209手間
賭けの後の喧騒の中、改めて手に持った魔導器を眺める。
先程はたった一合、しかも剣同士を打ち付けただけで終わってしまった。
なので先程の戦い、実は魔導器にマナは流していない。
弾き飛ばした後にさぁ始めようかみたいな感じでマナを流し、かっこよくキメようと思っていたのが仇になった。
「ふぅむ…見た目と硬度からして鋼で出来ておるようじゃが、マナの通りやすさは粗製の鉄に劣るかもしれんのぉ…」
試しにマナを流してみると、かなり早い段階で詰まるというかそんな手応えが感じられた。
それと同時に本来刃がある部分に、何らかのものが展開されているような感じがする。
「ふむ、これが魔導器の発動状態で合っておるのかのぉ」
「そうですね、訓練用なので多少マナが少なくとも魔導器発動が練習出来るように、本来のものより簡単にはなってますが」
「ふーむ、なるほどのぉ…。しかしその少ないマナで慣れてしもうたら、本来の物を使う時に躓くのではないかの?」
「見ての通り訓練する人なんていませんから」
「新米なぞ、どこもそんなもんじゃろうの」
賭けの精算が終わったのだろう、ぞろぞろと建物に戻っていく人ばかりで。
ここに残って訓練しよう、なんて殊勝な人は居ないようだった。
「ところでじゃ…ワシの冒険者への登録は認められるのじゃろうな?」
「えぇ、まぁ…彼の膂力は有名でしたし、それを真っ向から受け止めれるだけでも十分ですから」
「ではさっさとお願いするかの」
「それでしたら、まずはギルドの規約に同意が必要ですのでご説明しますね」
淡々とこちらの反応などに関心は無い、まさにそんな感じで進められた説明をまとめるとこうだ。
・道義に悖る行為をしないこと。
・冒険者同士での過度の暴力行為の禁止、要するに喧嘩するなよ…と。
・国の法律を一層遵守すること。
これも知らないので聴いてみれば、何てことはない窃盗や傷害殺人などの禁止と王家への忠誠や税の義務などだった。
税に関しては依頼報酬や素材売却のお金から引かれるとのこと。
その他もまともな人であれば特に問題になるような規約は無かった。
ギルドに登録しようとする人の中には学のない人も居る。
だから長々と言われても理解できないだろうし、こうなったとも教えてくれた。
「では登録手続きをしますのでこちらに」
またもスタスタと歩く、見知らぬ人を追いかけるような案内で受付に戻る。
「こちらの用紙に必要事項を記入してください、文字が書けないようでしたら代筆も出来ますが」
「うん…? うむ、問題無さそうじゃ」
差し出された用紙をざっと一読すると、運の良いことに文字も同じなようで問題なく記入できそうだった。
名前、出身地と記入していき種族は獣人と書こうとしたところ、その中でも更に細かいものをと言われたので適当に狐族と書いておいた。
「うぅむ…これはどうしたものか…」
「もしかして数字がわかりませんか?」
「いや、それはわかるのじゃが…ワシ今いくつじゃったかのぉ…」
埋めれる部分からさっさと埋めていって最後に残った年齢という項目で詰まってしまった。
「産まれた巡りからの数えですよ」
「それも知っておるが…いくつ数えたかのぉとな」
「産まれた次の巡りから一つ二つとかぞえ――」
「いやいや、数え方が分からぬ訳でもないのじゃ、確かカイルの玄孫がこの間成人したと聞いた気がするが…それがいつほど前じゃったか」
寝て過ごした時期がかなり長いので、カウンターの前で必死に思い出そうと唸る。
「あっ」
「む? どうしたのじゃ?」
「もしかして長命種です?」
「うむ、そうじゃ」
「そうですか…では年齢は記入しなくていいですよ。私もその辺りよくわからないので」
「そういえばお主はハイエルフじゃったのぉ」
なんだか「そうですか」に少し感情が含まれた気もしたが直ぐに淡々とした口調にもどってしまった。
しかし、書かないでいいというのならありがたい。すでにそんなのに頓着しない歳だとは思うが。やはりはっきりと記入するのは躊躇われる。
「それでは少々お待ち下さい」
そう言ってハイエルフの受付嬢は、今しがた記入したばかりの用紙を受け取る。
そしてカウンターごしで見えないが、何やら作業をしているのか横を向いて何かしている。
しばらく待っていると「お待たせしました」と一言添えて、カウンターの上に手のひらに乗せれる程度の小さな金属板二枚を出してきた。
「こちらのタグにこの針を使って血を一滴づつ垂らしてください。それで登録は終了です」
「ふむ、わかったのじゃ」
人差し指に針を突き刺して指の腹を左右から押して血をぷくりと膨らませ、二枚のタグとやらにそれぞれ血を垂らす。
血を垂らされた何も書かれていなかった金属のタグ二枚が一瞬だけ光り、次の瞬間にはそれぞれにワシの名前がエンボス加工の様に記入されていた。
「おぉ…これは凄いのぉ」
「登録はこれで完了ですので、次にこのタグについてご説明しますね」
「うむ! うむ!」
その後、淡々と抑揚なく説明する受付嬢とは対照的に、ワシはタグをもってキラキラとした目で説明を受けるのだった…。




