214手間
小角鬼の側頭部を蹴りぬきその結果を見ること無く、次の小角鬼へとマナを纏った翡翠の刃を煌めかせる。
斬る蹴る殴る、決して行儀がいいとは言えない体術、剣術で十数匹いた小角鬼の群れを壊滅させた。
「メイジとやらがおらねばこんなものかの」
小角鬼と言えば様々なお話の中で、粘塊と並んで最弱の名を縦にする種族。
雑魚と言えども群れで来られたらそれなりだが、鎧袖一触のワシの力を持ってすれば恐れることなぞ無い。
「見た目が全く同じだからな、いなさそうだからって油断するなよ。小角鬼にやられる新米の死因ナンバーワンだ」
「魔法使われたくらいで大げさじゃのぉ…」
「何言ってんだ、王族とか一部の奴しか使えない魔法だぞ? なんもねー所からの飛び道具ほど怖いものはない」
ワシの戦闘の一部始終を見守り、小言を言ってきたのは何時ぞやの筋肉もりもりマッチョマンの紳士獣人。
何でこれと一緒に居るかと言えば、それは今日街をでて狩りに行こうとしたときに遡る。
――「ちょっと待て」ギルドを出ようとしたときにそう声をかけられた。
「なんじゃ? またぶっ飛ばされたいのかえ?」
「違う。ギルドからの依頼で、お嬢ちゃんに着いていく事になっている」
「どういう事じゃ?」
「なに、新人のお守りって奴だ。ランクが上がりこれを受けてようやく一人前と認められるそういう依頼だ」
「なんじゃ、一人前で無いやつと一緒に行くということかえ。流石にワシでも足手まといをかばう余裕なぞないのじゃがの?」
誰かに着いてこられると腕輪や魔手が使えなくなるので、わざと相手が怒りそうな言葉を告げる。
ワシの明らかに人を馬鹿にした言葉に、一瞬ギルド内がざわりとなった気がする。
「普通であれば激昂するところだろうが…確かに俺より圧倒的に強いだろうな」
「あの一合はただの力任せじゃし、力以外は分からんと思うのじゃが?」
確かに振り下ろす剣を捉えるなど力以外も多少は見れたかもしれないが、それだけで判断するには少し合点が早すぎるのではなかろうか。
「何言ってる、力こそ全てだろう? なぁ?」
両手を左右に広げ、周りを確認するかのように辺りを見回す動きをする筋肉紳士に合わせ、そうだそうだと言わんばかりに周りの男たちはうんうんと頷いている。
「ものすごく不安になってくる反応なのじゃが…」
「本来であれば力の使い方を教えたりするが、それは必要ないだろう。だが狩場は知らないだろ?」
幸いそんなワシの呟きは聞き咎められなかったようで、筋肉紳士は周りの反応に満足したのか此方へ向き直り言われた言葉にギクリとする。
適当に森に向かえばいいや位しか考えてなかった、確かにこの辺りで活動している人達が居れば楽になる。そこは不便を甘受してもお釣りが来るだろう。
いくら強くても、何の成果もあげられなければ間抜けすぎる。
「仕方ないのぉ…着いてくるがよい」
「そうか! 俺の名前はウィーガーだ」
「セルカじゃ」
そして今に至るというわけだ。
「しかしなんだ…よくそんな小さい剣で、ここまですっぱり切れるな」
首と胴体がおさらばしていたり、袈裟懸けに胴が二つに分かれている小角鬼どもを一箇所に集めながら、筋肉紳士ことウィーガーがしみじみと呟く。
「ワシからしたらこれが普通なのじゃがな、しかしワシはお主らが戦っている所を見たことが無いのじゃが、普段はどうしておるんじゃ?」
「おう、この剣でドカンとぶん殴ってるな。こいつは魔導器だからマナを通せば威力が上がるんだが…マナの配分をきっちりしないとすぐバテる、そのあたりを見極め出来てこそ冒険者として一人前だな」
ウィーガーはバチンと魔導器の大剣を留めてある革紐を緩めワシの目の前に剣を掲げる。
その大きさは彼が使った訓練用の魔導器よりも幅広で、尻尾こそはみ出るもののワシの体を覆ってもまだ余裕がありそうなほどだ。
彼の口ぶりとその効果を聞く限り魔導器というのは『技』の発動を肩代わりするようなものなのかもしれない。
例によっても彼も宝珠は無い、そもそも存在を知らないようだ。そんな者が技を使えばたちまちマナが枯渇しぶっ倒れてしまう。
「ふむ…ま、先程の答えじゃがの。それと同じ様にこれにマナを通して切れ味を上げておるのじゃ。剣自体はマナを通しやすい普通のものじゃ」
「俺は専門じゃないから分からないがそれは魔導器じゃないんだよな?」
「うむ、ただのミスリルの剣じゃ。ちと形は特殊じゃが深い意味はないし、この彫りも装飾じゃ」
「はっ?! ミスリルだって?」
「うむミスリルじゃ」
ミスリルと言う単語を聞いた瞬間、ウィーガーはよほど驚いたのか大剣を取り落とし今にも零れ落ちそうなほどまでに目を見開いている。
「お嬢ちゃ…いやお嬢様はどこぞのお姫様なので?」
「なんじゃ急に畏まって気持ち悪い、お姫様などでは無いのじゃ」
元公爵夫人じゃがのと心の中で付け加える。
「ミスリルと言えば国宝に匹敵するようなもんだ…ですよ、製法は既に失われ材料も不明。そんなものを持ってるなんて…」
「ワシはどこぞのお偉いさんでも無いからの、畏まる必要は無いのじゃ」
口ではそんな事を言いながらも内心冷や汗をだらだらとかく。
まさかこっちではミスリルがそんな扱いになってるとは思いもしなかった。
確かに詳しい製法も秘匿されていたし、それなりに高価な代物ではあるのだが…。
しかし、今更鋼の剣辺りを使うわけにもいかない、ミスリルの剣に比べかなり切れ味も落ちるし、何よりワシのマナに耐えきれず溶けてしまう。
「剣なんて叩き潰すもんだと思ってたが、もしかして俺でもその剣を使えばあんなにすっぱり切れたりするのか?」
「ふむ、基本は魔導器とやらにマナを通すのと変わりは無いと思うのじゃが……」
「じゃが…?」
「お主のマナの量では一太刀を振り切る前にマナが枯渇しそうじゃのぉ」
薄々感じていたことではあるがどうやら冒険者というのは脳筋集団なのだろう。物としての価値より剣としての価値の方に興味が即座に移ったようで、ワクワクとした様子で質問してきた。
確かに彼は宝珠無しとしては破格の体内マナの量ではあるが、それでも即座に枯渇してしまうだろう。
そのことを伝えると、見ていて可哀想になるほどにガックリと肩を落とした。
「じゃあお嬢ちゃんはどうして平気なんだ? 女性の方がマナが多いって噂は聞いたことあるが眉唾もんってもっぱらの話だし」
「ふむ…お主は受付嬢の一人…あの列が少ない者の事はどの程度しっておるのじゃ?」
「うん? あのびっくりするぐらい何も無い人か? いや、寿命が長いとか初代ギルマスの頃から受付嬢してるとかそんな噂ぐらいしか…確かに俺が冒険者始めた頃から一切見た目変わってないからな。知ってるつってもそんなもんだ、それがマナの量と関係あるのか?」
「そんなもんかえ、そうじゃのぉ…ワシは彼女と似たようなもんでの。難しい話は抜きにするとしてマナが多いから寿命が長いと思ってくれればよいのじゃ」
「てことは彼女はお嬢ちゃんみたいに強いのか?」
「さてのぉ、マナが多いからすなわち強いとは限らぬのじゃ」
「それもそうか…」
話題も一通り終わったと集め終わった小角鬼の素材を剥ぎ取ろうとした矢先、首筋に感じるチリチリとした感覚と風切り音が聞こた。
振り向きざまに剣を抜刀しながら飛んできたものをはたき落とし、飛んできた先を見れば弓を構えた小角鬼と粗雑な剣をもった複数の小角鬼が此方に向かってきていた。
「ふむ、血の匂いにでも釣られてきたかのぉ」
「今回は俺も手を出そうか?」
「いや、今日はこいつらだけで十分じゃろう、奴らの相手は面倒じゃ」
「何言ってんだ? これ置いて逃げるのか?」
「そんな情けない真似するはずなかろう。いちいち相手するのが面倒というだけじゃ、『狐火』…ほれとっとと灰になるが良い」
九本の尻尾の先にまるで幽鬼の様に揺らめく青い炎の玉が浮かび、小角鬼の集団を指し示すと放たれた矢が如く疾走する。
火の玉が着弾すればたちまちの内に炎が小角鬼を包み込み、蒼の業火が収まる頃には骨どころか灰の欠片すら見事に焼き尽くされた跡のみが見える。
「さて続きじゃ、小角鬼は角じゃったかの」
振り返れば今度は魂がそこから抜け出しているのが幻視できそうなほどに口をあんぐりと開けたウィーガーが佇んでいた。
それを見て、またもややらかしてしまったと額に手を当て天を仰ぐのだった…。




