24手間
三又の道のどれに進むかを決め終え、既に出発準備を終えていた他のハンター達は左右の道に分かれて先に進んでいった。
残されたワシとアレックスは、他の三人が集まってくるのを待つことにした。
「この先に何があるのか楽しみじゃのぉ…一体何が待っておるかわくわくじゃ」
「俺としては何も無い事を祈るがな」
「うむむ、アレックスはろまんが足りんの!ちとシャキッとせんか!」
真ん中の道を見ながら話をしてると、そう呟き肩をすくめるので、背中をばんばんと叩き発破をかけていると、背後から声を掛けられた。
「まぁまぁセルカちゃん、貴方ほど強ければそれもいいんだけどねぇ…やっぱり命あっての物種だしね」
「そうそう、ロマンを追い求めて辿り着いたは腹の中、なんて奴なんざごまんと居るしな」
サンドラ、ジョーンズと続き、最後にそうだと言わんばかりにインディが無言でうなずく。
「とはいえ今回は謎の魔物の大量発生、ある程度の目星で良いとは言えども街も近いし、なにより西の森には新米だけでなく一般の人も立ち寄る。多少危険だからって逃げたりはしないさ」
「そう言う事ではないんじゃが…まぁよいか、命あっての物種と言うのはワシも一緒じゃしの」
確かに女神さまには、この世界を、そしてこの生を楽しむ、その序でで良いと言われてはいるが、同郷の者が奴隷よりひどい扱いをされる可能性があると言うのはやはり嫌だ。
生きてる限りは必ず探し続けてくれとも言われているし、無論こんなところで死ぬつもりもないが… 見つからなくても気にすることは無い、となんとも矛盾したことも言われたけど…。
きっと努力して探した結果、見つける事ができずに死を迎えてしまっても、その事を気に病むなって事なんだと思う。
「まぁ、生き死になんざ世界樹の巡りと女神の導きのままに…ってやつさ、気にするこったねぇよ」
よっぽどな顔をしていたのか、そんな死ぬのを覚悟したような顔すんなといってアレックスに思いっきり頭を撫でられた。
「新米をそんな目に合わせないのが、俺たちベテランの仕事だからな。さてと、俺たちもさっさと先に行こう」
そう言って手を叩くと、皆頷いて、ジョーンズを先頭に真ん中の道へ踏み入れる。
道中アレックスに先ほどの、ちょっと気になった文句のことを訊ねる。
「のうのう、この地では世界樹以外に女神さまも信仰しとるのかえ?」
「ん?あぁ、そっか。セルカは獣人の里から出てきたばっかりだったな」
教会にも行ったことはないだろうし仕方ないか、とアレックスが説明してくれた話によると。
曰く、ずっとずっと昔、お伽噺すら残らないほどの昔、枯れ果てたこの地を憐れんだ女神が世界樹を植え、その身をマナに変えて世界を潤した。
マナにその身を変える前、この地のものと契約を交わし、世界樹を未来永劫に亘り枯らさないようにと。
故に世界樹は女神であり、契約を守りそれを伝える事こそが教会の使命であり。
女神の様にその身を犠牲にしてでも他者を助けるのは美徳であり、世界樹が全てのマナを受け入れる様に、他者を受け入れるのが教会の教義だと。
ワシの知ってる女神さまとその女神が同一神物かどうかは判らぬが、おぬしらの事は今も気にかけておるよ、とはさすがに言えないのでその話を聞いて、うんうんと頷くだけだった。
「では、無事に帰れたら、教会で世界樹と女神さまに感謝せねばの」
「普通、獣人ってのはそういう考えは理解できねーとか言うんだけど珍しいな」
「ま、ワシは変わり者じゃからの」
アレックスが心底驚いたという顔をしていたので、そう返してニヤリとしておいた。
その後も特に何もなく、実は熱心な信者だったサンドラが、いつか世界樹の御許に行くのが夢なの、などと熱心に話してくるぐらいだった。
緩やかに下る坂道は、まるでその歩きに合わせているんじゃないかと思うほど。下れば下るほど壁や天井に生える晶石は大きくなる。
逆に地面に生えるマナ苔は数を減らし、遂にはぽつぽつと地面にまで晶石が生えだし、歩き辛くなってゆく。
「のう…なんぞ水の流れる音が聞こえるんじゃが…」
「うん…?道が多少曲がりくねった程度で今まで何もなかったが、ついにって事か。道をふさぐ程でなければいいが」
獣人の耳にしか聞こえぬほどの水音だったが、道を進めばヒューマンの耳にも十分聞こえるほどの音量で、ザァザァとかなりの流れであろうことがわかる水音が聞こえてきた。
そして遂に道は開け、眼前には地下とは思えない程の巨大な峡谷が行く手を遮っていた。
開けた先は幸いにも、人が一人両手を広げた程度とはいえ十分な道があった。しかし、ここに晶石が生えていない薄暗いただの洞窟であれば、確実に足を踏み外していたであろうジョーンズが顔を引きつらせていた。
「おぉ…明るくて良かったのぉ。落ちたら一溜まりも無さそうじゃ」
そう言いつつ身を屈めて峡谷をのぞき込むと、断崖絶壁が谷底まで続き、その壁面からは中には対岸まで届くほどの巨大な晶石も含め、かなりの数が生えていた。
谷底には水音の正体である川が流れ、その川底にも晶石が生えてるのか、薄緑に光っていた。
ふむ…一溜まりも無いと言ったものの、深さは二十メートルかそこらかの。水の流れも緩やかじゃし、今の身体能力なら問題は無かろう…強度次第ではあるが晶石を足場に上にも戻れそうじゃ。
はて?この流れにしては水音がゴウゴウとうるさ過ぎるの…そう考えつつ水音が激しい方向を見やると五十メートルほど先であろうか、そこでぷっつりと道が途切れていた。
ここに来るまでに四半と半刻ほど掛かってるため、ジョーンズと対岸へ場所を探すか戻るかを話し合っているアレックスに許可を貰い、道が途切れてるほうを確認する。
「こ…これは絶景じゃが胆が冷えるの…」
果たしてそこには、ゴウゴウと鳴り響く水音の正体、滝があった。
「こっちは正しく落ちたら一巻の終わりじゃの…底はさすがに見えるが、深さは百メートルはあるじゃろうか…地底湖の様だし無事…ではすまんじゃろうなぁ…」
滝の流れ落ちる音にその声はかき消される。ひとまずその絶景に満足しアレックスらのもとに戻ると、話し合いを終えどうやら進むことに決定したらしい。
「向こうはやはり滝があって進めぬ、反対側が良いじゃろうの」
緩やかに左へと曲がり先の見えぬ峡谷を指さすと、ジョーンズを先頭にワシ、サンドラ、インディ、アレックスの順で道を踏み外さぬよう慎重に歩き始める。
地下探索といえば峡谷にぶち当たる!
そしてスケルトンに射られて落ちる!