立つ事だとは思うが。

 神殿とかこういうのは、あまり身分とかそう言うのが関係ないというイメージがあったのだが、此処では違うのだろうか…。

 いや…そうか、最高司祭…では無いにせよその身内の子供なのか。それなら態々神殿内に隔離しているという事にも合点がいくし、療養中の母親がここに居るという事も同時に納得できる。

 確かに確かに、同じ組織内での身分高いものであれば緊張するのも致し方無い事か。


「そんなに緊張するようであれば、父親と会う時は席を外しておいてもよいぞ」


「いいいいえ、そんなわけには! セルカ様だけに負担をかけるわけにはいきません」


「別に親に会うくらいは負担でも何でも無いのじゃが…」


 まぁ確かに、いつも居る人が今日に限って居ないというのは心証が悪いか…特に同じ組織内であれば。


「それに私のような者では滅多にお目にかかれない方ですし!」


「ふぅむ…ま、お主が良いのであればワシは何も言わんよ」


 漸く緊張がほぐれてきたのか、カーミラがお茶を溢さなくなってから暫くやっと父親とやらが来たのか、ノックの音にカーミラが反応し素早く扉を開け外へと消えた。

 そして今度は間もなく室内へと戻ってきたカーミラだったが、まるで天井から糸で吊り下げられているかのごとくピシッとして居た。

 そんなカーミラが勝手に閉まらないよう押さえた扉から続いて入ってきたのは、少しくすんだ髪の毛を後ろに撫で付け威厳という言葉を表現したかの様な鋭い青を湛えた瞳の三十前後であろう美丈夫だった。

 厳とした顔つきの男は黒味の強いパリッとした上下に、金糸で刺繍が施された地味ながらも豪奢なコートを羽織った、これぞ軍人と言った感じの格好。

 更には腰には儀礼剣を佩いていて、ものの見事に身分が高いですと全身で語っている。


 その男に続いて入ってきた二人は先に入ってきた美丈夫と似た様な上下に、刺繍が抑えられたこれまた同じデザインのコートを羽織っている。

 こちらは儀礼剣ではなく実用的な装飾の無い剣を佩いており、恐らくはこの美丈夫の護衛なのだろう。


「はじめましてじゃの、お主がこの子の父親かえ?」


 ワシの言葉にカーミラは目を丸くし、後ろの護衛二人は逆にギッっと睨みつけて来て更には剣に手を伸ばそうとしたが、美丈夫に手で制されて大人しくなる。


「貴様がセルカだね? 我が息子を救ってくれたこと感謝する」


 美丈夫がワシの名を言った時に外で「セルカ!?」と復唱された気がするがそれよりも、感謝すると口にしていても頭も下げないとは…なんとも礼儀知らずな。


「まぁ、ワシにも子が居るからのぉ…放っておけなかっただけじゃ」


「そうか…それにしてもここは人が殆ど近づけぬと聞いていたのだが、貴様が解決したのか?」


「いや、解決してはおらぬの。今はワシが抑えておるだけと思っておればよいかの、ワシが去れば時を置かずして元に戻るじゃろうな」


「ふむ…それを解決するには如何とする?」


「根本的にであればこの子が成長するのを待つしか無いの、今は赤子故に能力の制御が出来ておらぬだけじゃからの」


 美丈夫がジロリと見てくるのは良いのだが、ワシが答える度に後ろの護衛がギロリと睨みつけてくるのはいかがなものか。


「能力…とはなんだ?」


「この子の…正確にはこの子の宝珠の能力じゃの。この子のものは辺りのマナを任意に引き寄せる事が出来るようじゃの、実に魔法使い向けじゃ。本人に資質があればじゃが。それでも宝珠自体も長い寿命に身体能力を向上させる効果があるのじゃが…それ以外に斯様な能力がある宝珠持ちは実に珍しいの」


 宝珠その物に付与されたと言って良い能力、ワシであれば魔手この様な特殊な能力付きの宝珠は実に珍しい…いやワシが知り得る上ではワシとカイル、そしてこの子の三人だけだ。

 と言ってもカイルは魔法と技が両方使えるという特殊性というものからの推測ではあるが、それでも宝珠を研究している人達からの言葉なので信用は出来るだろう。


「魔法…確かに庶民の生活を便利にするが、持ち得るマナの量が大きければ資質などいらぬだろう?」


「ふむ、お主口は硬いかえ?」


「言葉によるな」


「まぁ、知っていたとしても宝珠持ちで無ければ詮無き事じゃしええじゃろう」


 肩を竦めて言ったその言葉に美丈夫は片眉を、護衛は両眉を怒らせるが気にしない。


「お主らの言う魔法と言うのは体内のマナを利用する法術と呼ばれるものじゃ、逆に体外のマナを利用するものをワシは魔法と呼ぶのじゃが…急に呼び方を変えろと言われても分からんじゃろうし此方は魔術とでも呼べば良いかの」


「なるほど、体内のものを使うのが魔法、外にあるものを使うのが魔術と…しかしそこに何の違いがある?」


「そうじゃの。魔法は体内のマナを使う故どうしても使える量に上限があるのじゃが、魔術は漂うマナを使う故ほぼ無限に使えると思って良いの。そして威力も桁違いじゃ」


「それは!」


 流石軍人…風の格好をしてるだけあってそこに食いついてきたか。


「じゃが魔術の使用にはそれ相応の集中力を要する上に、漂うマナをかき集めて使うからのぉ…下手すれば自分の首を絞めてしまうのじゃよ」


「早々上手くは行かぬという事か…」


「そうじゃの、じゃがこの子はそのマナを周囲から引き寄せるから多少は多く使えるはずじゃ、じゃから魔法…魔術師向けかの」


「そう言えば貴様もエレーナ殿と同様の宝珠持ちだと聞いていたのだが、二人共魔術が使えるのか?」


「エレーナは知らぬが、少なくともワシは使えぬの」


「本当か?」


「む? それはどういう事じゃ?」


「貴様が小角鬼(ゴブリン)の群れを一撃で焼き払う魔法…いや魔術を使うと報告を受けたのだが?」


「ふーむ、うむ嘘は言うておらぬ魔術はワシは使えぬ」


「先程から黙って聞いていれば!陛下に無礼を働くばかりか平然と嘘を吐くとは!!!」


「黙っていろ」


「しかし!」


 遂に護衛の一人が爆発したが……聞き捨てならない事を漏らしたぞ。


陛下(・・)じゃと?」


「はぁ…そうだ。余が余こそが、ラ・ヴィエール王国が国王…エドワルド・ウィル・ラ・ヴィエールぞ」


 部下の失言に額を手で覆いつつ溜め息を吐いた陛下だが、すぐに表情を引き締め威厳たっぷりな声でその名を告げる。


「なるほど、エドワルドのぉ…ふむ、先程のことじゃが嘘ではないのじゃ。ワシは魔術は使えぬ」


「なっ!」


 名乗りを上げると見事な動きで護衛二人とカーミラが平伏するが、ワシはどこ吹く風ぞと平然とする。

 その態度に今度こそエドワルド陛下が驚きを、声だけでなく表情にも表した。


「ワシのアレ…『狐火』というのじゃが、これは区分するのであれば魔法に当てはまるのじゃ。外のマナは一切使っておらぬ故の」


「な…なる…ほど。つまり貴様は体内のマナだけで小角鬼(ゴブリン)の群れを一掃できると」


「如何にもその通りじゃ」


「敵にはしたく無いな…よろしい余に忠誠を誓うのであれば先程からの無礼を許そう」


「いや、忠誠とかそう言うのは興味ないから別にいいのじゃ」


 こう…国王への忠誠がどうのこうのと言われてもイマイチピンとこない。

 なにせお父様とお兄様以外の歴代カカルニア国王は、そろって皆ワシに膝を付くのだそれはイカンだろうと言っても聞かないし、しかもいつの間にやら戴冠式ではワシが冠を授けるのが儀礼となってしまっていたし。

 あっ! ワシが居なくなった事で次の戴冠式どうするんだろう…カイルが居るし多分上手くやってくれるとは思うのだが…。


「父上…いえ、陛下いいかしら?」


「ん? おぉいいぞ、どうしたシャクア?」


 ん? シャクア? その名何処かで聞いたような?


「お久しぶりねセルカちゃん」


「お? おぉ、何時ぞやの姫騎士ではないか!」


 あの時は冑を着けていて気づかなかったが、なるほど父親譲りの見事なブロンドの髪に蒼い目だ。

 利発そうな姿に、今は軽鎧姿ではなく父と同じ様なデザインの上下とコートを羽織っている。


「はぐれだから知らないのかも知れないけど、国王というのはこの国…そうねこの辺りの土地で一番偉い人なのよ」


「うむ、知っておるのじゃ」


「では何故それで未だにそんな態度なのかしら?」


「うーむ、ワシの方が年上じゃからかの?」


 膝を折らぬもやもやとした理由を無理矢理にでも口にして、コテンと首を傾げれば皆一様に何とも言えぬ顔で無言になるのだった…。

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