217手間
明けて翌日、朝日が顔を出し始めた頃に門の前、通行の邪魔にならない所で暇をつぶす。
すこし早く来すぎたかなと思い始めた辺りで二頭だての馬車が二台、門から出てきた。
一台は幌付きの馬車で、もう一台は木箱や樽などが満載された荷馬車、恐らくこの二台が護衛対象のものだろう。
門前の開けた場所に二台が停まったので、これはもう確定だろうと声をかける。
「ちと良いかの?」
「はい? なんでしょう」
「開拓村へ行く馬車というのはこの二台かの?」
「そうですが、護衛の依頼を受けてきた人ですか?」
「うむ、そうじゃ」
「それでしたら後ろの…荷馬車の方に座ってる人に話を聞いてください」
「わかったのじゃ」
幌付きの馬車の御者台に座っていた女性に話しかけると、荷馬車の方の人が責任者なのだろうそっちに話を通すように言われた。
言われた通り荷馬車の方に向かうと、御者台に座っているのは中肉中背で特にこれといって特徴の無い男が居た。
「護衛依頼できたのじゃが」
「え? あなたが?」
「うむ、ほれこの通りタグもあるのじゃ」
「セルカ……確かに…ギルドの方で聞いた人で間違いありませんね」
「ワシ以外では誰が来るのかの?」
「あと五人ほど来る予定です、全員男性ですので聞いてるとは思いますがセルカさんは、護衛中あの幌馬車に乗り込んでおいてください」
「うむ、わかったのじゃ」
「護衛依頼を受けたのは初めてですか?」
「冒険者ギルドの依頼として…であれば初めてじゃの。護衛自体は何度もやっておるのじゃ」
「そうですか…でしたら安心……ですかね? 戦えるんですよね?」
「うむ、もちろんじゃ。そこらの男共よりよほど強いと言っても過言ではないのじゃ」
「なるほど…」
冒険者のタグはある程度戦えないと発行されない上に、護衛依頼はそれなりにランクが上がってないと受けれない。
だからこそワシが決して戦えないとは思ってはいないだろうが、それでもやはり信じられないのだろう。
その様がありありと表情に浮かんでいる、困惑と疑念…それは追々払拭していくしか無い。
その後暫く話して知ったのだがこの荷馬車の男がギルド職員で、護衛の後はそのまま出張所の職員となるそうだ。
そしてこの開拓村への第二陣と言うのは人員の補充というよりも、第一陣で行った男衆の奥さんや婚約者、そしてその子供達。
開拓先が村としての体を成してきたので呼び寄せることになり…と、これは中々責任重大だ。
そしてなぜ女性優遇で募集されたかと言えば開拓村という性質上皆若い、そして決して旅慣れている者達ばかりではない。
開拓村に行くくらいだから体力には自信はあるだろうが、何事も慣れていない者というのは想像以上に体力も消耗するしストレスもかかる。
けれど第二陣には子供以外男が居ない、そんな中で周りに見ず知らずの男がしかも強そうな…そうなった時のストレスは凄まじいものになるだろう。
それを防ぐ意味合いで女性冒険者を優遇して募集されていた…と、そこまで言って良いのだろうかと思うほど懇切丁寧に話された。
「しかし、それで女性の冒険者が集まらなかったどうするつもりじゃったのじゃ?」
「一応何人かの方に集まらなかった場合は、と言った感じで声はかけてたんですよ」
「おぉい、あんたらが開拓村まで護衛すればいい人達かい?」
なるほどと納得した所で丁度残りの護衛の人達であろう五人組の男が声をかけてきた。
「ワシは護衛の方じゃ」
「あんたが?」
「うむ、間違いなくタグもあるのじゃ」
五人組のリーダー格なのか、声をかけてきた男が訝しんだ目で見てきたのでタグを見せる。
獣人の女性は戦えないというのはよほど有名なのか、会う人会う人同じ反応をされる。
どうにか認識を改めてもらいたい所だが、ワシが例外なだけなので変に改められても困るというのが悩みどころだ。
「それがあるなら…まぁ戦えないことも無いのか」
「頼ってもらって大丈夫じゃ」
「その時になったらな。おっとそうだ、暫く道中一緒になるんだから自己紹介と行こうか、俺はフリードリヒ。あっちの背の高いのがエドガー、ハゲてんのがヴィルヘルム」
「ハゲじゃねー剃ってんだよ!」
「ハゲじゃねーか、んでハゲの肩を叩いてんのがポール、んで一番ちっさいのがアランだ」
一番でかいと言われたエドガーとちっさいと言われたアランの間も精々頭三つ分くらいしか変わらず、そのアランもワシの頭がみぞおちに来る位の背丈はある。
ハゲのヴィルヘルムは確かにハゲというよりも見事に剃り上げたスキンヘッド、フリードリヒも五人組皆優れた体格だがその中でも名に恥じぬ一際ガッシリとした体格で、みな揃いの要所要所をプレートで覆った鎧を着込んでいる。
「ワシはセルカじゃ、それにしても仲良さそうじゃのぉ」
「あぁ、新米の頃から一緒にやってるからな、お嬢ちゃんは最近こっちに来たのかい?」
「うむ、この一週間くらいじゃの」
「で、責任者ってのは誰か分かるかい?」
「うむ、そこの荷馬車の人じゃ」
「はじめまして私はリヒャルトです、ギルド職員ですが精々軽い自衛くらいしか出来ませんので、よろしくお願いします」
「では出発するのかの?」
「そうですね出発しましょう、私が先導しますので配置などはそちらにお任せします」
そう言ってリヒャルトはゆっくりと馬車を走らせ始めた。
幌馬車の方はワシが乗り込まないと出発できないので。御者の女性に一声かけてから馬車へと乗り込む。
「ほう、乳飲み子も居るのじゃな、これはますます気合を入れねばのぉ」
「あなたも開拓村に行く人?」
「いや、ワシは護衛じゃ。ま、男共が変な気を起こさん為におるだけじゃがの」
「そうでしたか、道中よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくなのじゃ」
幌馬車の中には七名の女性とニ、三歳程度の子供が男女それぞれ一人ずつ、そして母親に抱かれた乳飲み子が一人。
乳飲み子はぐっすりと眠り、子供もお互いじゃれ合っていて楽しそうにしているのを横目に見ながら彼女らに挨拶をする。
「ほらあんた達も挨拶なさい」
「「はーい」」
子供二人はとてとてと可愛らしい歩みで此方へ来るとにへらと柔らかく笑う。
「こんにちはー」
「うむ、こんにちは」
ちょっと舌っ足らずな声での挨拶に、カイルやライラの小さい頃を想い出し思わず頬が緩む。
「これ、ほんものー?」
「うむ、ほんものじゃよー」
「さわって、いい?」
「大丈夫じゃよー」
挨拶が終わるやいなやワシの後ろに二人共回り込み、ワシの尻尾に興味津々の様子だ。
「ふわふわー」
「いいにおいー」
「さて立ったままじゃと危ないから座ろうかの?」
「「はーい」」
二人の素直な様子が琴線に触れ、その後暫く護衛という事も忘れ子供達を構い倒すのだった…。




