カルン公爵記:中編
そびえる尖塔を見上げるように眺め、ようやく一段落ついたと実感が湧いてくる。
街も広がりその工事も区切りがついた事で職にあぶれる人が出てきた。その救済の為の公共事業。
それが今目の前にある王城だ。これもセルカさんとカイルの発案だったのだが…どこで思いついたのやら。
老朽化していた建物が多かったカカルニアの街中央の住宅区の一部を外周へと移し、その跡地と領主館の土地を利用して建てられた城は中々の大きさだろう。
ここには父さん…国王一家が住むスペースと、国政の為の仕事スペースが内包されている。
私やセルカも含め、今まで家でやっていた仕事をこれからはここで行うことになる。
その仕事も前までは朝起きてから夜寝るまで書類と格闘したり、一月…長い時は一期ほど国内を駆けずり回ることもあった。
しかしここ最近は街の発展に伴って学習院も大きくなり、更にそこを卒業した者が育ち仕事に携わる者も増えた。
お蔭で下の方でも随分と仕事が捗るようになり、今ではかなり余裕ができるほどとなっている。
「カルンや、どうしたのじゃ? ぼーっとなどして」
「あぁ…いや、ここも立派になったなと思ってね」
王城の完成式典という名の野外パーティで挨拶回りが終わったのか、いつの間にか戻ってきていたセルカさんが飲み物が入ったグラスを差し出しながら首を傾げていた。
グラスをセルカさんから受け取り思わず頭を撫でてしまう。あまり女性の髪の毛を触るのは褒められた事ではないが、サラサラな髪の手触りと耳の感触を知ってしまったら止めることなぞ出来ない。
撫でて少し乱れてしまった髪の毛を手櫛で整えてやりながら、改めてセルカさんの姿をみる。
子供が産まれて少し大きくなった胸以外は出逢った頃と変わりがない。それに比べ自分は背も伸びたりしてその違いに少し寂しくなる。
しかし、妻がいつまでもキレイでカワイイと言うのは男の…妻を持つ男が誰しも憧れる存在ではなかろうか。
実際、一緒に仕事をするようになった同僚はよく昔はキレイだったのに等と口にしていて、それを聞く度に誇らしくそれを思えば寂しさなど些細な事だ。
そうだ…僕が乞うて側に居るんだ、寂しいなんて身勝手だ。何時か彼女には、それ以上の寂しさを味あわせてしまうのだから……。
「――うむ、それについては後日じゃの、今日は目出度い日じゃ。仕事の話は無しにしようぞ」
「そうですね。では、カルン公爵夫人わたしはこれで失礼します」
「んむ」
物思いにふけっているとするりと手のひらからの心地よい感触に抜け出され、思わずそちらへ意識を向ければどうやら誰かが挨拶してきたようで、憩いの一時を邪魔してきた相手の後ろ姿を睨んでしまう。
「彼は…?」
「あやつは石材等を商っておる商会の元締めじゃの、カルンは主に政の方じゃったから見るのは初めてじゃったかの」
「えぇ、けど良かったんですか? 何か重要な話でも持ってきてたのでは?」
「あやつにも言ったのじゃが、今日は完成を祝うパーティーじゃ。こんな日まで仕事の話なぞ御免こうむるのじゃ」
「確かに…それもそうですね」
お互い持ちっぱなしで口をつけてなかったグラスを、触れない程度に近づけてから口へと運ぶ。
木の実から作った爽やかな酸味のお酒が喉を潤す、中々いい出来だと思うのだが隣のセルカさんは少し不満顔だ。
「口に合いませんでした?」
「いや、美味いのは美味いのじゃが…ちと温すぎるかのぉ」
確かに…言われてみればそんな気がする、しかし冷やすとなると法術の制御が難しいしマナの消費も激しい…。
一応温度を保つ魔具はあるが冷えたり熱いままを保つほどではない、精々ぬるくなるのを遅くする程度のものだ。
うーむ、財政も余裕が出てきたし、研究所からの予算増額の嘆願もあることだ。今度の会議で魔具研究所への予算増額案を……。
「…仕事の事は明日…いや明後日からじゃ」
顎に手を当て伸びてきた髭を擦るように思案していると、クイクイと服の裾を引っ張られ仕事に傾きかけてた意識を戻す。
「それにじゃ…今日はカイルとライラも家族と過ごすと言うておるし…の?」
「そう…ですね…」
セルカさんに上目遣いでそう言われ、必死に今すぐ抱えて家に連れて帰りたい衝動を抑えて何とか言葉をひねり出す。
あぁ…そう言えばこの後に公爵家当主として挨拶などしなければならないんだったか。面倒だ…早く済ませてしまおう。
なんて考えてたらよっぽどソワソワしていたのか、セルカさんに笑われてしまった…いいさ、帰ったら仕返ししてやるから。
なにせ今日は足腰立たなくさせても、誰にも文句言われないからな!




