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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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234手間

 カツンカツンと二人分の足音がよく響く。初めはこのまるでお城か要塞の様な神殿とやらの一室で、大切にされているのかと思っていたのだが…。

 回廊の途中にあった入り口の脇、門番と同じ格好をした者が控えていた地下へと潜る階段を降りてから周囲の雰囲気が一変した。

 石で組まれた少し湿っぽい通路は、この先が牢獄に繋がってると言われたら「そうだろう」と誰もが口を揃えて答えそうな程だ。

 けれども通路に見えるのは鉄格子ではなく、等間隔に置かれた松明にチリチリと照らし出されている重厚そうな木の扉だが。


「のう…ここは何なのじゃ?」


「ここは本来であれば静かに祈りを捧げる為の部屋なのですが、かの赤子殿が奥に居られますので司祭たる私の権限で、念の為に誰も今は立ち入らぬようにしております」


 変わった雰囲気に堪らず声をかければそう答えが返ってきた、なるほど階段の上に居たのは牢番では無かったのかと少し安心する。

 流石に産まれて間もない乳飲み子が、たった一人牢屋に入れられているなど背筋が凍る話だ。

 段々と松明の揺れる炎が強くなり始めた頃、カツンと遂にワシを先導していた司祭が足を止めた。


「この先から日々祈りを捧げている私達でも体調を崩す程のマナが溜まっています。なので申し訳ありませんが私はここまでです。赤子の食事などはここに控えております者に申し付けください、一緒に貴方様のお食事もお持ちしますので」


「ふむ、分かったのじゃ。赤子の食事についてはちと当てがあるからの、それが外れたら頼むのじゃ」


「当て…ですか?」


「うむ」


 おじいちゃんで司祭とは言え、流石に男にする話ではないだろうと頷くだけにしておく。


「しかし、まだ此処くらいであればマナ中毒になるほど濃くは無さそうじゃが…」


「毒などとんでもない! 私達の体がマナの恩寵を受けるにふさわしくない程に未熟なだけでございます」


「そ…そうかえ…」


「そうです! 宝珠とはマナの恩寵を一身に受けることを赦された、女神様の使いと言ってもいいほど高貴な方の証!」


「ふーむ、それだと世界樹はどうなっておるのじゃ…?」


 思わず漏らした疑問にワシがびっくりするほどの剣幕で、こちらの教えであろう事を熱弁し始めた。


「流石女神様の御使い様! 世界樹のことをご存知なのですね、今や高位の司祭でも知る者は殆ど居ないのですがはるか昔、何事かにお嘆きになった女神様の涙が海となりその底に没したと言われています。その証拠に外洋には此処とは比べ物にならぬほどマナが濃い地域があるのです」


「な…なるほど…」


 ガバッと手を取られたので矛先をずらすために話題を変えたらそちらにも見事食い付き、何故か彼の中でどんどんワシの株が上がっているようだ…。


「では、早速赤子の下に行ってくるのじゃ」


「はい、御使い様。この通りの突き当りにある部屋に赤子殿が居りますので、何卒よろしくお願いいたします」


「うむ……」


 このままでは埒が明かぬと握られたままの手を振り払い、無理矢理話を切って通路の先へと向かう。

 カツンカツンと一人分の足音しか聞こえない。もしかして彼はワシが赤子の部屋に入るまで見送るつもりだろうか。

 それにしてもと通路の先を見る。濃くなったマナの影響か煌々と揺らめく松明の炎のお蔭で、そんなに距離も無いこともあり突き当りまで十分見通せるのだが。

 司祭が立っている場所からは松明が一本も立ってないのだ。煤受けに松明を刺す金具はあるから多分ここまで松明を補充し炎を点ける余裕が無いのだろう。


 それはこの先の赤子が疎んじられているからなのか、そんな事よりもと赤子の事を優先したからなのか。

 行けば分かるかと振り返らず通路を進む。確かに一歩進む毎にマナが濃くなるのがよく分かる、もしかしたら弱いながらも地脈が近くにあるのかもしれない。

 もしそうならある程度でも、赤子の力が安定したところで別の場所に移したほうが良いかもしれない等と考えている内に通路の突き当りへと着いた。


 この扉も道中にあったものと同様、重厚な木製で(かすがい)を縦にしたような簡単な取手のみで鍵などはかかってなさそうだ。

 キィと見た目とは裏腹に軽い音を立て、開いた扉の隙間に体を滑り込ませ部屋の中へと入る。


 部屋の中はそれなりに広く、大人が十人位は大の字で寝ても十分すぎるぐらい。

 その中央に赤子用とは思えぬ広さの寝台、脇にはテーブルと丸椅子が一つずつ。

 テーブルの上には灯り用のランタンが置かれ、ここにある家具はどうやらそれだけだのようだ。


 後は扉から入って真正面、今は寝台を挟んで見える人一人分程の幅がある暖炉のように中央が凹んだ台、燭台や一輪挿しの様な銀製の品が上に置かれていることからこれが祈りの為のものだと分かる。

 そしてその上の壁、台の前で跪き手を上に掲げれば祈るに丁度いい位置に何やら苗木を持った、恐らくこれが女神様とやらであろう女性が壁に彫り込まれていた。

 今ある寝台などの家具が無ければまさしく節制極まった祈りの部屋と言えるだろう。


 それにしてもと思うのは、祈りの部屋であるならばもう少し色味が明るくても良いのではないだろうか…この街のような白に。

 女神らしき彫刻も銀製の品が置かれた台も、壁も天井も全て同じ鈍い灰色の石なのだ…そして何よりも今はこの一言に尽きる。


「赤子の部屋ではないのぉ…」


 全てが同じ石材で組まれた部屋は冷え冷えとして、彫刻と台が無ければ祈りの部屋というよりも鉄格子が無いだけの牢屋のようにも感じる。

 幸い見た目が冷え冷えとしているだけで、この部屋の気温自体はそこまで寒くはないのだが…。


「ふむ…明日をも知れぬ等と脅された割には、生気に満ち満ちておるの」


 赤子はちょうど寝台の中央に寝ているので寝台へと靴を脱いで上がり、赤子の顔を覗き込み様子を見るがどうやら早々に命の危機とやらは無さそうだ。

 手を緩く握った状態の指先で、軽く赤子の頬に触れてやればぷにぷにすべすべとした肌の感触と、今は寝ているが先程まで起きていたのか少し高い体温がじんわりと指先を温める。

 おくるみに包まれてすやすやと眠る顔は血色も良く、ぷっくりと膨れた頬はいつまでも触っていたくなりそうだ。

 髪の毛はまだまだ薄く、くるくると癖が強いのだがそれでも分かるほどきれいなプラチナブロンドで、将来はさぞ異性を魅了することだろう。


「ふむふむ、ちとおくるみの包みが甘いが…大切にはされておるようじゃな」


 慌てて巻いたのか知らないが、おくるみの状態がすこし乱雑で寝ている間になのか左手が外へと出てしまっている。

 だがおくるみも赤子も清潔に保たれており、決して疎んじられている訳では無いことがあり一先ずほっとする。


「じゃが…ふむ…確かにこれはキツイかも知れんのぉ」


 赤子の様子に今すぐ何か手を打つ必要が無いと判断し、次に部屋の中の空気をじっくりと感じる。

 ワシにはむしろ心地よいほどの濃さのマナ、だが何も耐性がない一般人がここに放り込まれたら為す術も無く命を落とす可能性がある、それほどのマナがこの部屋に留まっている。

 そしてその中心はこの赤子、どうやら周囲のマナを引き寄せて吸収しているようだ、だからこそこの血色の良さなのだろう。

 けれども赤子が必要とするマナの量など、この部屋に溜まっているマナに比べたら微々たるもの、引き寄せるだけ引き寄せて吸収しきれずこのような状態になっているのだろう。


「ふーむ、さすが宝珠持ちと言うだけの耐性じゃが…このままでは危険じゃの」


 マナの流れを感じる限り未だに赤子はマナを引き寄せ続けている、どれほどまでかは分からないがこのまま行けば何時か必ず赤子の耐性を超えるマナが溜まってしまうのは明白だ。

 だがワシが居るのならばそのような未来など訪れない、体全体で深呼吸をするように周囲のマナを引き寄せて、少々普通のところよりも濃い程度へとマナの濃度を落ち着ける。


「一先ずはこれで大丈夫じゃろう」


 赤子にとって大海を飲み干すに等しい程でも、ワシに取っては盃の酒を飲み干す程度。このぐらい造作もない。

 もう一度頬を撫で、おくるみから伸びた左手に指を差し出せば、キュっと握り返してくる小さな手になんとも言えぬ幸せを感じる。

 まだまだ様子を見たいところであるが、あまり刺激して起こすのも可哀想だとワシの体温を感じれるよう赤子を抱え込むようにして横になる。


「ふふ、やはり赤子はかわいいのぉ…」


 頬をぷにぷにと突きながら赤子の甘い香りに包まれてるうち、いつの間にやらワシもすやすやと寝息をたて始めるのだった。

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