218手間
最初の野営地までの道中、何度か小角鬼の集団に出くわすことはあったものの、仲良し五人組のお陰で無事誰にも被害無く切り抜けることが出来た。
彼らはウィーガーが持っていた大剣に比べれば大分現実的なものの、それでも所謂ツーハンドソードと呼ばれる類の、長く重い魔導器を使い小角鬼を文字通り叩き潰していた。
そのせいで色々と正視に耐えない状態になっていたが、流石と言うか角だけは無事だった。
川の側にある開けた場所に馬車を停め馬を外すと、男たちは荷馬車の方から樽を降ろし女性陣へと渡すと自分たちのテントの設営をし始めた。
「のう、あの樽は何かの?」
「あぁ、あれは水が入った樽ですよ、川があるので一度中身を捨てて汲みなおすんです」
樽を少し斜めにして二人がかりでゴロゴロ転がしながら進む姿を指差しながら疑問を口にすれば、横からすぐに答えが帰ってきた。
ワシと彼女は適当にそこらの石ころで作った、まだ火が入ってない焚き火の前でゆっくりとしている。
なぜワシら二人だけが、他のものが野営の準備をしている中休んでいるかというと、彼女は御者をしていたから。
御者と言うのは何もしてないように見えて意外と疲れるものなのだ、そしてワシは子守をしてくれたからと言う理由で休ませてもらっている。
確かに子供達はいま遊び疲れたか馬車の中でぐっすりと寝ているが、それほど遊んだとは言えワシからすればその程度で疲れを感じる事でもないが、それでもと母親達に押し切られて休ませて貰っている。
「しかし、あれほど重そうな物、男共は手伝ってやらんのかのぉ…」
「水汲みは昔から女性の仕事ですから、それに私たちは道中何もしてませんしね」
「では遊んでおっただけのワシが手伝っても誰も文句は言わんじゃろうな、お主も御者をしておって疲れたら言うのじゃよ? ワシも御者ぐらいは出来るからの」
背後から何やら呼び止めるような声が聞こえるが、歳を取るとどうも耳が遠くなっていけない。
特に何も聞こえなかったので、川辺で桶を使い樽へと水を汲んでいる彼女たちの下へと向かう。
「どれ、ワシも手伝おうかの」
「えっ? あっ!大丈夫ですよ、セルカさんは休んでてください」
「ワシは道中遊んでおっただけじゃしのぉ、それにこれに水を汲むのは大変じゃろう。樽もこれほど大きい必要はあるのかのぉ…」
コンコンと樽を叩けば軽い音が返ってきて、まだまだ樽の容量には余裕が有ることが分かる。
なにせこの樽ワシの鼻先までの高さがあり、余裕で大人一人が入れるほどの大きさがあるのだ。
「一応水辺が近い所野営の場所にしてますけど、次予定通りに行くかわかりませんし…皆さんの水を全部賄うつもりですからこれくらいは」
「ふむ…ではこれからワシがすることは、男共には内緒じゃよ」
ちらりと野営地の方を見れば男たちは、まだテントを張っているか焚き火の周りに腰掛けて此方を見ていないことを確認すると樽の上へと両手をかざす。
すると両手のひらから水が湧き出るように樽の中へとこぼれ落ち、見る見るうちに水が嵩を増していき、樽の八割ほど溜まった所で水を停めパンパンと手を叩く。
「さて、こんなもんかの」
「今のは魔法…ですか?」
「うむ、そうじゃの。ワシは持っておるマナの量が多いからのぉ、これくらい軽いものじゃ」
「ありがとうございます、でも何でこれが彼らに内緒なんですか?」
「うむ、水は重いじゃろ? これだけ水を何も無い所から出せる事が広まると…のぉ…」
「はぁ…わかりました」
「んむ、それでは運ぶかの」
樽に蓋がされたのを確認すると、ひょいと樽を頭上まで持ち上げる、樽を抱えてしまうと前が見えなくなるので少々不格好だが仕方ない。
「えっおもっえっ?」
「ふふん、これくらい軽いものよ」
持っていった先でも同じように驚かれながらも、指示された場所に樽が壊れないようそっと下ろす。
その後早めの夕飯を終え寝るまでの間、各自思い思いの事をしてワシも適当にその辺りをぶらついていると馬車の中からぐずる声が聞こえた。
まだ本格的に泣いてはいないので、知らせる前に様子を見ようかと馬車へと乗り込む。
「ふふ、大きい方は良う寝ておるのぉ…」
大きい方の二人は野営が珍しいのか張り切って手伝っていたのであどけない寝顔で二人仲良くぐっすりと寝ている。
少しズレていたブランケットを掛け直し、子供特有のさらりとした髪を撫でると、ふぇふぇと赤ちゃんが本格的に泣き出しそうな気配がしたのでこの子らを起こしてはいけないと優しく抱き上げる。
するとぐずるのを止めたのはいいが、母恋しなのかひっしとしがみつかれ胸に頭を預ける形で、そのまますやすやと眠りはじめてしまった。
「うぅむ、ワシはお主の母親ではないんじゃが…しかし、こうも甘えられるとカイルとライラの小さい頃を思い出すのぉ…」
ライラはよくぐずっておったのぉ…等と思い出しながらぷにぷにと頬をつつき、可愛らしい寝顔に暫し時を忘れてのんびりと過ごす。
「あっ、そろそろぐずる頃だと思ってたのに随分静かだと思ってたら…」
「おぉ、いや勝手に抱いてしもうてすまぬの。丁度馬車の近くを通りかかればぐずりそうじゃての」
「いえ、そんな。むしろあやして貰って助かります。それにしても慣れてますね」
「うむうむ、いや何カイルとライラが小さい頃は毎日こうしておったからのぉ…」
「あぁ獣人の人は子供が多いって聞きますし、兄弟ですか?」
「いや、ワシの子じゃ」
「え? 子供いたんですか? 随分と…その…早いですね、それより子供から離れて大丈夫なんですか?」
「うん? 二人共既に独り立ちしておるのじゃが? それにワシが結婚したのは十六くらいの頃じゃし普通ではなかろうかのぉ…」
「確かに私も今の人と結婚したのは十七ですし…あーいえ、そうじゃなくて…えっと、いくつなんです?」
「さぁ?」
「さぁ…って、いえ…今はそんなことよりも――」
「若々しさの秘訣とやらであれば答えられんのじゃよ」
「……よくわかりましたね」
言葉を食い気味に返したのでちょっと驚いた顔をしているが何てことはない、世の女性の関心事なぞ何処だろうと早々変わらないという事だ。
「ワシの歳を聞いた女子は皆同じことを聞いてくるからのぉ…これはワシの種に寄るものじゃからなんとも言えぬのも同じじゃ」
「そう…ですか…」
結婚したり子供が居たりしても年若い彼女らの関心事はそれだけではない、馬車へと戻ってきた他の女性陣も交えワシとカルンの馴れ初め等を根堀葉掘り聞かれることになるのだった…。




