225手間
あの後無事に村へと帰り着き、今はギルド出張所内にある酒場で少し早めの夕食をとっている。
酒場と言ってもまだ従業員が来ていないので営業していない、なのでその厨房を借りただけではあるが。
この村で採れた肉と野菜を煮込んだスープをスプーンで啜りながら周りを見れば、街のものに比べればかなり規模が小さいものの、まだ何も張り出されていない真新しい掲示板やイスやテーブルなどが、人々が集まるのを心待ちにしているようにも見える。
「さて今後の事なんだが…」
「それは擬態虫の情報しだいじゃのぉ…」
フリードリヒ達も一緒に食べているがこれはもちろん彼が口にしたように、今後の事について話し合うためである。
まず判ったこと魔石を持ち帰ったことであの虫の名前が判明した、その名も擬態虫…新種では無かったもののかなり珍しい魔物らしく、リヒャルトが街から持ってきたギルド秘蔵の資料で情報が無いか調べ物中である。
つまりそれ以外は不明である。
「そうなんだよな…けど早くしないとこの村にあんなのが来たらパニックどころじゃないぞ」
「アレの行動範囲と数次第ではあるのじゃが、暫くは大丈夫じゃと思うがの」
「それまた何でだ?」
「鳥や動物の声がせんかったのはアレのせいじゃとしたら、村の周囲ではそれなりの距離やかましかったからのぉ…それに声が無くなるのがアレの接近の兆候じゃとしたら、猟師に定期的に森の様子を見させれば最悪近寄られるのだけは判ると思うのじゃ」
「なるほどな…」
「珍しい魔物であるのならば、アレ一匹であれば良いのじゃがのぉ」
うんうんと皆頷いているが、小角鬼の集団が逃げ出したくらいだアレ一匹とは限らないし、それ以前にアレが原因ですらない可能性もある。
「お待たせしました」
「おぉ、リヒャルトやどうじゃったか?」
「結果から言うと殆ど何もわかりませんでした、手元にある物だけなので街へ行けば詳しく分かるかもしれませんが…」
「殆どという事は多少はわかったのかえ?」
「そうですね…と言ってもあまり意味がない情報だとは思いますが」
リヒャルトがため息とともに肩を落とすが、多少なりとも判れば何かあるかもしれない。
「聞かせてくれんかえ?」
「わかりました……えっと、擬態虫…出遭えば死ぬと言われている魔物です。討伐記録は殆どありません、それも偶然倒したり既に死んでるものを発見したのが全てです。詳しい討伐記録が持ってきたものには記載されていないので断言はできませんが、今回セルカさんのが倒したのが正しく討伐したという意味であれば初めての事かもしれません」
「それはいい、他に判ってることは無いのか?」
確かにフリードリヒが言うようにその辺りは今はどうでもいい、問題はアレがどういうものなのかだ。
「他のことは…生態を含めその全てが謎です。せいぜい外見が人の顔を模した巨大な虫という事と、偶然倒した人達の証言で人に化けて襲ってくるという事が判っているくらいです」
「ふーむ、とりあえず村人には黙っておいた方がよいじゃろうのぉ…」
「何でだ? こういうやつが近くに居るって教えたほうが良いだろう?」
「考えてもみよ、人に化けて襲ってくるのじゃぞ? 判別方法がわからんのじゃ隣に居るものが擬態虫では無いかと恐れて殺し合いにでもなるかもしれん。それに会う人会う人切り捨てるわけにもいかんしのぉ」
隣で談笑している人が実はあの気色の悪い虫かもしれないだなんて、下手なホラー映画より恐ろしい。
一人また一人と村人が減っていき、隣人が魔物だと終ぞ気付くこと無く主人公も食われる…うむ、救いようがない。
「この村を放棄する事になる程度で済めばいいが、最悪村人同士で殺し合いになる…か」
「うむ、してリヒャルトや街に行けば詳しい記録があるかもしれんのじゃな?」
「持ち運びを優先するため大部分を削ってはいますが、それでも資料に見分け方などが書いていないので街にあるものにもどれだけ情報があるか…」
「明日また森へ行って地道に探すしかないかのぉ…」
「わかった、なら今日は早めに休んで……」
「フリードリヒ達は留守番じゃ」
「なんでだ!」
「なんでだって、それは簡単じゃ。お主ら見分けつかんじゃろう」
「あっ……」
「それにあの程度であれば百匹おろうがワシの敵ではないわ」
「では…フリードリヒさん達は街への伝達をお願いできますか? 使える馬が二匹しか居ないので他の方は村に残って貰うことになりますが」
「それが良いじゃろうの、アレだけが魔物ではないのじゃから。それと珍しい魔物が近くに来てるからとでも言って、擬態虫が出る方の森には出かけさせぬ方がよいじゃろうな」
「そうですね、今日はもう暫くで日が落ちますし明日の朝までに街への手紙を用意しておきます」
「うむ、ではワシも朝一で出れるように今日はもう休むのじゃ」
まだ何か言いたそうなフリードリヒ達に挨拶を残して部屋へと戻る。初めは簡単そうな依頼だと思ったのにまさかこんな事になるとは…。
街へ戻ったら何が何でものんびりしようと独りごち、明日のために早々にすやすやと寝息をたて始めるのだった…。




