205手間
魔物とは一種の毒だ。
穢れという名の毒素が行き着く生物濃縮の果て。
もしくは運悪く毒沼に落ちたモノの末路。
魔物とは害獣であり災害。
その成り立ち自体はファンタジーではあるのだが。
その存在そのものはごく当たり前のモノの延長だ。
だがこの辺りの魔物と呼ばれるものは違うらしい。
そも穢れと言うもの自体が、ここの人にとってはそこまで馴染みの無いものだというのだ。
森の奥深く、峻険な山々の影、そんな人が寄り付かぬ場所にこそ穢れがあるのだと…。
故に魔物の定義そのものが違ってきていた。
定番の豚鬼に始まり、小角鬼、粘塊等など。
人々に敵対的なモノたちの一部を魔物と呼んでいる。
しかし、一番の違いは彼らに生態が有るということだろう。
豚鬼や小角鬼はよく聞く方法で繁殖するし巣と呼ぶ集落を作って暮らす。
粘塊も取り込んだマナで分裂して数を増やし屍肉を食らい、時折人を襲う。
そんなかの姫騎士団に教えてもらったことを反芻しながら、今は街へと入る列へと並んでいる。
だが色々と考えていたのにまだワシの前には人が沢山いる。街に入るにはもう暫く掛かるだろう。
そしてその列の中には獣人もそれなりの数が見える、こっちでは獣人はそこまで珍しくはないのだろうか…。
「しっかしどうしたものかのぉ…」
鋸壁に銃眼が備えられた城塞の壁といった趣の防壁を眺めながら思わず独り言が漏れるのも仕方がない、今までの常識とは全く違うことを教えてもらったのだから。
初めは異世界に飛ばされたのかと思い頭を抱えたが、冷静になってみれば言葉も通じるし呼吸も出来る、何よりマナを感じる。
世界が広いことを知っている身とすれば、あの世界樹が見える範囲が世界の全てとは思わない、それの外まで飛ばされたのだと納得するしか無かった。
色々教えられた常識と違うとこはあるが、そこはあの女神さまの担当外だったのだろう…という事にしておく、神様だって一人? 一柱? じゃ色々大変だろうし。
けれどもそんな詮無いことよりも、まずはこれからどうするかだと頭を切り替える。
方針としてはここが何処かを調べる事、それからどうにかして帰る方法を模索せねばならない。
適当に歩き出して正反対の方向に向かったら、それこそ目も当てられない。
今のところ分かっているのは、ここが今までと全く違う場所であるということ。
そしてどれほど昔かは分からないが、かつては多少なりとも行き来が出来ていたということ。
これはかなり確信を持って言える、なれば帰る方法もかならずあるのだと。
何せ転送装置がここにつながっていたのだ、仮に人を送るものではなかったとしても…だ。
あれは明らかにランダムな場所に飛ばすものでは無く、しかも片方が壊れていたとは言え双方向だったように思える。
橋をかけるなら対岸にまずロープなりを渡さなければならない、詰まるところそういう事なのだ。
そしてその為にまず何よりも生活していかねばならない。
最悪カイルやライラには悪いが定住する事になったとしてもだ…最低限の生活基盤と言うものは確保しておかねば…。
焦って実りを収穫したところで、手に入れられるものは微々たる物なのだから。
「お嬢ちゃん、どこから来たのかな?」
「お里からじゃ」
「はぐれか…じゃあ袋の中とその剣を見せてもらってもいいかな?」
「うむ」
今後の方針をあれこれ考えている内に、検問の長い列ではやっとこさワシの番が回ってきた。
番兵は定型文ではありながらも、見た目は幼い少女のワシへ優しげに声をかけてくる。
「これは…見事な剣だな、袋の中身も衣服に食べ物、おぉ凄いな豚鬼の牙と…これはそれの魔石か…お金はあるのかな?」
こちらの魔物とワシが今まで倒してきた魔物の共通点、それは魔石が体内にあるということ。
そして普通の害獣と魔物の違いはこの魔石があるかどうかだ、でないと敵対的な生き物は全て魔物になってしまう。
「無一文じゃの」
「うーん……よし、おーいちょっと来てくれ、はぐれの子が居るんだが話を聞いてやってくれないか」
収納の腕輪がどういう扱いになるのかわからないので、最低限の備えを入れた袋を剣とは反対側の腰へとぶら下げてその中身を番兵へと見せたのだ。
しかし、その中にはお金やそれを入れる小袋などはない、当たり前だがここの貨幣など持っているわけがない。
運良く言葉は通じているがそれ以外も共通であるとは限らない、腕輪の中には小国の主と言っても過言ではないほどの金貨が入っている。
貨幣としての価値はなくとも美術品、何よりも金そのものの価値が変わるわけではない、もちろんここでも金の価値が高ければの話だが。
本来であれば明らかに豪奢な剣を持っているのに無一文なぞ怪しいことこの上ない。
さすがに検問中にワシ一人、長く時間を取られるわけにもいかないのか、他の番兵を呼んで壁の中にあるらしい控えの部屋へと通された。
だが何時の世も美少女というのはお得なのだ。その時の対応や声音から怪しいから連行しているというよりも、心配だから連れて行ってると言ったものが感じられる。
これがおっさんであれば、すわ間者か落人かと誰何されるに違いない。
「改めて聞くけど、どうしてこの街に来たのかな?」
「さっきも言ったのじゃが無一文でのぉ…それでこの街は商売以外では入るのに税を取らぬと聞いたのでの。それでじゃ、この街でなんぞ働き口でもと思うてのぉ…」
「はー…その歳でしっかりしてるねぇ…うちの娘にも見習わせたいよ。獣人の子となると…酒場か宿屋か、何か得意なことはあるかい?」
「そうじゃの、魔物狩りなら得意じゃの」
「えっ?」
「む? その袋に入っておる豚鬼の牙と魔石はワシが狩ったものじゃよ」
これもあの姫騎士隊に聞いたことなのだが、魔石以外にも豚鬼であれば牙が焼いて砕いて磨き粉に、小角鬼の角は煎じて風邪薬などに使われるから買い取ってもらえるそうだ。
向こうの魔物も偶に素材を落とすが、それは全て魔具の触媒としてしか使いみちが無かった。
「本当に…? 女の子なのにかい?」
「うん? 獣人であれば女子であろうとヒューマンの男よりも強かろう?」
「いやいや、そんなわけないよ。獣人の女の子はあー何ていうの? かなりカワイイかわりに弱いのは常識だよ。強いのは男の方だねアイツラ筋骨隆々でねぇ…羨ましい限りだよ。女の子もそういう奴の方が好みらしくてね、ったくカワイイ子が多いのにクソッ」
新たな新常識に驚いたので、後半の愚痴は聞こえなかったことにしよう。
「そ…そうなのかえ…ワシの里ではそうじゃったんじゃがのぉ…」
「あぁ、そうか。君ははぐれだったね。言葉も古めかしい感じがするし新しいとこかな…」
「うむ…まぁ、そんなとこかの…」
はぐれとは…まぁ単純に文字通りの獣人の集団からはぐれた者たち。
獣人の集団ではないが、その中からこんな所まではぐれて来たのだし嘘はついてない。
「うーん、腕に自信があるのなら、冒険者ギルドに行けば身分証も素材や魔石の買い取りもやってると思うけど…似たような年頃の娘を持つ身としては、酒場なんかの街中の安全な場所で働いてほしいかなぁ…」
「昔から狩りの方が得意じゃったからの、何の問題もないのじゃ!」
やたら親切だと思ったら、ワシの見た目年齢と同じくらいの子供が居たのか…。
彼の親切心を無駄にする形になるが、やはりある程度自由に動ける仕事であるほうが望ましいから仕方がない。
それに冒険者ギルドとかちょっとワクワクする、テンプレとかあるのだろうか…。
「まぁ、本人が言うなら仕方ないか……。よし…それじゃ冒険者ギルドの場所は…そうだね」
諦めたかの様にため息をつくと、今度は冒険者ギルドとやらの場所を言うために一呼吸置いて何かを思い出したのかニヤリとする。
「この街に来るのは初めてだったよね? この街の事は誰かに聞いてるかい?」
「うん? いや場所と街に入るに税が要らぬくらいしか聞いてはおらぬの」
「そう、じゃあ自分が言っちゃうのはいけないね。冒険者ギルドの場所は街の中を巡回してる、自分と同じ鎧を来た人に聞きなさい」
「ふむ…わかったのじゃ」
恐らく冒険者ギルドへ行く途中かそのものか、この街の名物となるような建物とかがあるのだろう。
たしかにそれは知って見るより知らずに見たほうが良さそうだ。ニヤリとしているがそれは実に人が良さそうは笑み。
ワシのまだ見ぬ反応を想像してそんな顔になっているのなら期待できそうだと、手を振る番兵に別れを告げてやっとこさ街に入るのだった…。




