227手間
胸から右手を引き抜くとドサリと巨体が地へと倒れ伏す。
倒れた巨体を無造作に足でひっくり返すと乱暴に牙を毟り取り、魔石と一緒に腕輪へと収納する。
ワシは現在、異臭漂う豚鬼の巣窟を制圧中。逃げも隠れもせず正面から正々堂々見かけた端から皆殺し。
所謂ごきげんよう、そしてごきげんようと言うやつである。
「ふははは、晒す首なぞ無いと思え! なのじゃ!」
大柄な豚鬼が住居に選ぶだけあって、洞窟の中は意外なまでに広い。
そんな中を虫も豚も分け隔てなく屍を増やしながら奥へ奥へと進む。
進むほどに酷くなる異臭に眉間の皺がも増えていくが、淀む空気はワシが入ってきた場所の他に出入り口が無いことを示している。
それにしても洞窟内だから当たり前だが灯り一つ無い、虫っぽい擬態虫は兎も角として豚鬼はこんな暗闇でも見えるのだろうか…。
いや、現に暗闇の中から飛び出してきているのだから見えているのだろう。そしてそんな闇の中を法術の灯りを伴って歩いているワシは良い標的。
次々とまるで炎に集る羽虫のように飛んできては一撃で倒されていくというのに、怯む様子が無いというのはこやつらはアホなのだろうか。
奥に行くに連れて異臭が強くなる上に、豚鬼が居るからか洞窟特有の湿気の中にヌメリとしたものを感じる気がする。
なので一刻も早く用事を済ませようと足早になり、分かれ道も異臭が強い方へと特に先を確認せずに進んでいく。
本音を言えば異臭の元を確認せずに、狐火で洞窟の外から中のマナごと灼き尽くしてやりたいところなのだが、豚鬼の生態を考えるとそういう訳にもいかない。
それから何匹もの豚鬼や擬態虫を倒し、牙の回収も面倒になってきた頃洞窟の奥から何か粘着くものをかき混ぜるような音と肉と叩くかのような音が聞こえてきた。
「やっと最奥と言う事かの…」
豚鬼は巣が洞窟であればその最奥に、村などの集落状の場所であればその中央にとあるものを保管する場所がある。
それを確認するために、この異臭を我慢してまで此処まで来たのだ。
掘ったのかそれとも元からだったのか、洞窟の他の場所とは違う音と異臭の源…少し広くなった部屋へと足を踏み入れる。
その中にはでっぷりと肥った、今まで見てきた豚鬼共よりも二回りほど大きな個体が此方に背を向け何事かに夢中になっていた。
もう一度足を踏み鳴らしながら一歩進むとようやく夢中になっていた動きを止め、こちらへと巨漢の豚鬼がその体を向ける。
そのお蔭で豚鬼の巨体に隠され夢中になっていたものが目に入り、苦虫を噛み潰したような表情になるのも仕方ないだろう…。
ワシのそんな表情とは反対に新たな玩具が来たとでも思ったのか、巨漢の豚鬼は喜色に気色悪く顔を歪めその顔に益々ワシは不愉快になる。
無言で一歩踏み抜き豚鬼の心臓へと爪を突き立てる。
一瞬の事に豚鬼は反応できなかったのかワシがぶつかった衝撃で後ろへと倒れ込み、ずぶずぶと自分の身に沈み込む手を驚愕に目を見開いて眺めている。
その巨体故に少しほんの少しだがたどり着くまで時間が掛かってしまったが、その手に魔石をしっかりとつかむと漸く豚鬼も何が起こったのか理解したのか暴れようとしたがもう遅い。
豚鬼のぶよぶよとした胸に足をかけ一気に魔石を引きずり出すと、断末魔を上げる暇もなくワシを止めようとしたのか僅かに上げた腕もだらりと地面へと落ちる。
豚鬼も含め魔物は、多少心臓が傷ついたところで直ぐに死にはしない。
だが魔石を取り除かれると、まるで電池を抜かれた玩具や糸が断ち切られた操り人形の様に即座に死に至る。
どういう過程でこうなったかはさっぱりだが、ワシのよく知る魔獣や魔物の系譜だと考えるとすんなり納得できる。
けれど今はそんな事はどうでもいい、豚鬼の体にいまだ残っているものに手を触れれば既に冷たく思わずため息が漏れる。
部屋の中を見渡すも殆どのものは身じろぎ一つせず、僅かに動くものも何事かが起きたことすら理解できず呻きを漏らすだけ…。
「遅かった…と言うより既にこうじゃったのじゃろうな…」
手を合わせ豚鬼の上に狐火を一つ置き部屋を出る、来た道を戻りながら分かれ道毎にさらに狐火を置き九つ仕掛け終わると外へと駆け出す。
外へ出ると洞窟内へと再度手を合わせある程度距離を取ってから狐火を爆発させる。
洞窟内を舐めるように灼き尽くしたであろう蒼い炎は、洞窟の口から吐き出されると同じ色の空へと溶けるように消えていく。
「お主らの魂も世界樹の許へと還れると良いのぉ…」
洞窟内へと吹き込む風を感じながらそう呟くと気持ちを切り替え、万が一中で生き残ったモノが外へ出てきたときと最初に見た様に外をあるきまわっている奴が帰ってきた時の為に二、三日様子を見ようと近くの木の樹上で洞窟を見張りつつ待機するのだった…。




