それからのワシら
重厚な飴色の机の上に置かれた書類たち。
その最後の一枚にサインを書き終えてぐっと伸びをする。
もう慣れきったとは言え、やはり一日中の座り仕事は体中がガチガチになっていけない。
革張りの豪華な椅子に思いっきりもたれ掛かって眠りたい所だが…まだ一仕事ある。
拳程の厚さにまでなっている書類の束。
それとは別にしてある、幾つかの書類を取り出し内容を今一度確認する。
「うむ、不備は…無さそうじゃの」
確認した書類からくるくると丸めて紐で縛り留めていく。
分けてあった書類をすべて丸め終え、左手の人差し指にはめている指輪を外し机の引き出しから赤い蝋燭を取り出す。
蝋燭に火を点け溶け出した蝋を書類を留めている紐の結び目にゆっくりと垂らす。
そこに外した指輪の少し厚くなり、豪華な彫りが入っている面を押し付ける。
しっかりと蝋が固まったのを確かめると、それぞれに宛先を書いて一纏めにしておく。
今したのは封蝋という奴だ。手紙などにしてあるオシャレなアレ、指輪はそれ用のシグネットリングと呼ばれるもの。
「よし、これで終わりじゃの」
指輪を嵌め直し封蝋の道具を片付けると使用人を呼びつける。
書類の束と封蝋をした手紙をそれぞれ渡し使用人が部屋を退出すると、漸く人心地ついたと椅子に体を預ける。
ワシらが西多領から帰ってきてから巡り巡って十以上を数える。
その間ずっと忙しくハンター稼業は完全にお休みだ。
もちろん連日連夜休みという訳でも無いので、やろうと思えばできたのだがその許可が下りなかったのだ。
「これもすべてカイルのせいじゃ! あぁ…ワシの家族四人でハンターをする夢がぁ…」
と言うのもワシらが帰ってきた直後。
お父様への報告の時に折角だからと家族全員で食事をした時にカイルが口走った事がすべての発端だ。
あらかた食べ終え食後のお茶を飲みつつのんびりといった頃。
お父様が王と国なるものに興味を示しどんなものかと聞いてきたのだ。
それに対しワシは里に伝わる昔話として軽く君主制に付いて説明した。
当時のカカルニア領はふんわりとした地方分権の形をとっていた。
なので何か領全体で物事を決めるとなるといちいち領内全ての貴族に話を聞かないといけない。
お父様は有事の際に中央集権が出来ているのは便利そうだが、ある意味権力を取り上げられる形となる地方の貴族が賛成すまい。
だから現状では無理だろうと話はそこで終わるはずだった。
そこでカイルがこう言ってしまったのだ、「だったら爵位をあげたら?」と…。
カイルも精々公爵、侯爵、伯爵、子爵と呼び名を知っている程度だったのだがそれを聞いてお父様が閃いてしまった。
爵位を上げるついでに当主を自分と同じ様に襲名制にすればいいんじゃないか…。
つまりカルンを公爵とした場合、カルン公爵となるのは当然だがそのまま。
だがその子カイルが当主になったら、今度はカイルがカルン公爵を名乗ることになる。
この世界の人に取って名前とは女神様からの祝福であり頂いたもの。
自分の名前が後世へと受け継がれるというのはこれ以上無い誉れ。
だから中央集権にする餌としては一も二もなく飛びついてくるだろう。
それの為の色々な手回しをするため、当然言い出しっぺのワシら家族も駆り出される事となった。
カイルとライラは成人前なので、そのままアレックスらとハンター稼業へ。
君主制と爵位を制定する前はそれの準備に忙しく。
制定した後は明確な責任が出来たからとハンター稼業は封印。
幸い二等級と言うのは箔付けにちょうど良かったので引退はさせられなかったが。
斯くしてお父様は初代カカルニア王に、ケイルお兄様は王太子に。
セイルお兄様は王位継承権第二位のセイル王子に。
すでに結婚して子供もいるカルンは臣籍降下してカルン公爵に。
カカルニアの街に居る貴族たちには侯爵を。
その他の町を統める貴族は伯爵を伯爵を補佐している貴族は子爵となった。
なんか王位継承権って聞くとお家騒動が起きそうな気がするけど、そのときはワシが出張ればいい。
「とは言え西が何かしてきた時に即決即断出来るのは強みじゃからのぉ…」
もう一度伸びをして椅子からやおら立ち上がる。
締め切っていたカーテンを開きガラス窓から見える街の景色に目を細める。
「それに…この街がもっと良くなるのを見てみたくなったしの」
カカルニアの街はあれから更に発展した。
二重だった街は更に外周へと伸び三重に、裏路地以外の全ての道は石で舗装され専用の乗り合い馬車が行き交うように。
産業もまだまだ高価とは言え紙が量産できるようになり、本が富裕層限定ではあるものの実用書以外も出回るように。
ワシがいま外を見ている窓の様にこれもまだ高価だがガラスが作れるようにもなった。
このガラスの原料がワシの名を冠するセルカ坑道から採掘されることが分かり、それもこの街の発展に寄与している。
そのためセルカ坑道からのお金は、正直個人では絶対に使い切れないほど入ってくるようになり。
お金を腐らしてはならないと、その殆どを街の発展と学習院の資金として運用している。
「公爵夫人と呼ばれるのは中々気味が良いのじゃが…そろそろのんびりする為にもカイルに家を継ぐ用意をしてもらおうかのぉ…」
カルンもまだまだ元気だし当主の座を譲る気はさらさら無さそうだが、普通は成人したら家を継ぐ勉強をする。
なのでまだハンターに専念してるカイルは十分自由を満喫したはずだろう。
決して自分がハンターの仕事が出来ないから、カイルを巻き込もうとかそういう意図では決して無い決して無いのだ…。




