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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いでもう一度
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231手間

 周囲に複数の気配を感じ目を覚ます・陽の光に当たりながら寝ようと馬車の乗口と言えば良いのだろうか…。

 その辺り後ろの方で寝ていたので、まず起きて目に入るのは馬車の縁、そしてそこから顔を覗かせている何人もの人。

 街までの道程で一緒だった人だけでなく、見知らぬ顔も混じってるのはどういう事か。

 そして一様にワシが目を開けた事に気付いたのだろう。微笑ましげだった顔はしまったとでも言いそうな顔へと変わる。


「なんじゃおぬしら」


 体を起こしながら訝しげに言えば、ワッと蜘蛛の子を散らすように彼らは去っていった。


「ほんに、なんじゃったんじゃ…」


 どれ位寝ていたかわからないが、頭を置いていたせいで少し凹んだ尻尾の毛をぽんぽんとはたいて元に戻す。

 手櫛で毛並みを整えながら馬車の外を見やれば、茜色の空に聳え立つ壁。


「ふむ、街へついたのかえ」


「あ、起きたのね。気持ちよく寝てたから起こすのも悪いし、私達で後始末も全部終わらしちゃったわよ」


「む。それはすまぬのぉ…」


 ワシの寝顔を見てた不逞の輩と入れ違うように、馬車の外から顔を覗かせたのはゴリラ。

 体格に相応しく低い声だがあくまで「女性の内で」と注釈が付く範疇での低い声、そして口調は丁寧な女性そのもの。


 しかし、見た目はゴリラだ。


 おそらくはゴリラの獣人なのだろう。ワシは今まで、獣人とは獣の様な耳と尻尾を持つ者ばかりと思っていたので、彼女の様な獣人も居るとは思わなんだ、まっこと世界は広いものだ。


「後始末は終わったと言っておったが、他に何かすることはあるかのぉ…」


「馬も返しちゃったし、あとはこの馬車の返却手続きをするだけかしらね。これは馬車を借りてたこっちの仕事だし…そうね、既に他の人達が報酬を貰いついでに報告しにいってると思うけど、巣の事について報告に行っておかないとだと思うわ」


「そうじゃったか…それは重ね重ねすまぬのぉ」


「いいのよ。私達もいいモノ見させてもらったし、疲れもふっとぶもの」


 彼女の言葉になんぞしただろうかと首をかしげるが、「うふふ」と笑うだけで結局教えてくれなかった。

 そんな彼女に「ではの」と一言別れの挨拶を告げ、今いる門の内側にある広場のすぐ近くの出張所ではなく、街の中にあるギルドへと向かう。これも彼女が教えてくれた。


 ギルドは相も変わらずの喧騒で、仕事終わりの時間帯もあってかなりの賑わいだ。

 そんな中でも無表情で、何処か遠くを眺めているかの様な彼女の前だけは静かで、きっとこれから先も変わらないのだろうと感じさせる。


「依頼の報告などをしたいのじゃが」


 他の冒険者の下手なナンパを、にこやかに受け流している他の受付嬢を尻目にハイエルフの彼女の下へと迷うこと無く向かう。


「お疲れ様です、ご無事だったんですね。それでは別室でお聞きしますので付いて来てください」


 誰が聞いても一欠片も案じていない様な声音で紡がれた労いの言葉に続いて、すっと立ち上がりカウンターから出て来て着いてくるようワシに促す。


「受付から出てきて大丈夫なのかえ?」


「えぇ。私が居ても居なくても大丈夫ですから」


 他の者への信頼とも自虐なのかも声からは一切分からないが、彼女のその言葉は文字通りの意味で余念など無いのだろう、一つ頷いて彼女の後ろをついていく。

 受付横の階段を登り、会議室等と書かれた扉が複数ある一角、簡易的な応接室か待機室と言った風情の、机と対に置かれた二つのソファーだけがある部屋へと通された。


「改めてお疲れ様でした。擬態虫(ドッペルゲンガー)の発見と聞いてましたが、先程豚鬼(オーク)の巣も見つかったと聞きました」


「うむ、共生か寄生かは知らぬが豚鬼(オーク)擬態虫(ドッペルゲンガー)は一緒の巣におったの」


「なるほど…」


 改めて聞いても労っているようには聞こえない言葉と共に、即座に本題に切り込んできた。

 此方としても、すぐに本題に入るのはありがたい事なので不満はない。

 彼女へ、巣に二つの魔物がいた事を伝えれば手を膝の上で組み動作だけ見れば悩んでいる風になったのだが、顔が無表情なので本当に悩んでるかはうかがい知れない。


「巣の扱いについては知っていますよね」


「うむ。巣が村落に近い場合と、同種族が隣接している場合を除いて手出し無用…じゃったかの?」


「そうです、今回は村に近かったと思われるので大丈夫ですが…」


「ですが?」


「二つの魔物が同じ巣に居たとなると、規約を変え同種族以外でも巣同士が近い場合は討伐隊を組む必要性が出るかもしれないかと」


 この巣に手出し無用という規約、見ようによっては冒険者やギルドが巣の討伐を面倒臭がっているようにも思えるがそうではない。

 魔物とは人々の命を脅かす脅威であると共に、魔石や牙や角など薬の原料などになったりする物の供給源でもある。

 なので、わざと人里に近い等の人命が即座に失われる可能性のある場所以外の巣を、まるで里山の動物の様に残しているのである。

 同種族が隣接している場合に片方を潰すのは、巣同士が併合され強大になることを防ぐため。

 巣とは文字通り魔物の巣窟なので、勝手に突っ込んでいって無闇矢鱈と人死を出さない為でもあるが。


「それと、豚鬼(オーク)の方はかなり分かっているのですが、擬態虫(ドッペルゲンガー)に関しては殆ど知られていません、何か巣などでわかったことがあれば報告をお願いします」


「ふむ…ここでも、いやハイエルフのお主でも、擬態虫(ドッペルゲンガー)の事を殆ど知らんということかえ?」


「えぇ。一般的に知られている事以外であれば、恐らく人の体内のマナに干渉して擬態をしているのでは無いかという事くらいです」


「なるほど…それでワシには効かなかったということかえ。しかし、ワシも学者でないからの分かった事と言えば奴らが卵生という事と豚鬼(オーク)の死体らしきものに卵を産み付けとったくらいかの、多分じゃが産まれてきた幼虫のエサにでもするんじゃなかろうか、それが共生か寄生か判らぬ理由でもあるのじゃがの」


「そうですか…見分け方が分かれば良かったのですが、ところで卵があったのは巣の中ですか? それと卵の形状が分かれば」


「卵があったのは巣の中じゃの、形じゃがこのぐらいの大きさで細長い筒状で、乳白色の薄い皮膜に包まれておるような感じじゃの」


 手で子供の頭くらいの大きさを指し示し、虫の卵をそのまま大きくしたかのような外見を伝える。


「ありがとうございます、今後巣などでそのような卵を発見した場合必ず破壊するよう通達しておきましょう」


「見分け方…ではないのじゃがの、フリードリヒ達の話を聞いて思ったのじゃが…」


「フリードリヒと言うと確か、此方に擬態虫(ドッペルゲンガー)が出たと報告に来た冒険者ですね」


「うむ、遭遇しておる時は気にも止めなかったらしいんじゃが、後々擬態虫(ドッペルゲンガー)が擬態しておる姿を思い出そうとしても全く思い出せんそうじゃ」


「なるほど…不自然な場所で人に会った後にそういう感覚を覚えたら、実は擬態虫(ドッペルゲンガー)という可能性もありそうですね」


「じゃの、とりあえず報告はそのくらいかの」


「わかりました。それでは今度は此方から」


 話はここで終わりかと思ったがそうではないらしい、何やら懐から紙を取り出すと机の上にのせ手でこちらに押しやってきた。

 どうやらこれを読めということらしい。


「ふむ…指名依頼…じゃと? ワシはそこまで名を残しておらぬはずじゃが、それにこれは…」


「はい、それはギルドマスター直々の指名依頼です、研修と我々が呼んでいる期間中に優秀な者は、ギルドマスターへの報告の義務があります。そこであなたの宝珠の事を伝えました。義務とは言え申し訳なく思います」


「いや、別に隠しておる事ではないしの、気にしてはおらぬ。それよりもじゃ、今の言いようではこの宝珠こそが、指名依頼が来た理由の様に思えるのじゃが?」


「その通りです」


 力強く頷く彼女から紙 ――依頼用紙に目を移し首を傾げる。

 なにせ宝珠が理由で態々指名までするようなことには思えなかったのだ…。


「乳母もしくは子守役…のぉ…」


 ワシの呟きは静かな部屋に儚く響き渡るのだった…。

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