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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いを新たな場所で
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202手間

 坑道を支えるために建てられた支柱にぶら下がるカンテラの光。

 その下を時折晶石を満載したトロッコを押して、外に向かう鉱夫とすれ違いながら奥へと進む。

 ギルド長へとワシが初めてここに来た時のこの場所の様子を語るとともに、同時に今のここの事を聞く。


「整備されて随分と歩きやすくなっておるのはいいのじゃが、カンテラの位置がなんぞ高くないかの? 燃料を入れるのに不便ではないかえ?」


「おぉ、そこに注目されるとは…さすが民の事を思って学習院を開いてくださったセルカ様です」


 登り下りがし易いよう階段状に整備された洞窟は、大掛かりな道具などを入れる為なのか、記憶にあるよりも随分と天井が高くなっている。

 その高い天井にカンテラがぶら下がっているのだが、棒などを使わないと届かないほど高い位置にある。

 なので燃料などを入れたりするのに不便ではないかという単純な疑問だったのだが、何故かこういう事を聞く度に大仰に褒められる。

 悪意を持っていっているわけではないので、精々ワシがむず痒い程度な事だが少々居心地が悪い。


「実はこの坑道で使われているカンテラは最新式の魔具でして、なんと遂に遺物と同じ様に周囲のマナを利用することが可能になったのです!」


「おぉ、それはすごいのじゃ、カイルは知っておったのかえ?」


「いえ、僕も最近はその手のことは他の人に任せてたので」


「えぇまぁ…といっても実はある意味欠陥品ではあるので、ここ以外では使いようがないのです」


「ふむ、この手の恒久的に使うようなものであれば、どこでも引く手あまたじゃと思うのじゃが」


「機構も単純で故障率も低く部品などの交換は殆ど必要なく、さらに周囲のマナを利用するので魔石などを入れる手間もありません」


「ふむ、それだけ聞くと欠陥品とはとても思えんのぉ」


「えぇ、ですがこのようなマナの濃い場所でないとそもそも使えんのですよ、それに任意に点灯消灯も切り替えれない…蓋や覆いなどで無理矢理光を出さないようにしたり、マナが濃い場所から移動させることで消すことは出来ますが…」


「ふむ…点いたら点きっぱなし、勝手に周囲のマナを吸い取ってしまうというわけかえ」


「えぇ、まさにその通りです」


 確かにカンテラという光を出すだけ、しかも坑道という暗い場所だからこそ実害はない。

 だがこれが火や水を出すものだったら一気にやばくなる。

 マナが濃い地域限定とは言え、火がつきっぱなしのコンロなぞ怖くておちおち目も離せられないし、水が湧きっぱなしの水瓶なぞあっという間に辺り一面水浸しだ。

 実に夢のある技術だが実用化には程遠いだろう、だが今後が楽しみだ。


「ま、この手のものは急いても仕様がない事じゃ、のんびりとやることじゃの」


「はい、そのお言葉しかと伝えておきます」


 その後も現地に着くまで色々と当時の事を思い出せる限り話しておいた。

 ワシにとっては何気ない思い出話でも彼らに取っては貴重な話だったのだろう。

 一語一句漏らさぬとばかりに耳を傾けていた。その輪の中にカイルとライラも居たのには笑ったが…。


「他の方々にもお会いしたかったですなぁ…」


「流石にそれはのぉ…お主らが産まれる随分と前の話しじゃからの」


「えぇ…得てして本の中のお話は随分と昔の話ばかりですからな、人気だからこそ昔から読まれ続けているという事でもありますが…」


「ワシとしては日記を読まれておる様で恥ずかしいがのぉ…」


「ははは、たしかにその辺りは知らぬほうが良いでしょうな…っとそろそろ例の扉です」


 比較的最近掘られ始めたという坑道に入ってしばし歩くと遂にその扉が姿を見せる。


「確かに…これは昔見た扉と同じものじゃの…」


「おぉ…やはりそうでしたか…そんなものをこの目で見られるとは着いて来て正解でした」


 何でギルド長自ら来たんだろうと思ってたがそんな理由だったか。

 しかし、黒曜石の様な黒い扉に直線的な幾何学模様、紛うこと無くでかいスライムが居た所と同じ系統の場所だろう。


「あそこと同じであれば簡単に開くはずじゃ、中から急にマナが溢れてもいかん。お主らはちとさがっておれ」


「わかりました…危なくなったらセルカ様も迷わず御下りください」


「わかっておる…」


 カイルやライラ達が十分下がったのを確認すると扉に手を触れる。

 途端触れた箇所から波紋の様に蒼い光が広がり、重い音を立てて扉が開く…。


「ふむ…」


「おぉぉお」


 今まで何をしても開かなかった扉が開いたからであろう。

 後ろから感嘆の声が聞こえるが、それに応えるよりも今は中の安全確認が優先だ。


「中を見る、お主らはまだしばらくそこで待機じゃ」


「わかりました」


 ほぼ直線のこの坑道で離れてどうこうなるとも思わないが、マナが中から溢れてきても多少は効果があるだろう。

 何があっても大丈夫なように剣を佩いて、右手を魔手にして扉の中へと足を踏み入れる。

 真っ暗だがカツンカツンと響く足音からそう広い部屋ではなく事はわかる。

 そうやって少し部屋の中に踏み込むと、突然足元が光はじめ部屋を照らし始めた。


「む! むぅ光っただけかえ…まだ来んでよい!」


 ワシの声と光に驚いたのかカイルとライラ達が駆け寄ろうとする気配がしたがそれを声で制する。


「光っただけじゃがまだ何が起こるかわからんからのぉ…しばし中の様子をワシが見るから待っておるのじゃ」


 今度は返事を聞かず、ウロウロと部屋の中を見て回る。

 部屋の中全て黒曜石の様な光沢のある石で造られ、床一面扉と同じ様に幾何学模様がびっしりと彫り込まれていた。

 どうやら光はこの幾何学模様が生み出しているようで、若干胎動するかのように光が揺らめいている。

 一通り部屋を見て回ると、あえて残しておいた一際強く光っている部屋の中央へと向かう。


「ふむ…これは転送装置…かの」


「転送装置ですか?」


「うむ、登録する為の石碑や柱こそ無いものの似ておるの」


 言いつけを守らず部屋の前まで来ているものの、律儀に扉の前からワシの独り言にカイルが聞き返してきた。


「では、扉も開くことが分かりましたし一度帰って専門家を連れてきましょうか」


「うむ、そうじゃの…色々知っておるものがおった方がよかろ――」


 部屋を出ようと踵を返した瞬間、まるで目覚めたかのように壁にまで幾何学模様の蒼い光の線が伸びていく。


「母様! 入り口が!!」


 カイルが必死に開いている(・・・・・)扉の前で、まるでパントマイムの様に何もない空間を叩いている。


「結界かえ! そんなものワシの魔手にかかればっ!?」


 ぐっと足を蹴り出しもう一歩地面をと足を踏み出せば、その足は空を切りその勢いそのままに空中でくるくると回転してしまう。


「なっなんじゃこれは!」


「母様! 母様!」


「かー様!!」


「セルカ様!」


 まるで無重力になったかのようにふわりふわりと宙に浮き、じたばたともがくがわずかばかりに動くだけで床にも天井にも届きそうにない。


「仕方ない! お主らは早う逃げるのじゃ! 急ぎ鉱夫も避難させ安全が確保されるまで封鎖するのじゃ!」


「母様は!」


「見ての通りどうも前にも後ろにも進めぬ! ワシの事は良いからお主らだけでも逃げるのじゃ!」


「けど!!」


「えぇい、いい歳して我儘を言うでない! ワシはそう簡単にくたばらぬ! それに万が一あろうと十分生きた! カイルにライラや、お主らも未練と呼ぶには無理があるほど十分立派に育ってくれた」


「でも…でも…」


 カイルが必死に叫び、ライラもまるで赤子に戻ったようにボロボロと泣いている。

 それだけ想ってくれているだけで、ワシには十分すぎるほどよく出来た子たちだ…。


「これは転送装置じゃから何処かに飛ばされるだけじゃろう、ここで死ぬわけではないのじゃ。まぁ、帰ってきて家がありませんでしたは嫌じゃからの…ワシと同じ名の子が産まれぬ限りは…一室くらい開けておいて欲しいかの」


 似ているだけでそうだとは限らないが…まぁ、変なところに飛ばされない限りは大丈夫だろう。

 ダンジョンにあるものと同じならば転送先に何かあれば飛ばされないはずだし…。


「わかり…まし…た…」


「どれだけ時間がかかろうとも必ず帰ってくるからの」


「は…はは…セルカ様の冒険譚がまた増えてしまいますな、それを読むこと叶わないのは残念ではありますが…」


「ふふ、意外と近くに飛ばされるだけかもしれんし、何も起こらぬ可能性もあるがの」


「それも笑い話となりましょう」


 カッコつけたことを言っているが、先程からまるで大渦の中に放り込まれた様に部屋の中をぐるぐると回っている。

 それもだんだんと中央へと引き寄せられるように…恐らく完全に中央に達したら何かが起こるだろう…。


「かー様! 私はちゃんと待ってるからね!」


「僕も…そ…そうだ!」


「む? カイルやどうしたのじゃ」


「父様! 父様からの伝言が!!!」


「なっ!! カルンからのじゃと!!」


 渦の動きが段々と早くなってきた頃そんな事を突然カイルが叫んだ。


「えっと…『セルカ、僕の事はいいから気にしないで』と…!」


「なん…じゃ…それは…」


「かあさま――!!!」


 まるで別れは済ませたなとばかりにカイルの叫びを遮って扉が閉まる。

 そしてカイルの伝えてくれた伝言は、確かにカイルの自身の声だったが、まるでカルンに言われているような気がした。


「なんじゃ…ほんに何じゃそれは…そんな事ワシに直接言えばよかろう…?」


 渦の流れに身を任せ、流れる涙の跡が蒼い光に照らされて夜空に瞬く星の様に輝く。


「最期まで…その一瞬まで側におったろう…なんで…なんでそんな事ぐらい直接言ってくれんかったのじゃ…」


 部屋の中はもう目すら開けれぬ程に光が満ちている。


「カッコつけたつもりかえ…バカじゃ…大馬鹿じゃ…そんな事せずともカルン…お主は……――」


 真っ白な光の中手を伸ばす…。

 再び暗闇へと戻った部屋の中、光の残滓だけが誰にも見られること無くキラキラと舞い、床に触れる前に溶けて消えていった…。

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[気になる点] 誤記:ではない 真っ暗だがカツンカツンと響く足音からそう広い部屋ではなく事はわかる。
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