そのころのあの子ら
全身を黒いペンキで染め上げたかの様な真っ黒な狼。
群れで襲い掛かってきた奴ら、その最後の一匹を切り捨てる。
首を落としたり致命傷になった途端にこいつらは、まるで全身タールになったかのようにドロドロと溶け始める。
しかもそれで終わりでなく、ドロドロに溶けたからと言って別にこいつらは死んだわけではないらしい。
母様が言うには既に魔獣は死んでいる、所謂ゾンビって奴だろうその存在の核である魔石の欠片を砕かない限り復活すると。
「分かってはいるけど慣れないぁ…」
「ねぇおじさん、これ魔法でどーんてやっちゃだめ?」
「ダメだな、何でか知らないが魔石も欠片も魔法じゃ一切傷つかねーんだ。だからこそ魔物を魔法でふっ飛ばしても、魔石が手に入るんだがな、あと動いてる間は欠片を切ってもどういう事か、めちゃくちゃ硬いんだよな…」
分かってたけどやっぱりダメか…正直このぐちゃぐちゃでドロドロの中から探し出す作業は嫌になる。
ゾンビだからか腐った肉の様な臭がするし大体心臓の位置にあるらしいのだが、倒れた時にドロドロになってしまうから何処に行ったのかわからなくなる。
正直倒す時間よりも欠片を探し出す時間の方が長いくらいだ、薄緑に色づいた鋼の剣には申し訳ないが、これでぐちゃぐちゃと欠片に当たるまでかき回すしか無い。
「五等級からミスリル製の武器持ったりすんのは、それだけで十分恵まれてんだからがんばれー」
「いーやー」
アレックスさんの言う通り、ミスリル製の武器というのはハンターになったばかりの新人では到底手が出せない高級品。
一人前って言われる三等級のハンターでも、鋼製の武器を使ってる人が多いくらい、それほど高価なものなのだ。
鋼も地球の物と違い鉄を魔具を使って再精製したものを指すらしいけど…。
それよりもこのミスリル製の直剣は母様からハンターになった餞別として貰ったものだけど。
貰ったときはやっぱりと言うかテンションが上がった、ミスリルだよミスリル。
ゲーマーとしては心踊るワードだよ、ゲームとかだと聖銀とか灰の輝きとか言われたりしてるけど、この世界のミスリルは薄緑色の鋼。
鋼に晶石と呼ばれるクリスタルの粉を混ぜ込んだ所謂合金って奴らしい。
「やっと見つけたー、カイルは見つけたー?」
「えーっと、あーあったあった」
かき混ぜる剣にカキンと何かが当たる感触があり、それめがけて力をかければバキンと何かが割れた手応えがある。
するとドロドロとしたものが吸い込まれるように地面へと消えていく、剣や袖にまとわりついていたものもいつの間にか綺麗さっぱり無くなっていた。
「ふえー、かーさまもこんな大変なこといっつもやってたのかな」
「そう言えば、こう言う地味な苦労話は聞いたこと無いね」
「あー…セルカはあの右手で欠片ごとばっさりやってたからなぁ…、探すにしても適当にバシバシ叩いてたし」
「そうなんだ、かーさまずるいなぁ。あ、そうだおじさん、昔からかーさまって強かったの?」
「そうだな、ハンターになる前にはもう既に魔獣や魔物を倒してたみたいだったからな。それを証拠に試験を受けて速攻三等級になったぐらいだ」
「さっすが、かーさま」
「母様より早く三等級になるという目標が、まさかハンターになった瞬間不可能になるとは思わなかったけどね…」
「ま、アレは別もんだ別もん。戦い方から何まで参考にならん、だからこそお前らを俺に預けたんだろうがな」
そう…母様は今、西多領の様子を見に父様と後ついでにジョーンズって人と一緒に行っている。
「かーさまもう着いたかなぁ。お土産何買ってきてくれるか楽しみ!」
「そんな気楽な旅じゃ無さそうだけどね」
「えー? かーさま強いんでしょ、大丈夫だよ! それにとーさまも一緒だしね。私もとーさまみたいにもっとびゅーんどっかーんて感じになりたいかな」
「カルンもセルカの影に隠れちゃいるが、魔法の腕はなかなかのもんだしな」
父様は魔法の扱いも上手いし貴族でイケメンなチートだし、母様は母様で見た目小学生か中学生くらいなのに、大の男でも簡単に投げ飛ばすような力に魔法すら切り裂く右手のチート。
自分も魔法と所謂スキルとかアビリティ見たいな技って言われるものが両方使えるチートだけど、そこまで極端に強くないし自信なくすなぁ…。
魔法の威力は純粋な魔法使いであるライラに負けるし、剣の腕も母様に勝てないし…。
「あーカイル? お前の剣の腕と魔法の腕、両方とも普通に強いからな? 相手が悪い。悪すぎる」
「え? 口に出てました? どこから!」
「えー?あー、自信なくすなぁ…あたりからか? それより前はぶつぶつ言ってるだけで聞き取れなかったな」
「ほとんど全部かっ!」
「まぁ…気にすんなって、俺とかジョーンズみたいに剣しか使えないやつは離れた奴に弱い、カルンとか魔法を使うのは近づかれるとまずい。そこを両方補えていて、しかもどっちも並以上なお前はそれだけですげーよ」
「そう…なのかな?」
「ライラやセルカ見たいな、一芸特化なのがアホみたいに強すぎるだけだ…」
確かにゲームでもピーキーな奴は強かった…けど結局汎用性の高いキャラがやっぱり一番使いやすかったりするけど。
だけど自分はそのピーキーな奴を、きっちり活躍できるように場を整えるプレイが好きだったからちょっともやもやする。
「それに並って言っても三等級のな、足りないのはやっぱり経験と後は自信だな。くっくっくっカルンを思い出すなぁ…」
「父様を?」
父様が魔法を教えてくれた姿はまさに威風堂々で、自分の魔法に絶対の自信を持ってるのがその立ち姿だけで伝わってくるようだった。
その父様が自信を無くしてる姿というのが想像出来ない、優しそうに微笑んでる姿は幾らでも想像できるのだが…。
「ま、カルンの場合は自信をつけていったと言うよりも、どっかの誰かさんにいいトコ見せたいから頑張ってたらいつの間にかって奴だろうな」
「ね、ね!おじさん、やっぱりその誰かってかーさま?」
「もちろんそうだ。最初っからカルンはセルカに惚れてたみたいだけどな。見てて可哀想になるぐらい気付かれてなくってなぁ…」
「へー。おじさんおじさんその話最初から聞かせてよ! とーさまに聞いても恥ずかしがって全然教えてくれないし、かーさまもかーさまでプロポーズされてからしか教えてくれないんだもん」
「いいぜ、とりあえず今日は此処までにして、帰りながら話すか」
「やったー」
ぴょんぴょんと狐耳を揺らしながら嬉しそうに跳ねるライラ。実は自分もその辺り気になっていたところなのだ。
何が悲しくて両親の恋バナをなんて一時期思っていたが、そろそろやっぱりそういうのが気になる年頃になってきた。
別に決して参考にしようとかそういうことでは無い。
話を聞き始めてまずびっくりしたのが、何かにつけて父様にべったりな母様の姿からは想像出来ないほど父様に恋愛関係では無関心な母様。
元からこの手の話に興味深々なライラは兎も角、自分までここからどうやって母様を落としたんだとワクワクしていた。
しかし、そんな矢先に…とんでもない事をアレックスさんは口走った。
「んで、遂に結婚の申し込みをあのカルンが!」
「ん? えっ? ちょっと待って」
「ぶー、何よカイル今良いところじゃない!」
「いや、だって付き合うとかは?」
「これが無かったんだなぁ…それはそもそもカルンがな――」
街に着く頃には話が一通り終わって、僕は頭を抱えていた。
ライラは大満足だったようだが…僕は声を大にして叫びたい!
何の参考にもならねぇ!!!!
流石に人通りも多くなった中で叫ぶ訳にもいかないので、心の中だけに留めておいたが…。
まず母様がチョロすぎる、どこのギャルゲのチョロインだ!
確かに父様を意識させるように、アレックスさん達が色々お節介を焼いてみたいだけど。
いや、あの母様のことだ実は表面に出てなかっただけで、内面ではずっと父様LOVEだったに違いない。
そして父様も父様だ、何でいきなり恋人だのカップルだのをすっ飛ばして結婚の申し込みしてるの。
結婚を前提にさんもビックリだよ! 一番のビックリはそれを受けちゃった母様だけど。
しかも、それを結婚の申し込みと気付かず受けちゃって再度、衆人環視の下で受けるとか…僕だったら恥ずかしくて死んでしまう。
もう何と言うか、どこのギャルゲだと叫びたい……母様の場合だと乙女ゲーか…。
「それにしても…もしかして付き合うとかすっ飛ばして結婚の申込みをするのが一般的なんですか?」
「そんなわけあるか。まず付き合ってってのが普通だ。ハンター同士だとパーティで一緒に行動してっから元々仲良くて結婚までの期間が短いやつは結構いるけどな」
「やっぱり父様と母様は…」
「あぁ、色々とおかしい…」
「えー素敵じゃない。何が不満なのよぉ」
お兄ちゃんは、今の話を素敵だと言ってのけるライラが変な男に捕まらないか心配だよ……。
ため息をつく僕の肩を掴むアレックスさんの手が、やけに痛かったけどアレは何だったんだろうか…。




