212手間
傾きが強くなり始めた日差しの下で石畳の道を歩く。
流石に家と家の間の狭い隙間は土が剥き出しだが、それ以外の道は綺麗に舗装され路地裏に子供が蹲っているということもない。
場合によっては早々に街を離れることを検討していたが、治安も良さそうなので暫しここに居を構えるのも悪くない。
もちろん裏路地や人通りの少ないところに行けばそれなりだろうが、早々ワシが遅れを取るほどの者も居るまい。
それ以前に治安云々がなくてもここに拠点を置くのは吝かではない。何せこの世界にきて初めての海!港町!
否が応でも高まるのは海の幸への期待、流石にお寿司、お刺身はなくても美味しい海魚や貝類には出会いたい。
それに港町と言えば物流の拠点、つまり情報も沢山入ってくる。
現に海の方では外洋に出られそうなほど大きなものの姿は無いが山のような木箱を積んだ船達、そして沢山の人達が荷揚げや積み込みをしてるのが遠くからでも見える。
あの物資ほどでないにせよ酒場にでも行けば、昔話やおとぎ話として世界樹のある場所が酒の肴として話されているかもしれない。
それらがどれほどか細い蜘蛛の糸だろうとしても焦る必要はない。
何せありとあらゆる人々が次代、次次代に受け継ぐほどの話であろうがワシにかかれば一代で済む。
なればここの技術、文化をたんまりとカカルニアへと持ち帰るのも一興だ。
それに運が良ければ女神さまの捜し物が此方に転がってるかもしれない、その対象が悪人であれば尚良。
「さて…まずは道具屋かの」
気を取り直して水道でも敷かれているのか街の所々にある水汲み場で水を瓶に移し替えたり、水筒に入れたりしている人達を横目に教えてもらった道を行く。
ギルドで大体宿屋が一泊二百nで、外食が一食二十nだと教わったが、それ以外の物の価格を全く知らない。
豚鬼一匹三千n前後だとしてそれが高給取りなのか割に合わないかというのもさっぱりだ。
ここに討伐報酬が加わりもう少し高くなるとしても…。
「ん?そう言えばワシの前におった男たち、あの報酬額は討伐報酬も含んでなのかのぉ…」
含んでとなると討伐報酬は花の蜜より少ないかもしれない、物価によっては観光などしている暇なぞ無い。
食料は腕輪に入っているもので暫くどころでは無い期間は十分すぎるほど賄える。
ん? そう考えたらそこまでお金に困ることはないのか?
ギルドの部屋がどれだけ借りれるかにもよるが、最悪一週間に一匹豚鬼を狩れば毎日三食外食でも問題ない。
正直に言えば二、三日食べなくても平気だ、さらに言えば動かなかればもっと長期間食べなくても平気である。
とは言えそれはそれでつまらないので、宿に泊まり一日一食外食をしても大丈夫な様にしよう。
なんてことを考えている内に教えてもらった道具屋へとたどり着いた。
中々に大きい街なので複数の道具屋があるらしいのだが、ギルドとしてはここがオススメだそうだ。
「値段と品質がちょうど良い、じゃったかの」
オススメと確かに聞いたのだが、淡々と抑揚の無い声で言われたので実はオススメしていませんと言ってる風にも聞こえたのを思い出し、苦笑いしながら道具屋の扉を開ける。
からんからんと乾いたドアベルの音を背景に、道具屋の中は大小様々な店に色とりどりの瓶に入った液体や何に使うのか四角い箱やらが置かれた空間が広がっていた。
チラホラと客は居るのだがそこまで広くなく、置いてる品を無視すればちょっとオシャレな雑貨屋と言った雰囲気だ。
「傷薬、三百n。体力薬、百五十n。軟膏、五十n…ふぅむ、さっぱりじゃの…」
尻尾で商品を落とさないよう気をつけながら棚を覗き込めば、値札には商品名と値段だけで、どうやって使うのかどんな効果なのかは書いておらず、これが高いのか安いのかすらよくわからない。
「やはり他の店と比べるしか無いのかのぉ」
「うちは安くはないけど効果から見れば安いよ!」
「うひゃう!」
「おぉぉお、ごめんそんなに驚くなんて思わなかった」
「気配を殺して耳元で喋られては、驚くのは仕方なかろう!」
「気配殺してるつもりはないんだけどなぁ…」
突然の声に飛び上がりはしなかったものの、口からは素っ頓狂な声が飛び出した。
見た目はワシとさして変わらない、凡庸より少しかわいいと言った感じの少女が唇を尖らせ可愛らしく拗ねる。
「ま、使い方とか知らなそうな人に教えるのも店員の努めだからね。ちょっと話を聞いてってよ。出来れば買っていってね」
口を尖らせた表情からパッと花が咲くように笑顔になると、ワシが今しがた見ていた物の説明をし始めた。
「この赤いのが傷薬、包帯とかに染み込ませて切り傷何かの箇所にあてがっていると傷の治りが早くなるよ。次にこの青いのは体力薬、こっちは飲み薬で飲むと元気になるけどしばらくしたら疲れやすくなるから気をつけてね。で、こっちの貝殻に入ってるのは軟膏で、腫れたところとかかぶれたところに塗って使うの。これも落ちないように包帯で塗った上から巻くと良いよ」
「まさかの栄養ドリンク…ふーむ、しかしワシは元々体力も多いし傷の治りも早いからのぉ…」
「えっえっ、あっ!傷薬だけどねこれを染み込ませた包帯巻いてると傷口が悪くならないよ!ほら傷ってほっておくとぐちゃぐちゃーってなるでしょあれがなくなる!」
「ふむ、消毒効果があるというわけかの。ふーむ…」
「あ、そう言えば君は何がほしいの?」
「ん? そうじゃのぉ…冒険者に登録したばかりじゃからそれに関するもの…かの」
「えっ! 冒険者なんだ、すごいね私とそんなに変わらないのに…んー冒険者なら穴を掘る道具に火打ち石に…あとはテントに調理道具、ここの薬にランタンに油って所かな?」
「ふーむ、すまぬがどれも持っておるのぉ…」
唇に指を当て、思い出しながらなのか明後日の方向を見ながら彼女が挙げた品物は、残念ながら薬以外一通りそろっている。
あと穴を掘る道具とやらは持ってないが、深く掘るような専門のものでもない限り魔手で掘ったほうが早い。
「ところで油とはランタンの燃料じゃよな?」
「うん、そうだよ。魔物の死体を焼くのにも使う事はあるけどちょっと勿体無いかな」
「マナや魔石で動くランタンなどは無いのかの?」
「ナイナイ、そんな高いもの置いてないよー。そんなのあったら売って一生遊んで暮らせるよ!」
「そ…そうかえ…」
よし、ランタンは人前で使うのやめよう…あれはワシのマナか魔石を燃料に光る魔具だ、たしかに単純な灯りとしては高価な物だが一生遊んで暮らせるほどの品ではない。
せいぜいボロ屋が一軒買える程度だ、それがこちらではそれほどの価値になるとは…仕方ないしばらくは灯りの法術で満足しておくか…。
ここでランタンを買っておくのも手だが、出来る限り出費は抑えておきたい。
最近の買い物は全て使用人にまかせていたせいで金銭感覚がバカになっている自覚もある、意識できる範囲で節約しておくことに越したことはない。
「では、この傷薬と軟膏を一つづつ貰おうかの」
「お? いいの? 怪我とかすぐ治っちゃうんでしょ?」
「この土地には来たばかりじゃからの、何の植物にかぶれたりするか分からんからのぉ…」
「ふーん、私は街から出たこと無いからそういう事はわからないなぁ」
「ま、外は危険じゃからの。安全な場所に居れるのであればそれがよかろうて」
「おばあちゃんみたいな事言うのね」
「くくく、ワシはおばあちゃんじゃからの」
「変なの、はいそれじゃ全部で三百五十nね! あ、薬瓶用のポーチは要る? 八百nだけど、薬瓶はガラスだからすぐ割れちゃうのよね」
「いや、それは必要ないのじゃ、ほれ三百五十nじゃ」
「えーっと…うん!確かに三百五十ね、まいどー」
三枚の銀貨と五枚の大銅貨を渡す、銀貨が百nで大銅貨が十n、銅貨が一nなのだが大銅貨と銅貨は大きさはほぼ一緒で、違いと言えば銅貨は円形で大銅貨は五角形となる。
銀貨にも大銀貨がありこちらは千n、さらに上に金貨、大金貨もありこちらはそれぞれ一万nと十万nとなる…らしい。
一般的に出回っているのは大銀貨までで露天などでは銀貨までが精々との事、これで手持ちは銀貨六枚に大銅貨五枚の六百五十n。
「入用になればまた来るのじゃ」
「はーい、その時はまたよろしくねー」
ニコニコと手を振る看板娘に同じく手を振りつつ袋に薬瓶を入れるふりをして腕輪へと収納する。
これで薬瓶が割れることは絶対ない。テント等の大物は…その時考えればいいか。
その後はあっちへふらふらこっちへふらふらとしていたら、ギルドへと足を向ける時は既に日が沈みかけていたのだった…。
本年は沢山の方にこのお話を読んで頂き、誠にありがとうございます。
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