230手間
ガタゴトと響く音が耳に入り、視界の端には青空が流れる。そして目の前にはつぶらな瞳を潤ませたゴリラ…。
そしてそのゴリラはワシの小さな手を、小角鬼の頭をも容易く握りつぶせそうな両手で掴んでいる。
ワケガワカラナイ…訳ではないし、別に今からとって食われるわけでもない。
ただ、彼女はワシのした話に涙してワシの手を取っているだけなのだから…。
今だ明るい赤褐色の瞳を潤ませ、ワシを見ている彼女は彼女なはずだ……多分。
彼女の見た目を簡単にまとめるなら筋肉の皮に包まれたゴリラが鎧を着ている、挨拶をした時に女性と口にしていたので生物学上は雌なのだろう……きっと。
その時に種族は名乗らなかったし、多分きっとゴリラの獣人なのだ…そういう事にしておこう。
「倒れた伴侶の為に、最期までずっと側に居るなんて……」
だが彼女が善良なのはよく分かる。なにせかなり暈した話に感動し別れに涙してくれているのだから。
倒れた後に少しして息を引き取ったと勘違いしているようだが、実際は倒れてからかなり長い間生きていた。
寝たきりではあったが、普通の人の一生分位は優に…さらにそこからワシのマナの影響でコールドしてないスリープ状態だったのでそれも含めれば相当だ。
一言で纏めるなら「寝てた」としか言えないので、真実を教える必要も無いし認識も間違ってないので訂正もしていない。
ワシの苦笑いにも気付くこと無い彼女は、いつの間にかその手を離し今度は自分の胸の前で組んでトリップしている。
確かにこの手の悲恋は物語としても人気で、変に同情されるより有り難いが…有り難い…が。
ゴリラゴリラしたゴリラが、恋に恋する乙女のようなポーズで涙しているのはシュールを通り越して何の拷問かと思うほどだ。
開拓村から街へ帰る道中、魔物の襲撃も無く無聊を慰めるために同乗してた彼女へ、ワシの身の上話をした結末でなければ嘆いてたかもしれない。
うん、いま御者をしているおっさんも啜り泣くの止めてくれないだろうか。枯れ果てた涙がまた湧いてきそうだ。
「あー、あとどの位で街に着くかの?」
「ぉぅ……そうだな、今日中には着くだろうな。行きと違って軽い上に魔物も出ないからな」
ずずっと鼻を啜ったあとこちらを見ずに告げた言葉に、見てはいないだろうが「うむ」と一言頷いて返す。
村を出てから三日、行きに掛かった日数を考えればかなり早い、やはり乗せてきた人と荷物が減ってるのは大きいか。
今ワシが乗っているのは元々村へ行く住人を乗せていた幌馬車で、もう一台食料等を乗せている荷馬車もあり、そちらにはワシら以外の冒険者が乗っている。
何故行きの様に回りを囲んでないのかと言えば魔物も居らず、村へ運び込んだ物資分の空きもあるためこうなっている。
御者を除きワシと彼女二人きりなのは ―恐らく― 同性でお互い獣人なら気安いだろう? というありがたい気遣いによるもの。
それにしても良いのだろうか。一応気をはっているとは言え馬車の中で雑談に興じ、野営も見張りを免除され食料も提供してくれる。
だけど護衛という名目でここに居るので報酬も出る。馬車の中で待機出来るのは魔物が出てこないから、見張りの免除も数日空けたとは言え何日も不眠で巣を見張ってたから疲れただろう? という気遣いからとちゃんと理由はあるのだが…。
ま、そんな事で悩んでても仕方ない、貰えるものはありがたく貰っておこう。彼らを騙している訳ではないのだし。
今だトリップしてるゴリラさんを尻目に気分を切り替えて外を眺めるが、特に面白いものも無いので直ぐにあくびを一つして丸くなる。
ぐっすりと眠れるよう自分の尻尾を極上の枕にして目を閉じる、夢なぞ見ない程ぐっすりと眠れるよう祈りながら…。




