211手間
冒険者ギルド内の素材買取カウンター。
その前には五人ほど並んでと言うよりたむろしており、時間がかかりそうだなと内心嘆息していた。
けれども漏れる話を聞いてみれば、どうやらこの五人は仲間のようで、それぞれ牙やら角やらをカウンターの上に置いていく。
どれだけ狩りをしたのか、続々と置かれる物の中には魔石も含まれていた。
ワシが狩った豚鬼の魔石も、出来の悪い真珠や泥団子の様にいびつに歪んでいるのだが、彼らが置いている魔石の殆どは欠けていたり、半分に割れてたり大きくひしゃげていたりしていた。
「おーおー、今回は随分と張り切ったもんだな」
「最近はどっかの村が襲われたって話も聞かないんだがな、妖精の森があるだろ? あそこの周辺でなーんか追っかけてきたのか結構な量の奴らが出張ってたのよ」
「はっ、豚鬼が蝶を追っかける子供よろしく、妖精でも追っかけてたってか?」
「さぁな、つっても何で妖精の森って言われてるかしらねーし。それにあそこは崩れかけの建物があるだけだろ」
「その崩れかけの建物の周りで妖精とやらを見かけるって話だ」
「ふーん」
買取カウンターの内側で、牙や魔石を鑑定する様に眺める白髪が混じり始めた壮年の男と冒険者の男たちは、そんな会話を交わし気安い関係なのが伺える。
これが彼らが特に仲がいいのか、誰とでもこうなのか、後者であれば色々と聞くのも悪くないだろう。
それにしても妖精とは随分と可愛らしい単語が飛び出してきた、いや…でも妖精の逸話で子供を誘拐したり人を不運にしていたりするし、そうカワイイ存在でもないのか…?
「小角鬼の角何だがな、これ全部ダメだ! ぐちゃぐちゃじゃねーかもうちょっと丁寧に狩れよ何年冒険者やってんだ、あと豚鬼の牙、これも数本ダメだな…魔石も痛みがひどすぎる」
「えー、ちっとは手心加えてくれよー俺達の仲だろー?」
「うるさい、だからこそだ! 全部で二千六百n、いつもどおり半分は分散でいいか?」
「もうちょっと色付けてくれよぉ」
「ダメだダメだ、ほらこっちはテメーらで勝手に分けな。後ろに可愛らしいお嬢ちゃんが待ってんだ、むさ苦しいおっさんどもはさっさと消えろ!」
nというのがお金の単位なのか等と考えていると、壮年の男は冒険者達の後ろに居るワシを見つけたのだろう
壮年の男はお金が入っているのか、チャリチャリと音が鳴る革袋をぞんざいに投げ渡すと、冒険者の男たちを手振りで追い払う。
冒険者の男もそもそも戯れだったのだろう、特にゴネることもなくワシをちらりと一瞥してからギルドから去っていった。
壮年の男は冒険者たちを追い払うと、元々彼らと同じ冒険者だったのであろう事を伺わせる鋭い目元をワシを見るなりわずかばかりに緩ませる。
「さてお嬢ちゃん、こんなむさ苦しいところに何の用かな?」
「買取をして欲しいのじゃが」
「ここは冒険者の人専用だよ、お嬢ちゃんだったら街の――」
「ワシも冒険者…と言ってもさっき登録したばっかりじゃがの」
ワシがここに来てからの顛末を見てなかったのだろうか、冒険者の男たちと話していたときとは全く違う声音で話しかけてきたのだが、首にかけてあるタグを見せるとぴたりと動きを止めた。
「ほんもの?」
「うむ、それで買い取ってほしいのはこれなのじゃが」
驚きで目を丸くしている男の目の前に、豚鬼の牙二本と魔石を袋から取り出しカウンターへと置く。
「これは…かなり状態がいいな、もしかしてお嬢ちゃんが狩ったのかい?」
「うむ、この街に来る途中での」
「そうか…冒険者登録する前に狩ったとなると、コレを売ったとしてもランクには関係ないけどいいかい?」
「うむ、かまわぬのじゃ」
魔石や素材とタグの討伐記録が同定されないとポイントは付与されない、恐らくそれのことを言っているのだろう。
ここでゴネたところでポイントが入るわけでもなし、そんな事よりも路銀が欲しいので否などあろうはずもない。
「そうだね、全部で三千n、これでどうだろう?」
「先程の者たちよりも随分と良い値のようじゃが…内訳を聞いても良いかの?」
先程の冒険者たちは素材や魔石の状態が良くなかったとは言え、結構な量を持ち込んでいたように見えた。
それがたった牙二本と魔石一個で軽々と買取価格を越えてきた…これは一体どういうことだろうか。
「牙が一本五百nで魔石が二千nだ、どっちも状態がいいってのが理由だ。そもそもこっちのほうが元の値段に近いんだよ、魔石や牙なんかは急所に近いからねどうしても状態が悪いものが多くなってしまう、だから状態の良いものは値段も良いんだよ」
「なるほどのぉ…」
牙は顔にくっついてるわけだし、魔石も心臓のすぐ近くにあった。
確かにこれらに気をつけつつ倒すより、先程の冒険者のように質より量だとばかりに狩ったほうが楽だろう。
何せ命がかかっているのだ多少値が下がろうとも命より高値は決して付きはしないのだから。
「今は鑑定士なんてやってるが見ての通り俺も元冒険者でな。嬢ちゃんみたいなのがどうやってこうも見事に豚鬼を仕留めたのかできれば聞かせてもらえないか? もちろん嫌なら言わなくていい、易易と出来る方法があるのなら飯のタネを奪っちまうことになるし、アホな野郎どもが無謀なことをしかねないしな」
「気遣いはありがたいが、かまわぬのじゃ。それに別段難しいことをした訳ではないしの」
「ほほう、一体どうやったんだ?」
「何簡単なことじゃ、豚鬼の首をすぱっと切り落としただけじゃ」
やはりここらの常識ではワシの様な可憐な美少女が、豚鬼を倒すというのは中々考えられないのだろう。
興味津々といった感じで顎に手を当て、身を乗り出して来たのだがワシの回答を聞くなり、まるで痛みを抑えるかのように顎に当てていた手で眉間を押さえている。
「どうやって…?」
「じゃからこう…首をすぱっとじゃの」
眉間を押さえたまま再び同じことを聞いてきたので、首の前で手を水平に振るジェスチャーも交えてワシも同じことを答える。
「嬢ちゃん…が?」
「うむ、見ておった者もおるのじゃが、彼奴らはこの街とは反対方向に行ってしもうたからのぉ…そうそう、牙と魔石が売れるというのはその者達に聞いたのじゃ」
「そりゃ随分と人の良い奴らだな。魔石はともかく牙のことを教えなきゃ、そいつらがまるまる得をしたって言うのによ」
「口ぶりからして随分と位の高そうな者達じゃったからのぉ、そういうことをする必要が無かったんではないかの」
「あー、もしかしてこうなんか豪華そうな鎧きた人たち?」
「うむ、中々にしっかりした鎧を着込んでおったの」
「そうか…いや悪かったな。獣人の女性っていうと普通はヒューマンの子供くらいの力しか無いからよ」
「ふーむ、そうなると根本的にワシとは種が違うのかのぉ…」
力が弱いのであろうとは思っていたが、まさかそれほどまでとは思っていなかった。
獣人は男女共に身体能力に優れているというのがワシらの常識だったので、よほど遠い地に来てしまったのかと嘆く他無い。
「あーところで金はどうする?」
「どうする…とは?」
「いくら預けるかとかだな」
「ふーむ、この辺りじゃと宿代は一泊どのくらいになるのかの?」
「そうだな、安宿…だと色々心配だからまともな所となると一泊飯なしで二百nくらいかな飯はだいたい一食二十n前後って所か」
三千nでは大体十日ほどで尽きる計算になる、場合によっては細々と何かを買わないとダメかもしれないしもっと短くなるだろう。
「あ、そうだ。冒険者に登録したばっかりってんなら、ギルドの部屋が借りれると思うぞ。」
「ほほう、それはありがたいが幾ら掛かるのじゃ?」
さっさと依頼か狩りをしなければと悩んでいたら、まさに渡りに舟な答えが飛んできた。
「新米だけが利用できるって訳じゃないし空いてない場合もあるが冒険者ならタダだ、但し掃除は自分でしなきゃダメだし一週間以内に期限付きの依頼を受けるか、ここに物を売りに来ないと追い出される」
「ほほう、ではワシは売りに来たし一週間は大丈夫ということかの?」
「悪いがこれも登録した後の物だけだ」
「ふむ、しかし良いことを聞いたのじゃ。ところでそれは何処に行けば借りれるのかの?」
「おう、それなら…――」
男が指差したのは当然というべきか冒険者の登録をした受付。直ぐに舞い戻る形となり少々バツの悪い思いをしながら、またもや暇そ…列が形成されていないハイエルフの受付嬢に部屋を借りる手続きをしてもらうのだった…。




