あの辺りのあの人
その日もいつもと変わらぬ毎日、その一つになるはずだった…。
今日も相変わらず朝から喧嘩の仲裁は多いが、そんなのは何時もの事だ。
変わったことと言えば、精々坑道で働いてる犯罪奴隷が最近パタパタ死んだくらいか。
しかし、宿舎が改築された時に来てくれたアイツには感謝だな。
みんなやりたがらない宿舎内の警備を、来た時からずっとやってくれてる。
思い出したからには隊長として労いを…と思ったがそういやここ数日は休みをとってたか。
そんな折に町中に警笛の音が響き渡る、くそ! この鳴り方は一人脱走か!
警備の見直しにどこから抜けたのかを調べて…それからそれの…。
あぁ、今日は山に日が隠れても帰れそうにないな……。
「門を閉めろ! 一層に三人待機! 新米は住民の避難を後は二人一組で捜索、裏水路も見逃すなよ!」
気持ちを切り替えて部下に指示を飛ばす、門さえ閉めればとりあえず後は追い詰めるだけだ。
何をやらかした奴が脱走したかは分からないが、諦めて大人しくしてれば良いものを。
皆手慣れたもので、門は素早く閉まり指示した配置にすでに着いている。
「よし! 油断するなよ、すぐに捕まえてやれ!」
意気は高いものの今回脱走したやつは、バカみたいに素早くて中々捕まらない。
さっきから色んな所を駆けずり回っているがのだが、これだけ動けるという事は逃げたのは来たばかりの奴か…。
勿体無い…脱走した奴に課せられる罰と言うのはしばらく飯抜きで、寝る時も立たせたままにする。
この罰を受けるとすぐに使い物にならなくなるが仕方ない、犯罪奴隷なんて精々死ぬまでちょっとでも役に立ってろよって感じのもんだしな。
「隊長! 捕縛しました!」
「よくやった! 警笛役に知らせてやれ!」
しばらくして警笛が止むと酷く打ち据えられたのだろう、ぐったりとした脱走者が宿舎へと連れられていくのが見えた。
周りを見渡して誰もこちらを見てないことを確認するとゆっくりと伸びをする、あまり褒められた事ではないが…まぁ見逃して欲しいところだ。
各々元の持ち場に戻り、自分は詰め所に戻り報告を受けてから門の開放を…。
そう思って詰め所に足を向けた途端、凄まじい何かが破裂するような音と崩れる音に思わずよろめいてしまう。
「何だ!? 落盤か!」
今日は坑道の点検の日、よりによってこんな時に犯罪奴隷がいくら死のうが構わないが部下はまずい。
慌てて宿舎の方に駆け寄るともうもうと立ち込める砂埃で前が見えない。
「坑道の方で何かあったんじゃないのか?」
「わかりません、宿舎の方から音がした気はするのですが、この視界ですので」
近くに居たやつを捕まえて話を聞いてみるがよくわからない…一体何が起こったんだ?
どちらにしろ砂埃が治まるまでは慎重にいかねば。
「門は絶対に開けるなよ! 再度警笛をなら……」
指示を出していると、その声をかき消すかのように凄まじい遠吠え…なのか何かわからない声が轟く。
切り裂くかのような声に耳を塞ぎ、うずくまるようにその音の衝撃をやり過ごす。
「なっ…獣人…? いやあれは…魔獣か……?」
砂埃を吹き飛ばす凄まじい声の中心には話には聞いたことがある、獣に近い容姿の獣人の様な者が立っていた。
しかし、その雰囲気は何度か対峙したことのある魔獣に近いものを感じた。
「魔獣が出た! 宝珠持ちだけ集まれ他のやつは待機! 待機だ! 絶対に近づくなよ!!」
これ幸いにと逃げ出す犯罪奴隷を片っ端から捻り潰していく魔獣を、どうやって倒そうかと攻めあぐねているとどこからか魔法が飛んできた。
こんな時期にここに狩人が居るとはラッキーだ!
「今だ! 総員かかれ!」
かっこつけて総員なんて言ったものの、今いる宝珠持ちは四人だけ。
魔法を受けて怯んだ魔獣に向けて斬りかかるが、魔法を撃った狩人を標的にした魔獣にあえなく吹き飛ばされる。
幸い鋭い爪に切り裂かれる事はなかったが、地面を転がりあちこちをぶつけてすぐには起き上がれない。
その狩人との間に居た宝珠無しの奴らも果敢に挑むが敢え無く俺と同じ様に吹き飛ばされていく。
ぐんぐんと狩人に近づく魔獣を、ただ睨みつける事くらいしか出来ないのが悔しい…。
しかし、もう少しでその爪が振り下ろされる刹那、白いものが魔獣と狩人の間に入り込んだと思ったら魔獣が半分になっていた。
吹き飛んだ魔獣は塵となって消え、もう半分も凄まじい炎に焼かれて灰となった…。
しばらく呆けてしまったが、何とか自分を取り戻すと痛む体を押して彼らの下へ行く。
何もできなかったのは悔しいが、せめて彼らに礼くらい言わねばならない。
魔獣を…いや塵となるのは魔物だけだったか…魔物は魔獣より何倍も強い。
けれどもそれを切り裂いたのはなんと獣人の少女だった。獣人で戦闘能力が高いものは即刻処刑せよと言われている…。
だが俺はそんな指示をしてきやがった聖堂が大嫌いだ、どうせここには聖堂の指示に従うようなバカは居ない。
俺が目をつぶったって誰も文句なんて言いやしないさ。




