206手間
今にも跳ね出しそうな雰囲気のワシに、微笑ましそうに手を振る番兵に見送られ門を潜る。
何せ人と馬など動物の匂いや何かを焼いている香りに混じり、この世界に来て初めて感じる匂いが風に流れてくる。
それに門の不思議な形状のせいで、列に並んでいる間は街中が見えなかったのもあり期待が高まる。
殆どの城門だけで無く入り口であれば壁に対して垂直に穴が開いているのが普通だろう。
だがここはまるで掛け違えたボタンの様に、門を挟んで壁と壁がずれている。
掛け違えズレた壁と壁を繋ぐように門がある。要するに門をまっすぐ出入りすれば必ず壁と平行に歩くようになる構造となっている。
そんな門を潜れば地面が全て石畳で覆われた広場へと出た。
そこには沢山の人や馬、馬車がひしめき合っていた。
荷馬車へと物をせっせと積み込む人、逆に荷を降ろし街中用か小さな荷車へと載せ替えている人達。
交渉かはたまた言い争いか、喧々囂々している人達。
ここだけを見回しても、大柄な人、小柄な人、ヒューマン、獣人様々な人達が居るのが分かる。
「うむうむ、この街が発展しておる証拠じゃのぉ…」
今度は街を眺めようと広場の端へと移動する。
タタタタと足取り軽く走る様は、端から見れば観光地に来た子供のようだったであろう。
実は最初に会った姫騎士と愉快な仲間たちから、この街は斜面に造られていて門はその一番上にあると聞いていた。
なのでこの広場からは街の姿が一望できるという訳だ。
「お…おぉ……おぉぉぉ…―」
ぶつからんばかりの勢いで、広場の端から人やものが落ちないための欄干に身を乗り上げる。
斜面に造られたと言われていたのでこじんまりとした街を予想していた。
だが予想に反し緩やかな斜面は遠くまで続き、そこには所狭しと白い壁に赤レンガの屋根が立ち並びまさに絶景としか表現できない。
そしてその斜面に立ち並ぶ家々の先…先程から感じていたこの世界に来てからは、初めての匂いの正体に思わず声をあげる。
「海じゃあーー!」
そこにはまるで磨き上げたラピスラズリの様に、陽光に煌めく鮮やかな瑠璃色の海が広がっていた。
さらにその瑠璃色のビロードの上には、まるでどこぞの修道院を大きくしたかのような、海の上に佇む白亜の城砦がその存在感を放っている。
「ははは、気持ちは分かるけど、それ以上乗り出したら危ないよ」
身を乗り出すように欄干から街を眺めていたらそんな風に怒られてしまったので、大人しく欄干から降りて声の主に振り返る。
そこには身の丈より少し長い槍を担いだ、門にいた番兵と同じ鎧を着込んだ人が立っていた。
「おぉ、すまぬのぉ…この景色についついはしゃいでしもうたわ」
「ははは、自分もこの街の生まれじゃないからね。初めてきた時は同じ様に注意されたものさ」
落ちてもワシであれば怪我一つ無い程度の高さではあるが、ここでムキになっても大人げない。
なので今度は大人しく見ようと思い街の方へ向き直ろうとして、そうだそうだと手を叩く。
「のう、この街の施設について詳しいかの?」
「もちろん、この街の兵だからね」
「それでは冒険者ギルドは何処に有るか知っておるかの?」
「冒険者ギルド? 依頼にでも行くのかい?」
やはり剣を佩いているとはいえ、ワシの見た目では登録に行くとは思われないのかそんな風に聞かれた。
「そんなところじゃの」
「そっか…それならそこから見える大通りを――」
ここで違うと言っても意味のない事なので、適当に話を合わせて道を聞き早速行こうと手を降って別れを告げ、ギルドへと向かうことにした。
と言ってもまだ日は高いし折角なので、もちろん知らない場所なので教えられた道からは外れないが辺りをキョロキョロしながら歩く。
白壁の家々の窓にはガラスが嵌り、今日は天気だからか開け放たれた雨戸に窓枠に飾られた色とりどりの花が街を飾っている。
小型の馬車や人々が行き交う道は綺麗に舗装され通りには宝石、織物、魚に野菜様々な物を扱う露天が立ち並び、所々いい匂いを漂わせるお店もあったが今は無一文なのが辛い。
匂いを振り切るように、早足で歩きながらも街を眺める事だけは止めない。
そして漸くたどり着いた冒険者ギルド、周りの家より一回り以上大きな三階建の建物。
その重厚そうな扉を勢い良く開くのだった…。
メリークリスマス!
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