228手間
ガサッっと枝葉を揺らし、グリーヴが出す僅かな金属が打ち合う音だけを残し地面へと着地する。
豚鬼の洞窟前で張って四日目の朝…最初の二日で計六匹の豚鬼が戻って来たが三日目にはピタリと戻ってこなくなった。
異変を察知したか打ち止めか、どちらにせよ今のところはここらが潮時だろう。
「最後に一度、中を確認しておくかのぉ」
独りごち見た目だけは何ら変わりの無い洞窟へと足を進める。
洞窟内も変わらず何も…いや異臭がせず少し乾いた感じがするだろうか…。
襲い来るモノも居ないので、歩みを止めること無くスタスタと最奥へたどり着く。
「うむ…」
法術で照らし出された洞窟の他の場所より少し広くなったそこには、きれいさっぱり何も無く今此処を他の者が見れば何かが在ったかすら、ましてや行われてた事など判らないだろう。
うむ…ともう一度頷き手を合わせ戻りつつ、今度は最初は通らなかった脇道の方へと向かう。
狐火でマナごと灼き払ったのだ、炎に巻き込まれずともまともな生き物なら酸欠ならぬマナ欠で野垂れ死んでいる。
ワシやカカルニアの方に居るマナの塊とも言える魔物であれば、炎さえ耐えれば存在できるだろう。
だが魔石以外は普通の生き物と変わらないであろうこちらの魔物であれば効果は抜群のはずだ。
「豚鬼は兎も角問題は擬態虫の方じゃの」
豚鬼は確実に胎生だ、なにせ人だろうが狼だろうが腹から産まされるのだから、その記録も残ってるらしい。
それに比べて擬態虫は何も判らない、見た目虫だし普通に考えれば卵生なのだが…。
魔物の卵だどうせ碌なもんじゃない、直接炎に焼かれて卵焼きにでもなってない限り平気でも驚きもしない。
なのであれば直火焼きにしてやろうという次第だ、もちろん虫の卵だ食べなぞしないが…鳥だったらちょっと考える。
「卵…卵といえば卵かけご飯…うーむ、思い出したら食べたくなってきたのじゃ…いや、醤油どころか米すらあるかどうかさえ判らぬが…」
折角見知らぬ地へと飛ばされたのだ、帰り道を探るついでに探すのも良いかもしれない。
そんな事を考えていると分かれ道の奥へとたどり着いた。
ここもどうやら少し広くなった部屋状になっているのだが…僅かに法術の光で照らし出され見えている室内の様子に正直しっかりと中を確認したくない。
しかし安全確認の為にもそういう訳にもいかないので、一つ深呼吸をし意を決して部屋全体を照らし出す。
「うげっ…」
「キュッ!」
全貌を見た途端予想通り…いや、予想以上の光景に全身に寒気が走り、尻尾の毛が逆だってそれに驚いたかワシだけでなくスズリまで声をあげた。
部屋の中にはカプセル状の細長く皮膜の薄そうな卵がびっしりと、それはもうびっしりと隙間なく壁一面に産み付けられていた。
しばし呼吸を落ち着けて改めて中を確認すると卵は呼吸するかのように蠢き、中には間もなく産まれそうなのか身動ぎするかの如く揺れているものもあった。
そして壁一面には卵が産み付けられているが、一切というわけでは無いものの床には産み付けられてはいない。
床の一部に産み付けられた卵も不自然に盛り上がっているので、当初は岩か何かに産み付けてあるのかと思ったがどうやらそうではないようだ。
よくよく見ると産み付けられた卵の隙間から豚鬼らしきものの手足がはみ出していたからだ…。
「うーむ、もしかして豚鬼すらも欺いて、こやつらはここに居るのかのぉ…」
豚鬼を苗床にしてくれるなら幾らでも構わないが…明らかに擬態虫の方が厄介な上にここを見る限り数が多そうだ…。
とりあえずワシは学者でも無いしあまり見続けても面白くない光景だ、念の為三つほど狐火を置いてさっさと引き返す。
恐らくは最初に焼いた時ここは運良く炎から逃れられたのだろう、普通であれば結果を確認するために今一度ここへ戻ってくる必要があるだろうがその心配はない。
なにせ普通の炎ではないのだから、マナでもって生きている限りワシの炎に灼かれて無事に済むはずが無いのだ。
悪は滅びたとばかりに上機嫌で他の分かれ道の先も探したが、見つかるのは運良く炎から逃れ運悪く窒息死した豚鬼の死体だけ。
それらから手早く魔石と牙を剥ぎ取ると、その代わりとばかりに狐火を置いて足早に洞窟から立ち去る。
「では…どっかーんじゃ」
今度は炎だけでなく爆発も伴い洞窟全体を揺らす。
ズズンと何かが崩れる音と共に、洞窟の入り口から大量の煙が勢い良く吹き出される。
流石に全体は崩落しなかっただろうが、これで住居としての価値はかなり下がったはずだ。
「これでお仕事完了じゃの、爆破解体はサービスじゃ!」
ふふんと誰に誇るでもなしに胸を張り、今度こそ踵を返して洞窟を後にする。
恐らくこれでここら一帯の豚鬼は壊滅したはずだ。
と言うのも一際巨大な個体の豚鬼を倒したからこその判断ではあるが。
実は豚鬼、その生態から駆除を完遂したというのが実に判りやすいのだ。
端的に言ってしまえばアリの生態をそのまま雌雄逆転させたものと言えばいいだろうか。
子を産ませる事が出来るのは王たる個体のみで、それ以外は狩りなどをする働き豚鬼というわけだ。
その働き豚鬼の中から稀に王になれる個体が出現し、それが群れを離れ別の所で王となり新たな群れを作ると。
今回の奴らは恐らくその新たに別れた豚鬼達だろう、だから幼体が居なかった。
さぁこれから頑張って群れを大きくしようといったところで運悪くワシに見つかった、もちろん可哀想などとは一欠片も思わぬが。
王個体がしていることを見た者や知っている者であれば、よほど特殊な趣味趣向でもしてない限り豚鬼に同情なぞしない。むしろ喜んで足蹴にするだろう。
問題はこちらも擬態虫なのだが…これは共生してると考えたほうが良いだろう。
流石に卵にまで擬態能力があるはずが…多分無いよね…?
キノコや他の虫を飼うアリだって居るくらいだ、豚鬼が似たようなことをやったって何ら不思議ではない。
完全な予想ではあるが、擬態虫が擬態で油断させ豚鬼が色々と狩る、その代わり苗床や住処安全を提供すると言ったところだろうか。
生態がわかった所で擬態の見分け方が判らなければ意味が無いのだが…。
とりあえず豚鬼と共に居る可能性が高いという事が判っただけでも多少は被害が減るだろう。
うんうんと考えてる内にどうやら村が近づいてきたようで塀が木々の隙間から見えてきた。
向こうがワシを見つける前に腕輪から袋を取り出し、中の保存食を再度腕輪に収納し直すとそれの替わりに豚鬼や擬態虫から剥ぎ取った牙や魔石を詰め込む。
意外と数が居たため袋がパンパンになってしまったが、逆にこれで巣を壊滅させたという良い証拠になるだろう。
意気揚々と村へ戻ると中央の広場に人だかり、何事かと思えば見慣れぬ馬車が停まって居たので新たな住人が到着したのだろう。
そう思い近づけば、まるで葬式の会場にでも出くわしたのかと思うほど皆が沈痛に顔を歪めているので、何があったのかと首を傾げるのだった…。




