199手間
朝…と言うほどでもないか、昼近くから夕方まで町長夫妻の愚痴を聞く羽目になるとは思わなかった。
愚痴の主な内容としては、護衛の狩人の質を落とすやら支部を潰すに始まり、数々の聖堂が関わってきたという嫌がらせ。
最終的には聖堂関係の商人が持ってきた木の箱がささくれだっていた等という、それもはや聖堂関係ないよね? と言うようなものまであったが…。
しかし、今更ながら不思議なのがその聖堂が掲げている教義だ…。
当初、「何々至上主義」なんて言う思想は珍しくとも何ともない、そんな事考える奴も居たのか程度の認識だった。
だが待って欲しい…元々この世界唯一の教義? 宗教? と言えば良いのか? 仮に世界樹教としておこう。
ここの教義は木関連を除き、一言で片付けてしまえば「皆平等」だ、勿論人に限る話ではあるが。
それでも「至上主義」とは正反対と言ってもいい思想だろう「社会主義」みたいに平等の縛りが増えた思想ならともかく…。
いや、正反対だからこそか…? うーむ…だがしかし、大多数ではない宝珠持ち限定とは言えヒューマンですら比較的長寿なせいか、この世界の人々の変化は遅い。
何せワシが来るまでは主要な街以外には名前がついていない有様だったくらいだ。そんな人々が突然他を弾圧するほどの激しい思想に身を投じるだろうか…。
仮に人々の根底にそんな思いが燻っていたとしても、木が根を張るようにゆっくりと広がっていくのではないだろうか。
もしかしたら本当にゆっくりとゆっくりと広がっていっていたのかもしれないが、それなら世界樹の周りをぐるり一周した時に何処かで耳にしていてもおかしくはないはず。
もしくはワシの様に何らかの種火が落とされたか…突飛な話ではあるが、ワシとしては過激な思想持ちが召喚されたのではないかと思っている。
この世界では元々無かったか廃れていた王や国という概念に枢機卿という言葉明らかに関わってるよね? っていう。
召喚された者が召喚する物になっている為、どの様な容姿であろうとワシであれば一発で見分けれると思う。
しかし、居るのは獣人はおろかドワーフやハイエルフですら入れなくなってしまった中央の街に居るのだろう。
つまり会うことは実質不可能だ、誰かに代わりに始末してきてというわけにもいかない。
死んだら別の誰かに移ってしまうし、ワシ以外では見分けることすら出来ない。
戦争をふっかけてそれのどさくさに紛れてということもワシの立場上出来なくもないが、そんな外道は方法はとりたくない。
「うむむむ…」
「難しい顔してどうしました?」
「む、そんな顔してたかえ?」
「えぇ、とても…」
確かに最終的にかなり物騒なことを考えてた、いかんいかんワシには時間はたっぷりある、焦ってはダメだ。
そもそもついでで良いみたいな事を言っていたはずだ…たぶん、だからわざわざ大勢を不幸にするようなやり方をしない方がいい。
盗賊とか気兼ねなく跳ね飛ばしていい奴にお約束の物がなるまで待っても良い。
「今の一言で悩みは晴れたのじゃ、流石カルンじゃの!」
「え? 僕はなにも…?」
キョトンとしてるカルンへ甘えるように抱きついて頭をこすりつける。
ワシの行動に一瞬驚いたようだったがすぐにワシを慈しむようになでてくれる、んふふふふ。
しかし、そんな至福の時間をぶち壊す輩が現れた。
「カルンの旦那、あんたに用があるって人が…」
「ダーシュか?」
「いえ、隊長さんじゃなくて…えーっと、ジョーンズって名前の人が」
ノックの音と共に聞こえてきた宿の主人の声にご主人様が答えると、よく知った人物の名前が出てきてお互い顔を見合わせる。
「それはもう来てるのか、ですか? えぇ、酒場で待ってますが…」
「そうか…ここまで通してもらってもいいか?」
「えぇ、わかりました」
宿の酒場に行ってもいいが、どうせ部屋でないと出来ない話になるだろうしと考えたのか。
カルンはジョーンズにこの部屋まで来てもらうようにしたようだ。
ジョーンズが来るまでこの町でのんびりしようと思ってたのに…余計な事をしやがって…。
「俺だ、入ってもいいか?」
「あぁ」
ノックも無しにかけられた言葉にカルンが即座に返事をする。
もうちょっと誰何しても良いんじゃないかと思うが…まぁ、それがカルンの良いところだ。
久々に会ったジョーンズ…何ぞ嫌な事でも持ってきて無ければと密かに祈るのだった…。




