224手間
能面の様な男の顔が木陰からこちらをじっと見つめている。
こんな森の中、態々隠れるように覗いているなど尋常ではない。
それ以前に木陰から覗いているその顔から、それは人ではないと犇々と嫌という感じる。
正直、たとえそれが人でも怖いホラーでしかない。
「んー、何が見えてんだ?」
「なんか訳わからんものがこっちを見て居るんじゃぁ」
ぷるぷると震える指で示すも距離があるのでヒューマンである彼らには見えないのだろう。
フリードリヒ達が何とか見ようと目を凝らしている内に、そいつはばたりと力尽きたかの様にその体を地面へと倒すと、木々の隙間をぐねぐねと蛇行しながら此方へと疾走し始めた。
「ひえっ!」
「おっ! 何だ何だ? 凄いなこんな森の中あんな風に走れるとかすごいな」
気持ち悪い動きに思わず悲鳴をあげてしまうが、それとは正反対にフリードリヒ達は此方へとそれが走ってきてようやく見えるようになったのか、それを見て何故か感心したかの様に話している。
「あ…あれは何なのじゃ?」
「何? って人だろ?」
近づいてくる程にその全貌がよく見えるようになる。
どう見てもそれは人ではない、木の枝のように細長い緑色の胴体に更に細い同色の手足が六本くっついている。
要するに能面が付いた人間大のナナフシが、凄まじいスピードで此方へと走ってきているのだ。
でも、フリードリヒ達はそれに嫌悪感を感じている所か人だと断じている。
もしかしたらワシの知らない種族かもしれないし、流石に怯えるのはまずいかと深呼吸をして落ち着かせる。
ようやく呼吸が落ち着いてきた頃、そいつはワシらの下へとたどり着いた。
そいつはフリードリヒの前にくると六本ある足の内、後ろの二本で立ち上がると何やらギチギチと音を出し始める。
その音を聞いてブワッと全身が粟立つのを感じるのだが、フリードリヒは立ち上がった部分だけでも自分を上回る身長のそいつに、特に何も感じていないのか楽しそうに話しかけている。
「こんな所でどうしたんだ?」
「ギチギチギチ」
「そうかー、そりゃ大変だったな」
「ギチギチ」
「なるほどなー」
「フリードリヒや、其奴が何を言っておるのか分かるのかえ?」
「何を言ってるんだ? おんなじ言葉喋ってるじゃないか」
ギチギチギチ
「フリードリヒや…其奴は…何じゃ? 何が見えておる?」
ギチギチギチギチ
「何って変なこと言う奴だな…そりゃ…」
ギチギチギチギチギチ
「……ヒューマンだろ?」
フリードリヒの答えを聞いてワシが動き出すのと奴が動いたのは同時。
真ん中の足の一本をまるで槍の様に尖らせ、フリードリヒへと突き出そうとした機先を制する様に抜刀しつつ逆袈裟に足を切り落とす。
そのまま帰す刃で横へ薙ぎ払うと、金属をこすり合わせたかのような耳障りな断末魔を上げ胴体が分かれ地面へとずり落ちる。
「お前! 何してんだ!!」
「何を…何をじゃと? それはワシの方が問いたい、なぜ魔物なんぞに親しそうに話しかけておったのじゃ?」
「魔物…だと…?」
剣先を切り落とした断面に突き刺して引き出すと、ゴロリと子供の頭程もありそうな魔石がこぼれ落ちた。
「なっ! 人が消えた?」
「うーむ、何ぞ変なもんを見せられておったという事かのぉ? 皆も此奴がヒューマンに見えとったのかえ?」
ぐるりと皆を見渡してみるが、突然ワシが人に斬り掛かっとと思えばそれがでかい虫に変わる、そんな様に驚いたのか声も無くぶんぶんと頭を縦に振っていた。
「ふーむ、ワシだけ元からこの姿に見えておったし、ヒューマンだけ引っかかる何かでもあったのかのぉ…」
「それなら一度戻ってギルドで魔石を売らないか?」
「確かにそろそろ帰らねば日が落ちる前には着けぬかもしれぬが…突然どうしたのじゃ?」
「いや、こいつがギルドに登録されてたら売った時に何か分かるはずだ」
「ほうほう、そうなのかえ。それは良い考えじゃの」
「もし新種の魔物ならやばい…ただの魔物なら問題はなかったんだが…」
「確かに…正体が分からねば何も出来ずに死んでしまうのぉ…」
「何の違和感も無かったからな…」
魔物の死体を焼き村へと戻るため今来た場所を戻りつつ、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば、ワシがアレを斬る前フリードリヒは何を話しておったんじゃ? なんぞ会話が成立しておる様に見えたのじゃが」
「あの時か? うーむ……あれ? 何言われたんだっけ…なぁ、アラン何言ってたか覚えてるか?」
「いや…俺も覚えてないな、フリッツが言ってることも特に変だとは思わなかったな」
「お前もか…しかし何で同じ言葉喋ってると思ったんだろうな…で、セルカ…あの時アレはなんて喋ってたんだ?」
「喋ってはおらんかったの…こうギチギチと顎でも鳴らしておるのか、変な音を立てておってそれにフリードリヒが返事をしておったのは不気味じゃったのぉ」
「だから斬ったのか?」
「初めはお主らが警戒しておらんかったから、ワシの知らぬ種族とでも思っておったんじゃがの。あやつから何ぞ気味悪い気配もするし明らかに魔物じゃし…それにお主がギチギチ言うておるのを同じ言葉なぞと躊躇なく断じたからのぉ。変なことでもしておるのかと思うて斬ったのじゃ」
「なるほどな…しかし、魔物かどうかなんて見ただけで分かるものなのか? 何処が普通の動物とかと違うとかあるなら教えてほしいんだが」
「うむ、それは簡単じゃ。魔石があるからかどうかは分からぬのじゃがの、こう…マナがオカシイのじゃ。乱れておると言うか歪んでおるというか…その辺り上手く言葉に出来ぬがマナがオカシイものであればまず間違いなく魔物じゃろうの」
「なるほど…さっぱり分からん、まず第一にマナなんて見てもわからねーよ」
「む、そういえば普通は見えんかったの」
カカルニアの方の魔物はまず誰でも見たら分かるし、こっちに来てもマナがどうのこうのなどその辺り疑問に思わなかったのですっかり忘れていた。
こちらの魔物は宝珠もないしマナを見る以外では見分けがつかない。なのでもしさっきの魔物の記録がギルドにあるのならば何か見分け方でもあればいいな等と話しつつ村へと戻るのだった…。




