208手間
スタスタと後ろを振り返ることなく歩いて行くハイエルフの受付嬢の後に着いていく。
すると程なく扉を開けた先にぐるりと周りを建物に囲まれた、少し広めの何もない公園といった感じの場所に出た。
ワシと筋肉ダルマが中庭に出るとくるりと受付嬢が振り返り、手で中庭の隅にある小屋を指し示す。
「あの小屋に訓練用の武器がありますので取ってきてください。それと今回はギルド公認の訓練という形になりますので、怪我によるギルド規約及び王国法は適用されません」
「大方予想はできるのじゃが、ギルド規約と王国法とはなんじゃ?」
「あぁ、そういえばはぐれでしたね。故意に相手を殺傷した場合罰則があるだけです、もちろん訓練ですので相手を殺害した場合は適用されますのでご注意を」
「ふむ、その辺りは手加減せんとの…」
「ほう…私を倒すどころか手加減しなければとは…」
流石に筋肉ダルマが紳士とは言え今の言葉は癪に障ったのだろう、語気が荒くなり青筋を立てている。
「それであの小屋にはどんな武器があるのじゃ?」
「はい、あの倉庫には特殊な加工が施された各種訓練用魔導器が保管されています」
「まどーきとはなんじゃ?」
「うん? お嬢さん魔導器を知らないのかい?」
ワシの言葉を聞いた途端今度は怒気を霧散させて、心底驚いたと言った感じで筋肉紳士が聞いてきた。
「うむ、さっぱりじゃ魔具は知っておるのじゃが…マナか魔石を利用する事くらいしか予想はできんの」
「魔具をご存知なのですか…はるか昔に利用されなくなった魔導器の元となったものですね、でしたら魔導器は魔具の発展した物だとご理解ください」
「なるほど、わかったのじゃ」
「ふーん、まぐが何かは知らないが分かったのなら良いか…」
そう呟いて筋肉ダルマ紳士は倉庫へと向かっていったので、ワシもその後に続き倉庫へと入る。
中には乱雑に置かれた剣、槍、斧、弓等一通りの武器が揃っていたものの、どれもこれもワシの身の丈を超えるような大きさの物しか無い。
「うーむ、これは…でかいのぉ、弓もあるのかえ中々珍しいのぉ」
「弓が珍しい? お嬢ちゃんの体格じゃどれも扱えないだろ、今から止めたって良いんだぞ。男じゃないんだここで止めたって恥にはならない、むしろ当たり前のことだ」
「いや大丈夫じゃよ、それにしても刃引きにしてもちとやり過ぎでは無いかのぉ」
弓を除く全ての刃がある武器は刃の先が丸まっているどころかすっかりと切り落とされた様になっている。
「ん? これは魔導器であれば当たり前だぞ? マナで刃を形成するんだ」
「ほう! それは凄いの! その技術欲しいのぉ」
必要以上に刃が潰されている様に見える以外は普通の鋼の武器と言った感じなのに、そんな凄いギミックがあるとは。
もしかしたら帰り着いた頃には同じような技術が発展している可能性もあるが、お土産として是非欲しい。
「残念ながら魔導器作成の技術は、魔導器職人及び鍛冶師によって全て秘匿されています」
「む、そうか。それは残念じゃのぉ」
当たり前と言えば当たり前の事だが、いつの間にか後ろに来てた受付嬢にそう言われて項垂れる。
「そんな事よりさっさと武器を決めよう、デートの時間が短くなってしまう」
「既にワシに勝つつもりとは小僧、豪気な奴よのぉ」
そう言うと筋肉ダルマはさっさと巨大な両手剣、漫画に出てきそうな幅広肉厚な物を手にしてさっさと倉庫を出ていってしまった。
ワシは置いてある武具で一番短いが、それでもワシの身の丈とほぼ同じくらいの鍔の無い無骨な剣を手に後を追う。
「ほう、流石に持ち上げるだけの筋力はあるか。しかし! 持ち上げるだけと使いこなせるかは別問題だ!」
「ちといつものよりは長いが、この程度問題ないのじゃ」
ブンッと風を斬る音を響かせて筋肉ダルマが両手剣を正眼に構える。
ワシもそれなりの距離を取って同じく正眼に構える。
「その訓練用魔導器では、発動させて攻撃された時に実際に斬られたのと同じ痛みを感じますがダメージはありません。魔導器本体が当たった場合は同じ大きさの木剣と同程度の威力まで減じられますが、当たりどころによっては死亡する場合があるので気をつけてください」
受付嬢が内容の割に淡々と説明している間にも、勝負の話を聞きつけた輩がやいのやいのと囃し立てている。
周りの建物の窓からも、何事かとこちらを見ている人たちの視線を感じる。
「あいつはバカだけど強いからなー」
「賭けるならやっぱ分が悪い方でなきゃ」
いつの間にやら野次馬たちにより何やら賭け事が始まってしまったが、意外なことにワシに賭けているやつも居るようだ。
「ふふん、ワシに賭けた奴には儲けさせてやるかの」
「いくぞ!」
特に開始の合図も無かったが律儀なことに声をかけてから筋肉ダルマが突っ込んできた。
一足では到底間合いに入れぬ距離を取っていたにも関わらず、その巨躯に見合わぬ俊敏さで一気に間合いへ。
そして、その巨躯に見合ったまさに突進と言うにふさわしい圧力そのままに剣を振り下ろされ、金属と金属がぶつかる激しい音を響かせる。
「中々の圧力じゃが…それだけっ!! じゃな!!」
「なっ!」
剣を正眼から横に倒して振り下ろされた剣を受け止めると、そのまま力任せに振り抜いて筋肉ダルマごと吹き飛ばす。
下から上へと振り抜いたソレは筋肉ダルマを楽々と浮かび上がらせ、山なりに飛び地面へと落ちると二転三転と転がる。
その勢いは剣が弾かれても大丈夫なよう、十分距離を取っていた野次馬達にぶつかり漸く止まる。
「立つ気があるならまだ相手になるが…まだやるかの?」
「いや…いい…完全に力で押し負けた、違うな…押し負けたどころじゃない歯牙にも掛けられなかった…」
剣は転がっている内に既に手放してしまい、よろよろと立ち上がった男はぼそりとつぶやくと、肩を落とした見た目以上に小さく見えるほど落ち込み、とぼとぼとギルドの方へと戻っていった。
「うーむ、ちとやりすぎたかのぉ…」
ギルドの中庭では、そんなワシの呟きが掻き消えるほどの、ワシに賭けた一部の者の歓喜の叫びと男に賭けた者の嘆きが響き渡るのだった…。




