そのころのあいつ
カカルニアの西、かつて俺とセルカ達で向かった洞窟…今はセルカ坑道と呼ばれる場所がある森の中。
随分と昔な気がするが…えーっと大体二十くらい巡りが前の事か…そりゃ俺も結婚して娘ができてってなるか…。
何でそんな事を思い出してるかって言うと、目の前にその原因が居るからだ。
セルカと洞窟の時には居なかったが何の因果か面倒見ることになったカルン、その二人の子供が居る。
そういや今の嫁さん助けたのもこの森だっけ…いや東だったかな…? あぁ、早く帰って娘の顔がみてぇ。
っといけねぇいけねぇ、ちゃんと二人を見ておかないとな。
正直二人の動き自体は三等級に匹敵するほどだ、流石カルンとセルカの子供ってわけか。
二人は世にも珍しい双子な上に二人共宝珠持ちで、兄のカイルは魔法も技も使えるトンデモっぷりだ。
妹のライラも魔法の威力に関しちゃピカイチだ。ちょいと制御が甘いが俺は魔法使えないしその辺りは知らん。
二人はついこの間ハンターになったばかりだと言うのに、狼の魔獣の群れ相手に全く引けを取らない。
カルンとセルカから手ほどきを受けていたとは言え、やっぱすげぇやつの子供はすげぇって事か。
ふむ…しかしカイルの踏み込みは、ハンターを始めたばかりに比べれば改善されたもののまだちょっと及び腰だな。
太刀筋もまだ迷いと言うか自信なさげなのが伝わってくる。この辺りは昔のカルンそっくりだな。
セルカが帰ってくる前にそのへん改善させておきたいな、自信が無いってのはいざって時の判断に響く。
自分たちのほうが大変なとこへ行こうとしてるのに、二人を心配する顔は母の顔だった。
「見た目は自分の娘と変わらねぇのになぁ…」
「ねーおじさーん、火の魔法でどーんってしちゃだめ?」
「ダメだダメだ。森を焼く気か!」
「ぶー中々当たんないー」
「奴らの見てる先に撃て、進路を予測するんだ」
「うへーい」
流石双子か息ピッタリでライラの下へカイルが狼を寄せ付けてはいないのだが、ライラの魔法は中々狼に当たってはいない。
すぐにゴリ押ししたがるのはこれはアレだな、セルカ譲りだな…。
魔法のアドバイスならインディの方が良いんだが今日は居ないんだよな…。
新米にベテランが着くのは常なんだが、新米数人につきベテラン一人が基本だ。
特別扱いはダメという事で交代で付いてるのだが、後でインディに上手い魔法の当て方を教えてやるよう…いやダメだな。
アイツは見せてそれで覚えろってタイプだしな…よくよく考えると俺の周りは変な奴ばっかりだ…。
「はぁ…娘で癒やされたい」
ため息とともに思わず願望が口から漏れ出す。
抱きしめてぷにぷにほっぺに頬ずりしたい…しかし何時か娘もハンターになりたがるんだろうか。
娘が宝珠持ちだとわかったときはホッとしたものだが、直ぐにそれが悩みとして浮かんできた。
宝珠持ちってのは普通の二倍三倍は長生きする、俺もハンター歴は長いから何度も子持ちのハンターが、自分より先に老衰する子供を見て嘆く背中を慰めたことか。
一応宝珠持ち同士だと子供も宝珠持ちになる可能性は高いのだが絶対じゃない。だから俺も我が子が産まれてくるまではかなりヒヤヒヤしたものだが…。
そういやセルカがその事で悩んだりしたって聞いたことはないな…本人が言わずともカルンがその辺り相談しに来そうなもんだが…。
あぁ…そうか…そうだった…セルカはめちゃくちゃ長生きする種だった…そんな事は当たり前なのか…。
まったくカルンも難儀なやつに惚れたもんだ…焚き付けた俺が言えた義理じゃ無いのは知ってるがな。
そんな事を考えている内に、カイルの奴が最後の一匹の首を切り落とした。
飛びかかってくる狼を必要最低限の動きで避けて、すれ違いざまにその首に一撃を入れる。
言葉で表現するのは簡単だが中々出来ることじゃない、動きもそうだが普通の肉よりも弾力がある魔獣の体を切り落とす、実はこれが難しい。
普通のやり方じゃ中々斬れない。それを斬るためには単純明快マナを篭めて斬る。
新米が手に入れれるような数打ちの鉄の剣じゃ篭めれるマナの量も、後なんていうの? マナを篭めた際何かに止められてるかの様な感覚も酷い。
この何かに止められてる感覚を覚える様になったら、一つ上の鋼の剣に変えると言うのがハンターの常識だ。
そして下手に止められている感覚以上のマナを篭めようとすると剣が溶けちまう、セルカと試験で戦ったやつアイツの剣がいい例だ。
剣にマナを炎に変えて纏わせる技が使えるのは鋼の剣から、それでも潰れるのが早くなる奥の手って奴になっちまうけどな。
「分かってはいるけど慣れないぁ…」
「ねぇおじさん、これ魔法でどーんてやっちゃだめ?」
分かる。その気持ちよく分かるぞ。あの気持ち悪いもんの中から爪の先もない欠片を探し出して砕く。
面倒臭いし、臭いし感触が気持ち悪いし臭い…。
「ダメだな、何でか知らないが魔石も欠片も魔法じゃ一切傷つかねーんだ。だからこそ魔物を魔法でふっ飛ばしても、魔石が手に入るんだがな、あと動いてる間は欠片を切ってもどういう事か、めちゃくちゃ硬いんだよな…」
これが不思議で魔法じゃ何故か罅一つ入らない、どういう理由かしらないがそんなもんだと覚えてさえばいい。
もし魔法で楽しようとしたらあのドロドロしたやつが飛び散って周りが悲惨な目に遭う、というか遭った。
「五等級からミスリル製の武器持ったりすんのは、それだけで十分恵まれてんだからがんばれー」
「いーやー」
嘆いているライラの持つ杖の事は俺にはよくわからんが、カイルの持ってる剣はハンターが目指す武器で最上級のミスリル製の剣。
三等級になったら一番粗雑なものでいいから、まずこれを手に入れれるようがんばれってのが大体の流れなんだが…。
カイルがハンターになる時にセルカが祝いとして渡したのがコレだ。しかも数打ちの粗雑な奴じゃなくて真打ちのかなりいいやつだ。
初めは甘やかすなよとも思ったのだが、カイルは魔法が使える程マナの扱いに長けている。
それなら剣にマナを篭めるのなんてお手の物だろうし、苦労しろと下手に鉄の剣でも渡せば直ぐに溶けて使い物にならなくなっていたはずだ。
それを見越してカイルに……あー、違うわ絶対違うわ、多分セルカそんな事知らないんだ。
アイツが初めから持ってたナイフはミスリル製、俺達が持ってたのも数打ちの方とは言えミスリル。
多分ハンターの武器はミスリルって思ってるんじゃなかろうか。試験の時に鋼の武器が簡単に溶け落ちるとこも見ちまってるしな。
はぁ…娘にはきっちりとちゃんとしたハンターの常識ってやつを教えてやろう…。
「やっと見つけたー、カイルは見つけたー?」
「えーっと、あーあったあった」
俺がこの親子の非常識っぷりを憂いてると、漸くすべての欠片を砕き終えたようだ。
「ふえー、かーさまもこんな大変なこといっつもやってたのかな」
「そう言えば、こう言う地味な苦労話は聞いたこと無いね」
「あー…セルカはあの右手で欠片ごとばっさりやってたからなぁ…、探すにしても適当にバシバシ叩いてたし」
あの右手で切り裂けば欠片ごと破壊して、運良く欠片が残ったとしても残骸を上から適当に叩き潰せば欠片は砕ける。
「そうなんだ、かーさまずるいなぁ。あ、そうだおじさん、昔からかーさまって強かったの?」
「そうだな、ハンターになる前にはもう既に魔獣や魔物を倒してたみたいだったからな、それを証拠に試験を受けて速攻三等級になったぐらいだ」
「さっすが、かーさま」
「母様より早く三等級になるという目標が、まさかハンターになった瞬間不可能になるとは思わなかったけどね…」
三等級になるための努力もだが何というかアイツは本当に、新米が必ずぶち当たる苦労をすべてすっ飛ばして行った非常識な奴だな…。
護衛しながら世界一周とかも普通しねーよ。
護衛なんて大概同じ場所のものしか受けない。何せ違うところに行くと何処で魔獣などを重点的に警戒すれば良いかが分からないからな。
辺りを警戒するってのは意外と疲れるもんだ。もちろん油断は即刻死につながるがそれでも何処で息を抜けばいいか分かるってのは重要だ。
「ま、アレは別もんだ別もん。戦い方から何まで参考にならん。だからこそお前らを俺に預けたんだろうがな」
まぁ、こいつらもセルカに比べればマシって程度だがな!!!
「かーさまもう着いたかなぁ。お土産何買ってきてくれるか楽しみ!」
「そんな気楽な旅じゃ無さそうだけどね」
「えー? かーさま強いんでしょ、大丈夫だよ! それにとーさまも一緒だしね。私もとーさまみたいにもっとびゅーんどっかーんて感じになりたいかな」
「カルンもセルカの影に隠れちゃいるが、魔法の腕はなかなかのもんだしな」
カルンもハンターとしてかなりの腕を新米の頃から持ってたが、それ以外はまともな新米だった…。
「――……自信なくすなぁ…。魔法の威力は純粋な魔法使いであるライラに負けるし、剣の腕も母様に勝てないし…」
いやいやいや、なんであれだけ出来て自信無くす?
そうかこいつの強いの基準はセルカなのかそりゃまずいわ…ていうかそういう所カルンそっくりだなおい。
「あーカイル? お前の剣の腕と魔法の腕、両方とも普通に強いからな? 相手が悪い悪すぎる」
「え? 口に出てました? どこから!」
「えー?あー、自信なくすなぁ…あたりからか? それより前はぶつぶつ言ってるだけで聞き取れなかったな」
「ほとんど全部かっ!」
「まぁ…気にすんなって、俺とかジョーンズみたいに剣しか使えないやつは離れた奴に弱い。カルンとか魔法を使うのは近づかれるとまずい。そこを両方補えていて、しかもどっちも並以上なお前はそれだけですげーよ」
これは本当だ。技と魔法どっちも使えるとか何の冗談かと思ったくらいだが…セルカの息子って考えると途端に「あ、そっか」ってなるのは何でなんだろうな…。
「そう…なのかな?」
「ライラやセルカみたいな、一芸特化なのがアホみたいに強すぎるだけだ…」
セルカの場合あれを一芸と言って良いのかは分からないがな。それでも魔法は…なんか一応魔法っぽいものも最近使えるらしいが、それでも普通の魔法は使えなかった。
それを考えるとこいつはセルカ以上に凄いのかもな。
「それに並って言っても三等級のな、足りないのはやっぱり経験と後は自信だな。くっくっくっカルンを思い出すなぁ…」
「父様を?」
カイルの気落ちした表情、顔の作りこそセルカ似だが表情はカルンにそっくりだ。
その表情に自分の腕にもそうだが、セルカ相手に中々好意を伝えられなかった頃のカルンを思い出して思わず笑いが漏れる。
「ま、カルンの場合は自信をつけていったと言うよりも、どっかの誰かさんにいいトコ見せたいから頑張ってたらいつの間にかって奴だろうな」
「ね、ね!おじさん、やっぱりその誰かってかーさま?」
「もちろんそうだ。最初っからカルンはセルカに惚れてたみたいだけどな、見てて可哀想になるぐらい気付かれてなくってなぁ…」
色々ちょっかいを出した俺が言うのも何だが、俺だったら脈無しと思って諦めてたな。
「へー。おじさんおじさんその話最初から聞かせてよ! とーさまに聞いても恥ずかしがって全然教えてくれないし、かーさまもかーさまでプロポーズされてからしか教えてくれないんだもん」
「いいぜ、とりあえず今日は此処までにして、帰りながら話すか」
「やったー」
子供たちから自分のなりそめを聞かされるってのは相当恥ずかしいだろう。
くっくっく、帰ってきた時に狼狽えるカルンとセルカが楽しみだな!
街に着く頃漸く話し終え、ライラが素敵だーなんてズレた感想を言ってる中カイルがため息をついた。
どうしたのかと思って顔を覗くと、これはアレか…自分に彼女が出来るかとかそういう事を悩んでるやつの顔だ。
コレばかりは絶対に言ってやらないが…お前は大丈夫だ、むしろ彼女なんて選り取り見取りだろう…。
何せお前は顔がいいからなこのくそったれが!!!




